最終話 永遠の受付嬢、永遠のなでなで
あの騒がしい初夜から、十年の月日が流れた。
王宮の裏庭には、今や二つの小さな影が元気よく駆け回っている。
「ルー、待って! そのトカゲ、ベルが先に見つけたんだから!」
「早い者勝ちだよ、ベル! 獅子の如く進み、狼の如く奪うのが王家の鉄則だ!」
十歳になった長男の【 ルー 】は、銀髪をなびかせ、早くもパツパツの予感を感じさせる逞しい体躯で木を登る。その後を追う八歳の長女【 ベル 】は、私譲りの賢そうな瞳を輝かせながら、お兄ちゃんの足にタックルをかましていた。
「……二人とも、そこまでにしなさい。泥だらけで帰ったら、お洗濯が大変よ」
テラスの椅子に腰かけ、本を閉じた私は、苦笑しながら二人を呼び寄せた。
王妃となっても、私の本質は変わらない。暴走する野生を御し、平穏を守る。私は今も、この家族の「受付嬢」であり「教育係」のままだ。
「ママ! ベル、お兄ちゃんに勝ったよ!」
「ずるいぞ、不意打ちだ! ……でも、今はママの膝、僕の番だよね?」
二人は競うようにして私の左右の膝に頭を乗せ、甘えてくる。
「はいはい、二人とも良い子ですね」
私がその小さな頭を交互になでてやると、二人は満足そうに、喉を鳴らすような吐息をついて目を細めた。
「…………ぬぅぅぅ」
その時。
背後の柱の陰から、地響きのような唸り声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには十年経っても相変わらず、いや、当時よりもさらに胸筋がパツパツに発達し、軍服のボタンが「今にも射出されそうな」レオン様が立っていた。
「レオン様、いつからそこに?」
「……先ほどからだ。ルー、ベル……。お前たち、いつまでママの『なでなで』を独占している。王である俺ですら、今日はまだ一度もなでられていないんだぞ!」
「パパは体が大きいんだから、後回しだよ!」
「そうだよ、パパは夜に『ハウス』で寝てればいいじゃん!」
子供たちの容赦ない言葉に、レオン様はガーンと衝撃を受けた顔でよろめいた。
だが、彼は諦めなかった。
野生の王としてのプライドをパツパツの服と一緒に脱ぎ捨て(比喩ではなく本当にボタンが一つ飛んだ)、彼は強引に子供たちの間に割り込んできたのである。
「どけ! そこは俺の場所だ!」
レオン様は、巨大な体を無理やり私の膝の上に預け、仰向けになってゴロリと横たわった。
十歳のルーと八歳のベルに挟まれながら、いい歳した一国の王が、妻の膝を枕にして「さあ、俺もなでろ」と言わんばかりに黄金色の瞳を潤ませている。
「…………」
私の顔に、本日一回目の【 チベットスナギツネ顔 】が降臨した。
けれど、その視線の先にあるのは、呆れを通り越した深い愛おしさだ。
「……レオン様。あんたは本当に、十年経っても変わりませんね」
私は溜息をつきながら、子供たちをなでていない方の手で、レオン様の少し硬くなった銀髪に触れた。
「……っ! ああ……これだ。この掌の温かさこそが、我が王国の至宝……」
レオン様は幸せそうに目を閉じ、存在しない尻尾を激しく振る残像が見えるほどに悦に浸っている。
私は、左右にいる子供たちと、真ん中で蕩けている「大きなワンコ」を交互に見つめ、優しく微笑んだ。
「はいはい、パツパツさんは後でね。まずは子供たちが先。……でも、後でたっぷりガルガルしてあげますから、安心してください」
「ワンッ!!」
王宮のテラスに、幸せな咆哮が響き渡る。
永遠の受付嬢と、永遠になでられたい野生の王。
そして、その血を引く小さな命たち。
私たちのパツパツで騒がしい物語は、これからも、ずっと、幸せな音を立てて続いていく。
(完)
※本作はここで『完結』になります。
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