Episode40 第六夜 - 日食を穿つ城
黒い月光が王城を照らしていた。
リンピアはその王城を見たことがある。
それこそ泡沫のように移ろいだこの数日間の夢で、何度も見てきた。
エリンドロワ王城。
この国の繁栄の象徴だった。
それが今ではどうだ。まるで暗黒城のよう。
尖塔が黒い月を貫くように聳え立っていた。
月から煌々と照る暗黒の光は、高濃度の黒い魔力が創り上げた皆既日食――。
ここは第六夜だ。
狂気の夜も、既に6回目に突入していた。
「リンピアさん。待ってましたよ」
その城を望む石畳の通りで、少女は現れた。
待ち惚けていたように大きく伸びをした。
「待ってた?」
リンピアは呆れ果てたように鼻で笑った。
「リルガちゃんがここまで導いたんでしょ」
「そうでした。……で、どうです? 現実」
顔色を伺うリルガ・メイリー。
この少女の言葉を真に受けたら気が狂いそうになる。
現実。……さっきの世界のことだろう。
この世の神秘すべてが消え果てた世界。
あれはリルガが創り出した。
魔力そのものを神隠しに遭わせたら、あぁいうことになる。こんなこともできるぞ、という幼稚な脅しだ。
感想を聞かれても、ぱっと出てこない。
「別に何も。それくらい印象が薄かったな」
「冷めてるんですね。心配したんですよ。私、加減するの苦手なので。リンピアさんをあんまり怖がらせすぎて、逃げられたらどうしよって」
「逃げるつもりなんかないわ。そもそも、逃げられないでしょう。だからとっくに覚悟は決めた」
リルガは安心したように笑顔を浮かべた。
彼女の過去を思い出し、現在と比べてみる。
ロアへの憑依で見た【メトミスの怪】の狭間に現れたリルガは、今と様子は変わらない。
でも、どこか――。
「リンピアさん、もう刻限が迫ってます」
「刻限……そんなものあるんだ?」
「ええ、もうこの怪異は私のものじゃないですから、コントロールもできません……」
どこか諦めに近い雰囲気だった。
リルガはずっとヒントを残してきた。
魔術が好きだと言い、時間魔法の理論が書かれたオルドリッジの著書を示した。
第三夜では"敵側"について歌姫を演じた。
第四夜では急に正体を明かした。
そしてロストと仲が良かったと自白した。
それぞれ伝えるべきタイミングがあったのだ。
まるでこちらの動きを把握していて、リンピアが過去へアクセスできる状態だと理解していたように――。
「もう最後にするのね?」
「…………」
リンピアは今一度、確認した。
ずっと少女は独りで戦ってきたのだ。
女神に対しても、世界に対しても……そしてこの【七つ夜の怪異】に対しても。
「はい。お願いします」
リルガははっきりとそう口にした。
表情こそ最後まで作り笑いを通していたが、それでもリンピアにはその笑顔が、彼女の安堵から来る自然なもののように感じた。
「まかせて。じゃあ行きましょ」
リルガの正体は『女神の眷属』だ。
とどのつまり、ロストと同じなのである。
女神はもう居ないけれど、神々が遺した禍根はこうして世界に芽吹いている。
女神に利用され、捨てられた少女。
その子が敗北者の楽園を創ろうとした。
七つ夜の怪異はそのための儀式だ。
だが、その儀式は80年前、ロアという異分子の混濁で変化してしまった。
彼の願いは"世界の救済"。
なんてことはない。憧れの父親の真似事だ。
だが、悲運なことに世界は平和だった。
【七つ夜の怪異】は、英雄になれなかった敗北者の彼に楽園を与えるため、彼が救う対象を産み落とす七つの夜を用意し続けた。
しかし、その少年は未だに満たされない。
だから終われない。
20年周期で際限なく繰り返すロアのためだけの願望機。それが【七つ夜の怪異】の正体……。
真の黒幕はロア・オルドリッジだった。
リンピアの第一印象の直感は当たっていた。
リルガは最初からこの悲劇を終わらせるため、リンピアに近づき、導いてきた。
偶然にも、ロアの虚数魔力と契約し、特殊な力を手に入れたリンピアならできるかもしれないと一縷の望みをかけて――。
頬の赤黒い傷をなぞる。
まだ彼との血の盟約は生きている。
「でも、一つ言っておくけど」
「なんですか……?」
「わたし、ロアくんのことも諦めてないからね」
その宣戦布告を受け、リルガは目を瞬かせた。
そして目を細めて朗らかに笑うと、
「リンピアさんも欲張りなんですねっ」
失楽園の主にしては明るい声だった。
欲張りだとは思わない。
リンピアにとって、七つ夜の怪異を終わらせることよりも、ロアを救い出す方が重要なだけだ。
○
リルガと2人で王城へ向かう。
ロアはあの黒い月の奥で待っている。
アセンション・ポイントだ。
その天蓋までの道のりは、エリンドロワ王城の尖塔から続く、謎の螺旋階段を昇るしかない。
「地上から直行する方法はなかったの?」
「さっきも言いましたけど、もうこの怪異でのわたしの権限は限られてるので、水先案内人はできても、舞台自体には手出しできません」
リルガは、すみませんと行儀良く謝った。
そうなると王城の中に入って、上階へ昇って尖塔を昇り、その窓枠から螺旋階段へ飛び移るしかなさそうだ。
リンピアにはもう一つ、裏技があるが。
「そういえば……」
リルガの言葉で一つ気になった。
「いつも舞台ってどう決まってるのかしら?」
「……今の七つ夜の怪異はロアさんの願いを基に怪異側の記録にある憧憬を再現してます。ロアさんの場合、父親の理想を追ってるのでロスト・オルドリッジの経験をベースに再現してますね」
「ふーん……」
それはロアも第四夜で気づいていた。
四夜はアザリーグラードの迷宮が舞台だった。
五夜もオルドリッジの屋敷。
六夜がエリンドロワ王城。
ロストはここで何かを成し遂げたのだろうか。
王城の城門に近づくと、待ち侘びていたように門が開き始めた。
「何か聞こえませんか」
「ん……この虫の鳴き声みたいな嫌な音……」
耳を済ますと、城の中から騒音が響いていた。
それは徐々に近づいてきている。
もしかして――。
そう気づいたときには、リンピアも『無の存在証明』で魔砲武装を紡ぎ出した。
砲身を城に向けて構える。
その直後、
"行カセルナ! 行カセルナ!"
