Episode43 誰彼考察Ⅵ
黒点を通過したと思ったら、なぜか革張りのソファに座っていた。
おまけに背もたれに両腕を投げ出し、足まで組んで、婦女子としてこの姿勢はどうなのかとリンピアは我が身を疑った。
だが、自身の身なりを確かめて納得した。
これはリンピアの体ではない。
軽装だが、厚手の生地の服にブーツ。
鉄の腰当てと胸当てだけ鎧として着込み――曰く、封印術式を施した鎧だが――不愛想な態度で眼前の相手を観察している。
時間を跳躍したロアへの肉体憑依だ。
第六夜の舞台となったエリンドロワ王城を超えて、リンピアの肉体と魂が遊離したのだろう。
今までの流れから察するに、前回の憑依よりさらに時間が経っているはずだ。
時系列的に、ロストが時空の狭間に閉じ込められ、ロアも【七つ夜の怪異】に取り込まれた後になる。
つまり、これも【七つ夜の怪異】か。
それも、過去に行われた怪異のどれかだ。
「――大丈夫ですか?」
若そうな男に声をかけられた。
どこかで見たことがある気がした。
「ああ。白昼夢だ。よくある」
「そうですか……。顔色が悪いからてっきり具合が悪くなったのかと」
男は冷や汗を拭った。
それだけ緊迫している様子だった。
見回すと、その暖炉小屋らしき部屋には男女6,7人は集められていた。
この部屋、リンピアが第一夜で目を覚ました暖炉小屋と同じだった。
「顔色は生まれつきだ。俺の母親は肌が病的に白かったものでね」
「しっかりしてください。ロアさんが倒れたら俺たちどうしたらいいか……」
「その点は心配ない」
ロアは大人に頼られていた。
本人はそれで満足そうな様子はなく、冷静に思考を巡らせていた。
次の戦闘マッチングの予想とか。
総当たり戦の場合に適切な戦力配分とか。
やはり【七つ夜の怪異】の最中だった。
「次の第三夜はおそらく熾烈を極める」
「そんな……また死人が出るんですか……」
「そうならないように努力している」
最初に声をかけてきた男は、死人という言葉を聞いて顔面蒼白になった。
その様子に周りは同情の目を向けた。
「細君のことは守り切れず、すまなかった」
「いえ、ロアさん……貴方は他の仲間をたくさん救ってくれた。妻もきっと最善を尽くしてくれたとあの世で感謝してる」
「まさかあの黒いトカゲがあんな予測不可能な動きをすると思わなかった。中に人でも入ってるのかもしれない」
「……」
「すまない。失言だ」
無配慮なことを喋りすぎた。
ロアは感情のない言葉で謝罪した。
妻を亡くした男は、意を決して口を開いた。
「……約束を破ることになるが、もう一度、娘に会っておきたい。大切な一人娘なんです。里に戻らせてくれませんか?」
ロアは眉一つ動かさずに冷静に答えた。
「怪異はどこにいても始まる。もし貴方だけ離れている間に怪異に巻き込まれたら、孤立して死亡するリスクが高まるが、それは俺にとっても不本意なことだ」
ロアの算段では、今回の【七つ夜の怪異】は観測者をなるべく多く生存させることで、怪異の断片的な情報を記憶させ、周期性を破綻させる狙いだった。
「そこをなんとか頼みます」
男はソファに向けて頭を下げた。
ロアは変わらず、足を組んで態度の悪さが際立った。
「行かせてやってくれ……。俺からも頼む。俺にも幼い息子がいるが、その次の日でいいから俺も会っておきたい」
別の男が、頭を下げた男に加勢した。
