11話~関所奪還会議~
酒場で優人を下ろすと、エシリアは風水魔法で「流れる水」と「恵む大地」の癒しの力を組み合わせ、回復を始めた。
「絵里ちゃん。まずは右足の矢から、少しずつ抜いてね。」
エシリアはそっと矢の刺さった右足の周囲に手を当てる。
絵里は指示通り、慎重に矢を抜き始めた。
優人にも、矢が徐々に引き抜かれていく感覚が伝わってくる。
そして、浅くなるにつれて痛みも和らいでいった。
やがて──「ポンッ」と音を立てて矢が抜け、同時に傷口がふさがった。
「おおっ!!」
優人と絵里が同時に歓声を上げる。
「次は右肩ね。同じようにお願い。」
エシリアは表情を崩さず、治療を続ける。
「はい。」
絵里の顔もすぐに真剣さを取り戻した。
「でも、どうして“流れる水”だけじゃなくて“大地の癒し”も使うんですか?」
足の回復を見た絵里の探究心が再び目を覚ます。
「性格属性と物理属性には、ちょっと複雑な関係があるの。
“流れる水”と“恵む大地”はどちらも“癒し”という性格属性を持っているけれど、実際には役割が違うのよ。」
エシリアは手を動かしながら答える。
「流れる水は“解毒”に強いし、大地の癒しは“細胞の活性化”に優れているの。
今回みたいに殺菌と傷の修復を同時にやるときは、両方を併用するのが効果的なの。」
優人と絵里は難しそうな顔をして顔を見合わせる。
それを見たエシリアは、くすっと笑って補足した。
「傷を洗うとき、水で流すでしょう?それが“流れる水”の殺菌。
畑で作物が育つように、細胞を育てるのが“大地の力”。そう考えると分かりやすいかも。」
「あ〜なるほどね〜。」
絵里はなんとなく納得したようにうなずく。
そして肩の矢も抜けると、優人は勢いよく立ち上がる。
「なおったぁぁああああ!!」
その勢いに、絵里とエシリアがビクッと驚いた。
「優人さん。少し遠回りになりますけど、あの関所は諦めて、亜人地帯経由で海隣地帯へ行きませんか?」
エシリアが提案する。
「ん?なんで?」
「あの関所は危険すぎます。デュークだけでも強敵なのに、部下たちも戦闘に慣れてますから。」
「でも、亜人地帯で何かあったら?」
「そのときは戻ってきてください。今は国が混乱していて、何ともできませんから。」
「……無理だな。」
優人は視線を落とす。
「俺は、絵里を地上界に戻したら、地上で死んだ彼女──綾菜を探す旅に出るつもりなんだ。
この世界で彼女に会えるかどうかも分からないし、もしかしたらもう別の幸せを掴んでるかもしれない。
それでも──一目会って、俺自身の心にケリをつけたい。」
その目は真剣だった。
「それなら、少しずつ強くなればいいじゃないですか。今のあなたでは、まだ関所は無理です。」
「それでも、この村の人たちを見捨てるのか?
関所が封鎖されたままだと、生活がどんどん苦しくなる。
“何とかできるかもしれない”なら、やってみるべきだ。」
「だから無理だったから今、戻ってきたんです。」
エシリアと優人が一瞬、睨み合う。
その瞳には、お互いを思う強さがぶつかり合っていた。
エシリアが正しいのは分かっている。優人のことを本気で心配してくれているのも。
──でも納得はできなかった。
「理屈じゃないんだ。俺は逃げたくない。
もしかしたら、ただのわがままかもしれない。
だったら──俺一人で行くよ。二人は街に戻って、吉報を待っててくれ。」
優人は覚悟を口にする。
死んでも構わないと思っていた。
だが、それでも……この世界で、奇跡を信じて生きていたい。
その一心だけは、今も変わらなかった。
──そのときだった。
「はいっ、優人さんの悪い癖、出ました!!」
絵里が立ち上がり、じっと優人を睨む。
「なんだよ。」
「死ぬかもしれない時に、すぐ一人で行こうとするでしょ?