"アイツヲ殺セ! 楽園ヲ続ケサセロ!"
"コノ世界ヲ守レ! 世界ヲ守レ!"
――壮絶な勢いで王城の大きな扉が開いた。
中から黒い影の大群が飛び出した。
ぎゃあぎゃあと、蟲や鴉が鳴くような声。
そんな醜悪さで屍人が押し寄せてきた。
「うそ……っ」
「ひぇえ、リンピアさん!?」
リルガは出会ったばかりの頃と同じように怯えてリンピアに抱き着いてきた。
「どうしましょう!? 屍人ですよっ」
「どうしましょうって……黒幕らしく不思議な力で一掃できないの? 屍人も元々リルガちゃんが現実世界から吸い上げた人間でしょ?」
「できません! 私、戦闘型じゃないですっ」
「さっきの得意げな感じはなんだったのよ……」
なんだか憎めない少女だった。
リンピアは呆れたように溜め息つくと、魔砲武装を眼前に展開した。
だが、あまりにも数が多い。
城の扉から飛び出しただけで、数百。
それらを前列から魔砲で吹き飛ばしても、次から次へと後ろから止めどなく黒い影が飛び出し続ける。
「これはまずい……っ」
魔砲と弾丸魔術だけでは捌き切れない。
斯くなる上は以前使った飛翔装置を描いて、空へ逃げるという手段がある。
それを使えば、わざわざ王城を昇らずとも空から一気に黒い穴へ近づける。
「でも……こんな数相手にしてたら……」
魔砲武装は自動照準で勝手に敵を一掃してくれるが、敵が多すぎて弾丸魔術も放っている。
それらを捌きながら絵を描くなんて無理だ。
あれよあれよと敵は押し寄せる。
どんどん前列の屍人との距離が詰まる。
まだ城門という狭い通路があるおかげで、なんとかなっているが、ここを後退して街中で四方を取り囲まれたらと思うと、ぞっとする。
リンピアも徐々に恐怖を感じてきた。
まだロアの面前にすら辿り着いてないのに、こんなところで死ぬのだろうか。
そんな不安が過るほど追い詰められていた。
「リンピアさん、とりあえず逃げましょうっ」
「逃げてもあっちのが足早そうだよ!」
四つん這いで犬のように駆ける屍人もいる。
なんでそんな仕様になってるのかと文句すら吐き出してる余裕がない。
「もうダメ。捌き切れない!」
「えええええ」
ここまでか。
諦めたとき、急に城門の地面が競り上がった。
ぼこりと地面から石膏が飛び散る。
地面の下から泥人形の腕が飛び出し、迫ってきた屍人の群れが吹き飛ばされた。
「ゴーレム!? これって……」
続けざまに、泥の巨人が地面から這い出た。
城門を塞ぐようにゴーレムが立ち塞がり、城から雪崩れ込む黒い屍人を殴ったり潰したり、暴れ始めた。
「待たせたな」
ゴーレムの肩には人が乗っている。
ずっと慣れ親しんだ不愛想な男だった。
「いつかの借りを返しにきたぞ」
「オット……! 来てくれたんだ……!」
炭鉱仕事で鍛え上げた屈強な背中が語る。
ここは任せろ、とリンピアに有無を言わさずに土魔術が猛威を振るっていた。
意外な助っ人に、リンピアも唖然とした。
どうしてここに……。
疑問に思ったが、話してる余裕はなさそうだ。
オットは借りを返しにきたと言った。
リンピアは怪異の中で、オットの願いを叶えようと彼自身と向き合った。それを貸しに感じてくれていたのだ。
「オット、ありがとう。任せるねっ」
「ふん……家族だろ」
その言葉だけで十分だった。
リンピアは、オットが与えてくれた隙に、空へ逃げるための飛翔装置を自身の足に描いた。
リルガを抱きかかえて空へ舞う。
向かうは、天蓋を穿つ黒い穴。
その入り口へ至る螺旋階段だ。




