156 レイアーナ視点 シュリーアの計画
シュリーアの驚くべき計画が明らかになります。
シュリーアの計画を聞いた時は驚きを通り越し呆れを覚えた。それほど荒唐無稽な提案だった。
「『甦り者』を試したいのです」
『甦り者』はアレトに古くから伝わる伝承だ。一度命を失い、再び息を吹き返した者は強い力を発現するという。だがそれは伝説や昔話に記述されているだけで実際にいたのかは定かではない。命を危険にさらす禁忌の技とされているからだ。過去にはその技を試すため多くの命が失われたとも伝わっている。
たしかに今回の騒動では幾人もの若い命を失った。それが将来のエミューリアに大きな影響を及ぼす可能性があるのは事実。しかもシュリーアは乳姉妹でもある腹心の侍従をも失っている。今後の学園生活に支障が出るのは間違いない。彼女が生き返る術があれば試したいという気持ちは理解できなくもない。だが、この船で亡くなった者は決して元の人物には戻らない。
なぜならば亡くなった者は皆思念体を失っているからだ。たしかに肉体を損傷しておらず、生命活動そのものならばまだ機能している者はいる。だが、その体を動かす思念体がないのだから蘇生するわけがない。
けれどもシュリーアは食い下がってきた。
『一人でも蘇生させることが出来れば今後のエミューリアに大きな貢献となるでしょう。失われた命をもう一度灯すことができるかはわかりません。ですが、試させてはいただけませんか』
『そのようなことを許可できるわけがなかろう。そもそも失った思念体が元に戻ることはない』
『承知しております。では、肉体を失った思念体があればいかがですか?』
『……どういうことだ?』
そしてシュリーアは思いもよらぬことを提案してきたのだ。
『アリーシャの死は目前です。本人も自覚しています。彼女に別の世界で生きる意思があるならば試してみたいのです』
『アリーシャの思念体を実験に使うというのか?』
『ええ、彼女自身が望むなら』
あちらの世界で散ることが確定している命が我らの世界で新たな芽吹きを迎えられるのか。
── 散ることが確定している命ならば試してみる価値はあるかもしれぬ。
アリーシャの肉体が限界を迎え、シュリーアはアリーシャの思念体を連れ帰った。彼女の思念体は意識を失ってはいたが、形は保っていた。その思念体を同性の亡くなった騎士候補生の肉体に入れ、経過を観察している。
アリーシャの思念体が霧散した様子はないが、目覚めたという報告もまだない。シュリーアは彼女の様子を見守り続けている。
しばらくするとシュリーアが戻ってきた。頬に手を当て、考え込んでいる様子だ。
『シュリーア、何かあったのか?』
『御姉様、アリステーアの肉体に変化が現れました』
アリステーアとは亡くなった騎士候補生の名だ。シュリーアよりも一学年上の生徒で、シュリーアの護衛騎士を希望していたが今回の暴動に加担したため、騎士団により思念体を奪われ亡くなった。明るい黄緑色の髪に、同じ色の瞳のキビキビした動きの少女だった。
アリステーアの体は非常口近くの壁にもたれかかるような形で動きを止めていた。シュリーアとともに彼女の元へ行ってみると、髪の色が深緑色へと変化している。
『なるほど。やはり力が強くなっているようだな。アリーシャの思念波の影響だろう』
『思念波の強さが身体にも影響を及ぼすのですか?』
『そうだ。力の強い者ほど思念石の色に髪と瞳の色が近くなっていく』
『やはりそうなのですね……では、アリーシャの思念体がアリシエールの肉体に影響を与えている、ということに間違いはないでしょうか』
『そうであろう。後は目覚めるかどうか、だな。声をかけてみるか』
シュリーアがアリステーアのそばに寄り、
『アリステーア、わたくしの声が聞こえますか?』
と声をかけた。だが、アリステーアの肉体に反応はない。
『アリーシャ、わたくしの声が聞こえますか?』
何度かシュリーアが試してみたが、残念ながら反応が返ることはなかった。
『シュリーア、時間をおいて再度試そう。アリステーアの髪の色はまだ変化の途中のようだ』
アリステーアの髪の先にはまだ黄緑色の部分が残っていた。
『髪の色の変化が終わるのを待って再度声をかけてみよう』
『かしこまりました』
……さて、この変化が吉となるのか否か。彼女が蘇り者となれるならば……救えるかも知れぬ。
我らはアリステーアの状況を確認するため、しばらくは船内で過ごすことになった。どういう法則かはわからないが、もともと船内で時間を止めた者たちにはこの間にも一切の変化は見られない。力の強かった者には定期的に声をかけたり思念波で会話を試みたりしてみているが、反応が返ってきたことはない。アリステーアの状態は初めて船内に起こった変化だ。注意深く見守る必要があった。この空間と地球のある世界では時空が違う。
── こちらに長く滞在しても、あちらで時が進まぬのはありがたいな。
帰還の時は近付きつつある。
私は綿密な帰還プログラムを思考することで時間を費やして過ごしていた。音も動きもない空間で、一人黙々と待ち続けるのはかなりの苦行だった。時に逸る自身に『焦るな』と繰り返し言い聞かせながらその時を待つ。
やがて、戻ってきたシュリーアがついに言った。
『御姉様、アリステーアが目覚めたようです』
──これで、新たな風が動き始める。
運命の歯車は我らの望む未来に向けて時を動かし始めた。
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アリーシャのその後については私が所属する文学クリエイターTeamTAKUMIの短編集「Sky Flyers」にSSが掲載されています。こちらは前回の文学フリマ大阪と京都にて販売されました。今後も同会場にて販売予定です。機会があれば手にとってみてください。
それではまた二週間後にお会いしましょう。
皆様に、風の恵みが共にあらんことをお祈りいたします。