7. 冬季休暇と女子トーク
「イライザ、今日のお料理はどうかしら?」
北方の冬らしい薄曇りの朝。
にもかかわらず、お母様はきらきらとした目を向けて私に聞いてくる。
晩餐会の翌週には冬季休暇が始まり、その日に来た迎えの馬車に乗って数日。
両親には晩餐会の日に会ってはいたので、そこまでの感慨はないかと思っていたけれど、家に着いた日も翌日も、まるで何かのお祝いかのように、私の好物やご馳走様が用意されていた。
「もちろん美味しいけど、毎日がお祝いみたいで居た堪れないわ」
ハーヴェイ家のシェフの料理は、高級料理店のような繊細さはないながら、お袋の味的な素朴なあたたかさがあって、私は美味しいと思うし好きだ。
普段の料理には、たまに粉吹き芋にバターをかけただけのようなワイルドなものがあるけれど、この数日は彩りが良いものが多い。
「いいのよ、また次に帰ってくるのは春休みなんだもの…今の間にうちのご飯をたくさん食べて欲しいわ」
お母様は食事する私をにこにこ見つめているだけで、ご自分の食事は全然進んでいないようだ。
お父様がいれば、もう少し窘めてくれたりするのかもしれないけれど。あいにくと今日は、早朝から外出しているらしい。
「今日は午後にルイーズが遊びに来てくれるんですよね、お父様はそれまでに帰って来られるの?」
そろそろお腹もいっぱいになってしたので、私の食事から意識を逸らす意味も込めて、話題を変える。
本当は帰ってきた日に会いに行きたかったと手紙をくれていたけれど、家族団欒を邪魔するのは悪いからと、日をズラしてくれたのだった。
ルイーズ・モーティマー子爵令嬢は、一つ年下の、父方の従姉妹で。セオと同様に、イライザと昔から仲良くしている数少ない友人の一人だ。
見た目も仕草も、イライザよりずっと子どもらしく可愛らしいのに、記憶のない私にも貴族令嬢の身の処し方から常識から色々と教えてくれて、こういった気の遣い方もできる頭の良い子だった。
「夕食前には戻るそうよ。今日はルイーズ嬢も一人で来られるから、うちに泊めると聞いているし、心配ないわ」
お母様の言葉に、安堵するよりも意外に思う。
ルイーズにもまだ小さい弟がいるので、一緒に来てくださる叔母様が、弟のお世話のために帰らなくてはならないからと、うちに泊まったことはなかったのに。
一人で来るどころか、泊まっていくなんて。
彼女も来年から寄宿学校に入るから、その予行演習もあるのかもしれない。
「そうなのね、今日は楽しみだわ」
この数ヶ月の間の学校の話もたくさんしたいし、彼女が泊まっていくなら、いつもより色々な話もできるだろう。
楽しみにしている間に、あっという間に時間が過ぎて入口の鐘が鳴った。
「イライザ、久し振りね!」
「ルイーズも、来てくれて嬉しいわ」
お母様に簡単に礼だけすると、ルイーズはおよそ貴族令嬢らしからぬ小走りで私のところまできて、きゅっと抱き着いてきた。
寄宿学校でやれば先生に叱られるだろうけれど、お母様と私しかいない屋敷なので、それには誰も何も言わない。
私も抱きしめ返してから、少し背の低い彼女を見下ろす。
明るめのウォルナット色のボブヘアに、少し暗めの黒目がちの瞳。小柄で人懐こい様子と相まって、いつ見ても仔リスを彷彿とさせる可愛らしい女の子で。
素直な性格の割に大人びた印象を持つイライザとは、親戚でも随分と雰囲気が異なるように見える。
「寄宿学校はどう?友達はできた?記憶のことで困ったりしてない?」
私の状況のせいとはいえ、こういう心配の仕方をしてくれるので、彼女もそこは見た目とのギャップはあるけれど。
「私もたくさん話したいことがあるから、まずは私の部屋に行きましょう」
けれどそれが有難くて嬉しいので思わず破顔してから、彼女を誘って私の部屋に移動した。
「ウォルポール卿が違うクラスなのは不安だったけど、あなたにお友達ができて良かったわ」
先日の国王祭までの出来事を簡単に話すと、ルイーズは何よりもまず私の友達の話を喜んでくれる。
ルイーズとは何度か手紙のやり取りをしていたので、セオとクラスが違ったことは伝えていたけれど――セオとルイーズには直接の面識はないので、お互い形式的な呼び方をしている――友達ができたなんて話は、書くのが気恥ずかしくてできていなかった。
寄宿学校に入る前も、私が馴染めるのか随分と心配してくれていたけれど、今もまだ気にしてくれていたことに、居た堪れないと同時に有難く思う。
「私がなんとかなっているのも、ルイーズのお陰でもあるわ。詳しく連絡していなくてごめんなさい、心配してくれてありがとう」
大人になるにつれ、こういうことを改めて言葉にして伝える機会は減っていたけれど。14歳のイライザだと思うと、素直になれるから不思議だ。
私がお礼を言って謝ると、ルイーズは首を横に振った。
「それは、イライザが努力してるからよ。だから私も、きっとウォルポール卿も、あなたの力になりたいと思うの」
そして思いもよらない褒められ方をされ、優しい二人に私が感謝しているのにそんな風に言ってもらえて、なんだかむず痒いような気持ちになる。
家族も、友人も。イライザは本当に、周りの人に恵まれている。
ほっこりとあたたかい気持ちになる私に、ルイーズは、でもそれよりと身を乗り出してきた。
「どなたか素敵な方との出会いはないのかしら?結局まだ、ウォルポール卿なわけ?」
「……ん?」
私の感動が台無しである。
いや、貴族といえどもこの年頃の女子にとっては、やはり恋話が一番気になるところなのも、理解はできるけれども。
「まだ慣れるところで、そこまで親しくしている男性もいないし…というか前から思っていたけど、セオとはそういうのじゃないから」
なんだか一気に脱力して返すと、ルイーズは口を窄めるように釈然としないという表情をする。
「えー!学内の方は仕方ないとしても、ウォルポール卿は、国王祭でもあなたを心配して探しに来てくれたんでしょう?少なくとも彼の方は、あなたのこと気にしてるんじゃない?」
まさか貴族社会でも、男女の幼馴染みあるあるが通用するとは思わなかった。
「入学してから、ほとんど会えてなかったもの。心配はしてくれていただろうけど、そういう空気じゃないわ」
私がどうというよりも、こんなに良くしてくれているセオに要らぬ邪推をされていることに申し訳なくて、それはないと首を横に振る。
本当は。あの日の帰り道、寄宿舎まで送ってくれたセオに
、今後は定期的に会う約束をしておこうと言われていたのだけれど。
それを言うとますます邪推されそうなので、その話は黙っておくことにした。