どちらも若そうだが、それ相応の歳の娘や息子がいるらしい。ロアには子を持つ親の気持ちどころか人の気持ちも分からない。
眼差しは冷徹だった。
ここで態勢を崩されると怪異の思うツボだ。
「そうだ。あんたが付いていって守ればいい」
「なに?」
「こっちは人数が多いから、怪異に巻き込まれてもなんとか自衛してみせる。ロアさんは少数派を守ってくれ」
「……」
そうまでして子に会わせたいのか。
ロアには理解できなかった。
死んでしまえば二度と会えなくなるのに。
目先の利に捉われた浅はかな考えだ。
だが、人間とは往々にしてこういうものだ。
ロアはようやく、頑なな首を縦に振った。
「いいだろう。貴方に同行して里へ行く」
「ありがとう……」
○
ロアは父親と娘の束の間の再会を、なるべく邪魔しないよう、遠くで待機した。
自分のような能面男が情緒盛んな子どもと面したら、トラウマものだろうと考えたからだ。
聞くに、娘はまだ3歳だと云う。
泣かれるのが面倒だったのもある。
可哀想だが、もう母親とは再会できない。
万一、ロアが男を守り切れなかった場合には、孤児になるだろう。
被害が拡がる前に終息させなければ――。
それが人類の守護者の使命だ。
【七つ夜の怪異】を終わらせることが使命だと信じて疑わなかった。――リンピアは、そんなロアの心情を読み取って複雑な気分になった。
"歯車"は自身を歯車だと自覚していない。
皮肉な話だ。
誰より人を助けたかった男が、災厄の禍根となっているのだから……。
耳を澄ませば、ロアの優れた五感で親子二人の会話が聞き取れた。
「お腹が空いたら教会に行きなさい」
「うん」
「困ったら村外れのベルタさんを頼るんだ」
「ねえ、パパは?」
「パパは……しばらく家を空ける」
「やだぁ……いかないで……」
「危ないから家で良い子にしてなさい」
娘は言葉もおぼつかない。
だが、父親がいなくなる恐怖は感じていた。
「隣の家にはオットくんも居る。2人でいい子に遊んでるんだよ、リンピア」
――――!
驚いて、リンピアは動揺した。
今、そこで話す親子2人は20年前のリンピアと、リンピアの父親だった。
これは前回の【七つ夜の怪異】だ。
やはりロアは前回の怪異にも介入していた。
「ああ、そうだ。リンピアにお願いがある」
「なーに?」
「庭の畑……ママが大切にしてた畑だ。毎日お水をあげておいてくれないか」
父親は幼いリンピアに仕事を与えた。
「なんでー? ママはやらないの?」
「ママは……リンピアに畑をあげるって」
「いいの!?」
「ああ。畑にはママの大切な宝物が埋まってるからね。大事にしてあげるんだよ」
「うん!」
幼いリンピアはそれで満足したように、さっそく畑にじょうろの水を撒き始めた。上機嫌に、父親にも手を振ってお別れした。
それが父親と話す最後になるとも知らずに。
「もういいのか?」
里の外れの大木まで戻ってきた父親に、ロアは声をかけた。――リンピアはロアの視界を通じ、しかと父親の顔を拝んだ。
どことなく自分に似ている気がした。
「ええ……。これで心置きなく頑張れます」
「そうか。では戻ろう」
ロアはそっけない口調で切り返し、里を後にしようと歩き出した。
「待ってください」
「まだ何かあるのか?」
「……こんなこと頼むのはズルいって分かってます。でももし俺に何かあったら、その……娘を安全な場所に匿ってやれませんか?」
リンピアは心の中で涙が零れそうだった。
顔も名前も知らなかった父親は、娘想いの良い父親だった。
