第36話 王の迷走と、終わらない事務処理 ※レオン視点
事件解決から一夜。ナオミの様子が依然として「清純なバグ」を起こしたままであることに、俺は王としての、いや、一人の男(ドM)としての危機を感じていた。
「侍女長ダリア。折り入って相談がある。……ナオミが、俺を罵ってくれないんだ」
「まぁ陛下。それは由々しき事態ですね」
俺の部屋で、ベテラン侍女長のダリアは眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。彼女は有能な侍女長であると同時に、王宮内でも知る人ぞ知る「腐った妄想」を糧に生きる女だ。
「ナオミ様の『姐さん』としての漢気を呼び戻すには、陛下、あなた様が『隙』を見せるべきです。具体的には……女装などいかがでしょう?」
「じょ、女装だと!?」
「ええ。陛下が女体化(※精神的に)し、ナオミ様が男体化(※精神的に)する……。これぞ『攻守逆転の美学』。ナオミ様の庇護欲、あるいは支配欲を、この『特製脚本』で刺激するのです!」
ダリアが差し出してきたのは、彼女が夜な夜な執筆しているという禁断の創作物だった。
表紙には【女体化レオン×男装ナオミ:窓口で愛をパッキングして】という、あまりに直球なタイトルが躍っている。
「……っ、これは……! 執務室の机の上で、女装した俺がナオミに『仕様書通りに、私をめちゃくちゃにして』と縋り付くだと!? それに対し、男装のナオミが『黙れ、三秒以内に脱げ』と鉄パイプを……っ、鉄パイプを……!!」
「陛下、鼻息が荒いですよ。ふふふ、滾りますね?」
「……っ、最高だ! これだ、この『教育』を俺は待っていたんだ!!」
俺がその「不敬極まる聖典」を読み耽り、己の歪んだ欲望を再確認していた、その時だった。
「……失礼いたします。陛下、本日の予算案の――」
「ひっ!?」
無音で入室してきたのは、ナオミだった。
俺は慌てて脚本をパツパツの胸板の中に隠したが、しかし──部屋の隅にいたナオミの愛鳥が、残酷なまでに完璧な発音で「検収」を始めた。
『……レオンサマ、オンナノコ! ナオミサマ、オトコノコ! アツい、アツい、密談、アツい!!』
「…………」
ナオミの冷たい視線が、俺と、そして隣で「シマった」という顔をしているダリアを射抜く。
「……陛下、ならびにダリアさん。……二人仲良く、今からシマでましょうか?」
王宮の裏庭。かつてフィリップがスクワットをさせられたあの場所で、俺たちは直立不動でナオミの説教(ご褒美)を受けていた。
「陛下。女装脚本で鼻息を荒くして業務を『滞留』させるとは何事ですか。
それからダリア様、あなたの妄想を王の教育に流用するのは規約違反です。……いいですか、現状のバグは――」
いつもの、鋭く、心地よい罵倒。ああ、これだ。これこそが俺の求めていたナオミ……!
俺が至福の表情で「もっと言ってくれ」と身悶えしようとした、その時だった。
「……あっ」
ナオミの言葉が、ふっと途切れた。
先ほどまで凛としていた彼女の身体が、まるで糸の切れた人形のように、ゆっくりと傾いていく。
「……ナオミ?」
俺が腕を伸ばすより早く、彼女はその場に崩れ落ちた。
「……おい、ナオミ! しっかりしろ、ナオミ!!」
俺の叫びが、夕暮れの王宮に響き渡る。
「ナオミ――っ!!」
(つづく)




