表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/40

第2話「ポンコツ家事スキルと、世界の悲鳴」


「じゃあ、俺バイト行ってくるから!留守番、頼んだぞ!死なない程度にな!」


翌朝、俺は玄関でルナに声をかけた。


 名前がないと不便なので、とりあえず彼女の蒼い瞳から「ルナ」と呼ぶことにした。月みたいに綺麗だから、なんてポエミーな理由じゃない。断じて。呼びやすいからだ。


「はい、マスター!いってらっしゃいませ!」


ルナは満面の笑みで手を振っている。いつの間に俺はマスターになったんだ。まあいいか。こうして見るとただの可愛い同居人だ。昨日の「世界滅亡」発言も、きっと寝ぼけてただけだろう。


 俺は彼女に「洗濯と、部屋の掃除と、簡単な昼飯の準備」という、チュートリアルレベルのクエストを与えておいた。まあ、記憶喪失でもそのくらいはできるだろう。そんな軽い気持ちで、俺は地獄の8時間労働という名の戦場へと向かった。


 地獄の8時間労働を終え、俺はHP1の状態でアパートに帰り着いた。疲労困憊の体を引きずって、鍵を開ける。ドアノブを回した瞬間、鼻腔を奇妙な匂いが通り過ぎた。焦げたような、ツンとくるような、化学薬品のような……。


「……は?」


玄関を開けた瞬間、俺の足元に水たまりが広がっていた。なんだこれ?俺の部屋、いつからウォーターセブンになったんだ?水に濡れた靴下は、じっとりと気持ちが悪い。


 恐る恐る部屋の中を覗くと、そこはまるで大洪水後の世界のようだった。洗濯機から溢れ出した、山盛りの泡が部屋の半分を覆い尽くしている。


その泡の海に、なぜか俺のなけなしの漫画コレクションがぷかぷかと浮いている。泡には洗剤の匂いが充満していて、目が痛いほどだ。


「ルナ!おい、ルナ!無事か!?返事をしろ!」


俺が叫ぶと、キッチンのほうからひょっこりと顔が出た。顔中ススだらけで、頭からは湯気が立っている。まるでコントの爆発オチだ。


俺の漫画は……いや、それどころじゃない。ルナの顔を見て、俺は思わず二度見した。彼女の顔には、まるでマンガみたいに、三本の真っ黒な筋がついていて、その横で焦げた髪がぴょこんと跳ねている。


「あ、マスター、おかえりなさい!あのですね、洗濯機というゴーレムが反乱を起こしまして……」


ルナは悪びれる様子もなく、にこにこと笑っている。その笑顔が、俺の怒りの沸点を上げる。


「ゴーレムじゃねえよ!何やったんだ!?」


「えっと、洗剤を全部入れたら、もっと綺麗になるかなって……『最大火力でいこう!』って」


「どこの主人公だよお前は!?」


見ると、棚にあった徳用サイズの洗濯洗剤の袋が空になっている。こいつ、一回で全部ぶち込みやがったのか。しかも、その横には、ぐしゃぐしゃになった、俺の漫画が……!


「なんで、俺の漫画が……!」


俺は目の前で、水浸しになった漫画を指さした。


「ああ、それですか?床が汚れていたので、まとめて洗おうかと……」


「本は洗うもんじゃねえ!常識だろうが!」


 俺は頭を抱えた。ダメだ。この子、常識がインストールされていない。ポンコツのレベルが天元突破している。昨日、話した時も思ったけど、なんか、こう、常識が抜け落ちてるっていうか……。


いや、抜け落ちてるどころか、根っこから生えてない。


 俺が呆然としていると、ルナは「あ、そうだ!」と何かを思い出したように、キッチンへ戻っていった。


「ごはん、作っておいたんです!マスター、お腹すいたでしょ?」


ルナが持ってきたのは、土鍋だった。蓋を開けると、中から禍々しい紫色のオーラを放つ液体が顔を出す。


ドロッとした液体からは、焦げたような匂いが立ち込めていて、食欲どころか、生きる気力まで奪われそうだ。ところどころ、正体不明の物体が蠢いているように見える。


「……なあ、ルナ。これ、何を作ろうとしたんだ?邪神でも召喚するつもりか?」


「カレーです!隠し味に、お砂糖と、あと、棚にあった綺麗な青い液体も入れてみました!ポーションです!」


「ポーションじゃねえ!それはトイレの洗剤だーーーー!!混ぜるな危険って書いてあっただろうが!!」


 俺が叫んだ、その瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴ……!


足元が、ぐらりと大きく揺れた。震度3くらいの、はっきりとした地震。本棚に残っていた漫画が数冊、泡の海へとダイブしていく。


「うわっ、地震!?」


揺れが収まった後、テレビの速報が「各地で原因不明の小規模な地震が頻発しています」とアナウンサーが伝えていた。


俺は、ススだらけのルナと、紫色のカレー(のような何か)と、テレビのニュースを交互に見た。


昨日の落雷…

そして今日の地震。


まさか、とは思う。でも、あまりにもタイミングが良すぎる。フラグが立ちすぎている。


「なあ、ルナ……」


俺が震える声で呼びかけると、ルナは不思議そうに小首を傾げた。


「はい、マスター?」


「お前が料理に失敗すると、地震が起きたりするのか……?」


「え?どうしてわかったんですか?エスパーですか?」


あっけらかんとした顔で、ルナは言った。彼女の瞳は、まるで何でもないことのように澄んでいる。


「さっき、お鍋が光って爆発しそうになった時も、少し揺れました!びっくりしました!」


……マジか。確定だ。

俺は、この子のポンコツスキルが、俺の家計だけでなく、物理的に世界を破壊しかねないという、恐るべき事実に気づいてしまった。


「おいルナ!今すぐその聖杯(土鍋)を捨てろ!そして二度とキッチンに立つな!それは命令だ!」


俺は必死に叫んだ。


「ええーっ!?せっかく作ったのに……」


ルナはしょんぼりした顔で、唇を尖らせる。その表情に、ほんの少しだけ胸が痛む。でも、これは平和のための戦いだ。


「いいから早く!」


俺はルナから土鍋をひったくり、ベランダから中身をぶちまけた。どろりとした紫色の液体が、排水溝に流れ落ちていく。すると、今までどんよりと曇っていた空が、ほんの少しだけ晴れたような気がした。


俺は、疲労と絶望で、その場にへたり込んだ。


「ねえ、マスター」


ルナが、俺のそばに座り込む。その顔には、まだススの跡がついたままだ。


「もしかして、私って……ポンコツ?」


彼女が不安そうに問いかける。俺は、言葉に詰まった。ポンコツ?いや、ポンコツなんて言葉じゃ足りない。破壊神、爆弾、歩く災害……いや、そんなこと言っても仕方ない。


「……ああ。そうだな。お前は、この世の誰よりも、とてつもないポンコツだ」


俺がそう言うと、ルナはふわりと笑った。


「えへへ。マスターに言われたら、なんか嬉しいです」


俺はもう、何も言えなかった。この日から、俺の戦いが始まった。


 それは、世界の滅亡を阻止するための戦いではない。

ただひたすらに、ポンコツな同居人に「普通の生活」という名のアップデートを施し、俺の家の平和と、ついでに世界の平和を守るための、涙ぐましい戦いなのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