「貴方の娘は貴方より安全だ。優先すべきは貴方自身の保護で、俺が護るのは危険に見舞われる本人だけだ。娘の安全まで保証できない」
ロアらしい回答だ。
命は平等であり、老若男女問わない。
「ええ。でも言えるうちに言おうと思って……。それにロアさんなら応えてくれる気がします」
「俺は便利屋じゃない」
ロアはリンピアの父親を睨み返した。
「問題を片付けるだけの掃除屋だよ」
「それでも温もりに溢れてる。そう感じます」
父親はリンピアと同じことを感じていた。
ロアは冷酷に振舞うが、その実、心があった。
仮面をつけていても隠しきれない。
ロアはどうしようもなくお人好しなのだ。
彼の父親と同じように。
その晩、リンピアの父親は命を落とした。
第三夜は予想通り、総当たり戦だった。
錯乱した村人は互いを疑い合うようになり、それはついに暴動に発展した。
ロアは圧倒的な力で錯乱した村人を行動不能にさせ、殺し合いを止めさせた。
だが、リンピアの父親は奇跡的に冷静だった。
他の『観測者』と比べても言葉は通じるし、善悪の判断がつく状態だった。もしかしたら前日に娘と話したことが活力となって、意識を保てたのかもしれない。
――それが悪手となった。
正義感からロアに加勢して暴れる村人を取り押さえようとしたのだ。
反撃に遭い、ロアの手の届かぬ間に殺された。
ロアに憑依していたリンピアだが、その光景を幸いにも見なかった。夜が明けて、後で死者を数えたときに判明したことだ。
「くっ……こんなこと何回繰り返すんだ」
拳を握り、悔やんだのは昨日加勢した男。
オットの父親だとリンピアには判った。
体格や顔立ちがオットにそっくりだ。
悪態をつくオットの父親を尻目に、ロアは何を思ったか外に出歩いた。
「どこにいく? まさか俺たちを見捨てて……」
「すぐ戻る。俺もたまには休憩を要する」
「そ、そうか……疑って悪かった……」
村人は疲弊して日中でも疑い合い始めた。
そろそろ限界が近いとロアも感じた。
今回の【七つ夜の怪異】も死者が多く、当初の算段だった『観測者残し』の作戦は不意に終わりそうだ。
使命さえなければ、本当に見捨ててたかもしれない。
ロアは暖炉小屋から抜け出し、里へ下りた。
特段、何か思って向かったわけじゃない。
生存者を多く残すために、各々の行動を把握しやすいように小屋に集めた。ロアも密閉空間続きで精神的に疲労していた。
一方で、あの娘に関心もあった。
【七つ夜の怪異】は人の存在を抹消させる。
命を落とせば、現実では元からいなかったものとして忘れ去られる。
本来、両親とも抹消された子どもは、生まれなかったものとして同時に神隠しに遭うものだ。
だが、【七つ夜の怪異】はその不完全さから、そこまでの強制力がない。
そうなると、不可解なのは子の心理状態。
どんな状態で過ごしているのか興味深い。
日暮れも近い時間帯。
蜩の鳴き声と赤い空の長閑なひと時だ。
そこで幼いリンピアは畑を一心に掘っていた。
直前にはじょうろで水を撒いたのか、土が泥水状になっている。
「………」
ロアは音もなく近づき、家の壁に背を預けた。
しばらくその様子を観察する。
親の存在を忘れたはずの子どもが、親の言いつけを守って畑いじりをしているのか、単なる遊びの一環でそうしているのか――。
「ん~~……ん~~……」
幼いリンピアはスコップを必死に動かした。
何かを探している?
