愛の告白は夕食時に
私は執事の案内で、3階の個室にやって来た。
1階には客間やダイニングルーム。2階は使用人部屋があり、3階が当主やその家族の部屋になっている。
「こちらがクロノ様のお部屋になります。ご自由にお使い下さい」
部屋には既に荷物が運びこまれていた。埃ひとつ見当たらず、丁寧に掃除されていることが分かる。
「私はこれで失礼します。御用がありましたら、お近くのメイドにお声掛け下さい」
執事が去った事を確認し、私はベッドにダイブした。
寝転んでいる顔を夕焼けが照らす。
「なんなのよあの男。初対面の女にいきなり……綺麗だなんて」
あれから頭の中はパニックになって、何も喋れずに客間を出た。綺麗なんて、言われた事が無かったから。
「本当に……変わった人」
少しだけ胸が高鳴っているのを、私は気づかないふりをした。
「……やっちゃた」
クロノさんと別れた後、僕は自室で一人、自分の失言を後悔していた。
「思わず綺麗って言っちゃった。もっと仲良くなってから言うはずだったのに」
少なくとも、初対面の女性に言うべきでは無かったと思う。
その証拠にクロノさんは、まともに喋ってくれなかった。
「恋って難しい。でも諦めないぞ、絶対に僕のことを好きになってもらうんだ」
そんな感じに考え事をしていると、ノックの音がした。
「ペルー様、夕食の準備が出来ました」
「分かった。今いくよ」
ティラに促され、僕はダイニングルームに向かった。
「ようやく頭が冷えてきたわね」
この黒髪黒目を見て、あんな感想が出るとは思えない。
きっとお世辞だ。でも……
「もし本心なら……嬉しいけど」
等と考えていると、扉をノックする音がして、執事の声が聞こえた。
「クロノ様、夕食の用意ができました。ダイニングルームにご案内します」
「分かったわ。行きましょう」
「クロノさん。こっちですよー」
私が到着すると、公爵が笑顔で手招きをしてきた。
促されるまま、向かいの席に座る。
(無邪気な笑顔。子供っぽくて可愛らしい)
思わず心を許しそうになる。笑顔が本心かは不明だというのに。
「今日はクロノさんが来てくれたおめでたい日です。なので、とびきり美味しいものを用意しました」
公爵の言う通り、テーブルには美味しそうな料理が並べられている。鶏肉にコーンポタージュ、パンもあった。
「さあ、冷めない内に食べましょう。きっと美味しいですから」
公爵に言われるがまま、試しにパンを一口食べてみる。
「──!」
絶品だった。焼き加減が完璧で、最高の食感。だからこそ疑問がある。
「これは一体どういうことですか?」
尋ねた瞬間、公爵が不安そうな顔をした。
「なんでしょう? もしかして、お口に合いませんでしたか」
「いいえ、むしろ逆。とても美味しかったです。でも、どうしてこの料理を用意してくれたのですか? 私、自分の好物を話した覚えは無いのですが」
並べられた料理は、全て私の好きな物しか無い。
パンの焼き加減すら最高だなんて、偶然とは思えない
「ああ、そんな事ですか。事前にサターン家のシェフに聞きました。一番喜んで貰える物を用意したかったので」
なぜこんなに丁重にもてなすのだろう? まさか本当に、私の事が好きで結婚したから。とでも言うのだろうか。
「なぜそんなに好意的に接してくれるのですか? 悪評ばかりの女ですよ。そもそも結婚したい相手じゃないと思うのですが」
使用人を怒鳴りつけ、平民の頭を踏みつけた。
挙句の果てには、他の貴族を没落に追い込んだ等々。
そんな女となぜ結婚したのか?
公爵は微笑みながら、はっきりと言い切った。
「簡単な事です。貴女の事が好きだから、それだけです」
本当……なのだろうか? 噂の中には真実もある。
無論経緯は歪められているが、進んで結婚したい女性では無いと思う。
「そんなの噓でしょう。私を好きになる人なんている訳が……」
公爵は天使のような微笑みを浮かべる。
「ここにいます。貴女の事を……大好きな男が」
公爵は私の右手を自分の左胸に誘導する。
「僕の心臓、こんなにバクバクしてるんですよ。好きな人が目の前にいるから」
速い心臓の鼓動が、手のひらを通して伝わってくる。
彼の緊張を直に感じて、私までドキドキしてしまう。
「信じてもらえるまで何度でも言います。僕は……貴女の事が大好きです」
生まれて初めて愛の告白を受けた。公爵が顔を近づけてくる。彼は覚悟のこもった目で、私を見つめていた。互いの心音は、どんどん速くなっていく。
「好き、大好き。貴女の事が……大好き」
公爵は何度も想いを告げる。真剣に、素直にひたすら好きを伝えてくる。
「分かった、分かったわよ! だから止まって」
私は顔を熱くしながら制止した。公爵は微笑みながら、ゆっくりと顔をどける。
私は顔を伏せ、食事を再開した。きっと真っ赤になっている顔を、見られないように。
「ああそうだ、クロノさん。お願いがあるんですけど」
食事が食べ終わりそうな時に、公爵は恥ずかしそうに声をかけてきた。
「僕の事は、ペルーって呼んで欲しいです。敬語とかも無しで」
「えっ、貴方は当主だし……それはちょっと」
「呼んで……くれないんですか?」
「──ッ」
目をウルウルさせて、上目遣いでお願いしてきた。
堪らなく庇護欲を掻き立てられる。
(そんなお願いの仕方……ズルい)
そんなに呼んで欲しそうにされたら、断る事なんて出来ない。
「分かったわペルー。その代わり、貴方も敬語は辞めてちょうだい。私だけだなんて不公平だわ」
ウルウルしてたのが嘘みたいに、ペルーは満面の笑みをうかべた。
「うん! 分かった。改めて、これからよろしくね。クロノ」