田中さんたちを助けに行ったときも、そうだったじゃないですか。」
「……絵里、お前の命の責任までは取れない。」
優人は視線を逸らしながら答える。
「別に責任なんて取ってもらおうと思ってませんし。
今回は私が“ついて行く”って決めただけですから。」
絵里は笑いながら言った。
「殺されても、恨むのは山賊だけです。優人さんは許してあげます。」
「なんで上からなんだよ……。」
「じゃあ、デュークも山賊もぶっ飛ばして、ついでにフォーランドも救って、
優人さんは王様になってください。私は食っちゃ寝しながら地上界に帰る方法を考えます!」
「すごい人生設計だな……。」
優人があきれたように呟くと、今度はエシリアも立ち上がる。
「じゃあ私は、その国王様からおこづかいもらいながら魔法研究に没頭します。
あと、はちみつ採りたいので森も増やしてくださいね?」
「お気楽すぎるだろ……。」
──でも、そうやって笑って支えてくれる二人に、優人は心の底から感謝していた。
* * *
「おいおい!ふざけんじゃねぇぞ!!」
三人の会話に割って入ってきたのは、全身を金属鎧で固めた大男だった。
その剣幕に、優人は眉をひそめる。
「おい、この酒場でだらだら酒飲んでる連中、聞きやがれ!!」
大男が店内を見渡しながら怒鳴る。
「ヘストス!うるせぇよ!」
「酔っ払ってんのかよ!」
すぐに客たちから野次が飛んだ。
「この女子供がよ、関所を取り返して海隣地帯に行こうとしてるんだとよ!」
ヘストスの言葉に、酒場が一瞬静まり返る。
「……いいのかよ。こんなことさせて。
このままだと、海隣地帯の連中に言われちまうぞ?
“山の男どもは女子供の背中に隠れて震えてた”ってよ!!」
その一言が火をつけた。
「ふざけんな!!」
「海でぷかぷか浮いてる奴らにバカにされてたまっか!!」
「山の男の根性、見せてやろうぜ!!」
怒号と共に、酒場の男たちが次々と立ち上がる。
「山の男がこれじゃあガッカリだわー!
優人さんと私で、さっさと関所ぶっ飛ばしてくるから震えて待ってなさーい!」
と、ちゃっかり絵里も煽りに参加する。
酒場のテンションはどんどん上がっていく。
「任せとけよ!俺らもやってやる!!」
「関所ぶっ壊して一発ぶちかましてやるぜ!!」
「関所は壊すなよ!」と優人がツッこむが無視をされた。
客たちが武器をテーブルに叩きつけ、ガッチャンガッチャンと鳴らしながら盛り上がる。
うるさい。ガラが悪い。ツッコミは無視される──。
優人は少し傷つきながら、そっと店の隅に移動し、槍と刀の状態を確認し始めた。
それに気づいたエシリアが背中を撫でながら慰めてくれる。それが逆に切ない。
「おい、そこの侍!」
ヘストスがまた優人に声をかけてきた。
「ん?」
「お前、賢そうだな。なんか作戦あるか?」
「うーん……あの弓が厄介だけど、遠距離攻撃は暗いと精度が落ちるから……。
夜明け前、一番眠い時間を狙って一気に奇襲、かな。」
優人が言い終える前に──
「おし!それだ!!お前、性格悪いな!!」
「……は?」
説明が途中なのに、話が勝手に進んでいく。
「夜明け前の、あの気持ちいい時間を狙うとか……悪ぃなあ!!」
「寝ぼけた奴らをブチのめすってか!?」
「性格悪っ!!でもアリだな!!」
「友達になりたくないタイプぅ〜!」
あまりにひどい言われようだ。
「いや、お前らも賛成してるんだから、同じ穴のムジナじゃ……」
と優人がツッコもうとしたそのとき──
「……って、最後の野次、絵里だろ!!」
「知らな〜い。とりあえず、作戦決まったし寝ましょ♪」
絵里のマイペースな一言で、みんな解散していく。
* * *
「……ま、明日指示出せばいいか。」
優人はため息をつき、食事を取ってから部屋に引き上げた。
翌朝
まだ薄暗い早朝。
にもかかわらず、集まった男たちはざっと50人。
「……すげぇな。山の男の意地、見直したわ。」
優人は感心しつつ、彼らに声をかける。
「戦闘が始まるまで、大声は禁止な。奇襲が成功するまでは、静かに行動してくれ。」
全員が黙ってうなずき、一行は関所へ向けて進軍を開始した。
優人は歩きながら、仲間たちの装備を目で追う。
──剣と弓が多い。
剣は関所突入班、弓は後衛支援組。
絵里とエシリアは後衛に配置。
ヘストスの得物は大木槌……門破壊担当確定だな。
状況を確認しながら、優人は静かに戦いのイメージを組み立てていった。