「ないよーー!」
ついに疲れ果てて体を地面に投げ出した。
スコップがロアの足元に転がる。
それを拾い上げ、リンピアに近づいた。
「何をしている?」
「……?」
急に話しかけられたリンピアは小首を傾げるだけで、警戒はしなかった。
「たから探し。畑にだいじなものがあるの」
両親の記憶がえぐり取られた子どもにしては、存外はっきりと言葉を発した。そして意外にも、父親の言葉のほんの切れ端を覚えていた。
――大切なものが埋まっている。
それが誰の発した言葉かも知らず、娘は水やりよりも大切な"それ"を掘り返すことに気が向いたようだ。
「でも、ない。なんにもない!」
幼いリンピアは転がったまま暴れ始めた。
泥水が跳ねて酷い有り様だ。
ロアの頬にも泥が当たる。それを涼しい顔で受けて拭うことすらしなかった。
「君には工夫が足りない。見ていろ」
ロアはそう言うと小さなスコップをリンピアに返し、畑に向けて手を翳した。
息をするように手に魔力を通す――。
すると、苗を植えてない土が盛り上がった。
地中から赤黒い結晶が無数に突き出た。
「きゃっ……!」
「やろうと思えばこういうこともできる。採掘作業をするならもっと効率を重視することだ」
3歳児に効率を説く300歳児の構図。
ロアは良くも悪くも老若男女を問わない。
それで幼いリンピアは怖がるかと思いきや、目を輝かせていた。
「すごいすごぉーい! これなーに!?」
赤黒い鋭利な結晶を触り、興味深く見つめた。
「それは魔力の塊だ」
「まりょく?」
「君の知らない世界の力だ」
「…………」
リンピアは理解できなくなり、黙り込んだ。
少しして赤黒い魔力結晶は霧散するように消えて、リンピアはまたその謎めいた物質を探し出そうと畑いじりに夢中になった。
ロアは呆れたように溜め息をついた。
子どもの知能に合わせて話すのは大変だ。
だが、無垢なる好奇心を羨ましいとも思う。
ロアは最後に助言した。
「――世界には秘密がある。探せば幾らでもな」
あらゆる神秘が消えゆくこの世界。
秘匿にされていても、確かに秘密は存在した。
だからその無垢なる好奇心を殺さないように、そう言い残した。
そして姿を晦ました。
現れたときと同じように、気配もなく。
「あれ……? おじさーん? かくれんぼ?」
ロアは息をひそめて屋根の死角に入る。
頃合いを見て暖炉小屋に戻ろう。
「おじさーん! わたし、頑張ってさがす! ひみつの力! おしえてくれてありがとー」
「――――」
「おじさんのことも、いつか見つけるからね!」
遅れて、そんな声も夕空にこだました。
隠れんぼを始めたと思ったらしい。
ロアはいずれ飽きてくれることを祈って、その場を後にした。この様子ならリンピアは大丈夫だろうと安堵の息を漏らしながら――。
憑依していたリンピアも胸が騒めいていた。
そうだったのか。――すべての糸が繋がる。
リンピアが魔術の道を志すに至ったのは、その言葉が頭に残っていたからだ。
黄昏時に聞いた、誰彼の言葉。
世界には秘密がある。昔、誰かがそう言った。
勝手に父親だと思っていた。だが違った。
『変な思い出よね。でもそれしか覚えてないよ』
ロアは第二夜で尋ねてきた。
そこでリンピアは、この3歳の記憶を語った。
『どうかした?』
『いや、気にするな』
あのとき、ロアは思い出したのかもしれない。
かつて幼いリンピアに向けた言葉を。
それだけじゃない。
リンピアの探し物が何かも判った。
第一夜の終了条件は、観測者全員が探し物を認識すれば終了――。
『わたしは別に、何も……』
『探し物か?』
『だって怖い思いしただけよ』
『潜在的に求めていた何かを発見したのだろう。何であれ、第一夜が終わったのだから、リンピアも何かを見つけたはずだ』
リンピアが探していた物、それはロアだ。
世界の秘密を教えてくれた男。
その潜在的な願いは既に叶っていた。
――なんだ。最初から単純なことだったわ。
リンピアは決意を反芻した。
見つけた探し物を手に入れにいく。
それがこの【七つ夜の怪異】を最後まで潜り抜けたリンピアの特権だ。その上、探し物はこの先の第七夜で待ってくれている。
これで誰彼の考察は終わり。
ここにきて、この過去の情景を見せた『時間魔法』に運命を感じた。
いいだろう。望むところ。
その運命の力にリンピアも自信が漲った。




