12話~天上界の村~
外へ出ると、村は前に訪れたときよりもずっと活気にあふれていた。
あのときは夕方だったが、今は昼間。にぎやかで当然とも言える。
優人はふと気になったことを口にした。
「絵里、最初に本屋、寄っていい?」
「はい?」
「この世界の文字……絵里が普通に読んでたけど、俺も読めるかどうか、確認しておきたくて」
そう言って、2人は本屋に向かった。
結果は――読めなかった。
絵里がクスクスと笑う。
「なんで絵里は読めたの?」
素朴な疑問を投げかける優人。
「あの本、地上界で亡くなってこっちに来た人が、新しく来た人のために書いた本らしいです」
絵里は筆者に関する情報を教えてくれる。
優人は納得したように頷く。
“天上界のルールと常識”なんて、都合の良すぎる本が普通にあるわけがない。
日本にも風習やしきたりを説明した書籍はあるが、それは現地の生活に慣れた外国人向けのものであって、
「この国には車があります」と言うような、ごく基本的な情報を本にする意味はあまりない。
――つまり。
自分たちのような“地上から来た者”がこの世界で困らないよう、
先人がわざわざ日本語で書いて残してくれていたのだ。
なぜ“日本語”なのかという疑問はまだ残るが、それはまた別の話だ。
ひとまず納得した2人は、本屋を出て服屋を探す。
* * *
服屋で、絵里は動きやすいズボンとシャツ、そしてブーツを選んだ。
この世界の女性はスカートを穿くのが主流らしいが、
「山道を歩くときに不便だから」と、迷わずズボンを選ぶあたり、彼女らしい実用主義だ。
ブーツもお洒落ではなく、ズボンの裾をしまいやすいものを選んだ。
それを見て、優人も袴の裾を押さえるような形で具足を購入する。
この店には軽装の鎧も売っていたが、優人の剣術は“動きやすさ”が命のため、鎧は断念。
その代わりに、肩から膝までを覆えるマントを購入した。
これは野宿などの場面で役立つだろうと考えての判断だった。
購入したのは以下の6点:
ズボン ×1
上着 ×1
ブーツ ×1
具足 ×1
マント ×2
合計金額は3万ダーム。意外とリーズナブルだ。
装備を整えたあと、2人は食事をとることにした。
「たまには美味しいものを」と、ちょっと贅沢して肉料理を注文。
2人で4,000ダームを支払った。
* * *
食後、優人と絵里は一番興味のあった“武器屋”へ向かう。
店に入ると、壁にさまざまな武器が立てかけられており、圧巻の光景だった。
優人は居合刀を使うが、実は武器全般がけっこう好きだ。
一つひとつ手に取りながら品定めしていると、少し離れた場所から絵里が呼んできた。
向かってみると、そこにはショートソードやレイピアといった片手用の剣がズラリと並んでいた。
「この辺の武器なら、私でも振り回せるかなって……」
そう言う絵里の声は、どこか自信なさげだった。
優人は軽く首を傾げながら答える。
「片手剣って、中途半端な長さで実は扱いが難しいんだよ。
斬るには技術が必要だし、突きをやるならリーチの長い槍の方が理にかなってる」
「……そうなんですか?」
「うん。それに“持てる”ってだけで“扱える”わけじゃない。
剣を振ると遠心力がかかって、腕に負担がかかる。
最悪、自分の力で骨を折る可能性だってある。
護身用なら、ナイフの方がいいと思う」
少し不満そうな顔を見せた絵里だったが、優人の説明に反論できる材料もなく、素直にナイフ売り場へと移動した。
ナイフ売り場に着くと、絵里の表情が明らかに明るくなった。
戦闘用のナイフは普通のものより長いが、ショートソードよりは短くて軽い。
片刃で反りのあるナイフもあったが、優人が忠告する。
「素人の“斬り”に殺傷力はほとんどないし、刃が曲がってると“突き”も難しい。
だから、両刃でまっすぐなタイプにしておこう」
絵里はうなずき、最終的に質素ながら綺麗な装飾が施された“両刃直刀型のダガー”を選んだ。
価格は5万ダーム。
それでもまだ、優人の手元には17万4,000ダームが残っている。
「じゃあ俺も、予備武器を買っておこうかな」
そう言って向かった先は――槍売り場。
「えぇぇぇぇ!?!?」
絵里の驚きが店内に響いた。
「優人さん、メイン武器は刀ですよね!? それよりデカい槍を予備武器にするんですか!?」
ごもっともなツッコミだった。
予備武器というのは、基本的にメイン武器が使えなくなったときに代わりに使うものである。
それがメイン武器よりも長くて目立つなんて、普通はあり得ない。
しかも――
(槍なんて使ったことない……)
優人は心の中で白状する。
「だって……槍、かっこいいし……」
ぼそっと呟く優人。
「ダメです! 子どもですか、あなたは?」
絵里はきっぱりと言い放った。
「いいえ。私は――大人です」
妙に堂々とした言い回しに、どこか“中学英語”を彷彿とさせる空気が流れる。
「大丈夫だから!
槍って“間合い”を制すれば、剣の3倍強いって言うし!」
優人はなぜか必死に絵里を説得する。
「間合い? なんですか、それ?」
「よし、説明しよう」
優人は少し考えると、絵里に少し離れるように指示を出した。
さらに「もう少し近づいて」「もう少し下がって」と位置調整をさせ、絵里が戸惑っていると――
「そこ! 動かないで」
「……はい?」
言われたとおりに立ち止まった絵里の前で、優人はゆっくりと居合刀を抜き、切っ先を絵里の喉元にすっと差し出す。
「え……?」
絵里は驚いた顔で、目の前の刃先を見つめた。
「今、絵里がいるところから俺に近づく“5センチ”。
それが、俺の間合い。
この距離に入った山賊たちは、全員真っ二つになってる」
「え!? たった5センチの違いで!?」
「そう。刀ってのは当然、斬れるものだけど……。
本当に力が乗る“瞬間”ってのは、この数センチなんだ。
この距離を把握せずに刃物を振るから、山賊どもは俺に対してほぼ無力だったわけ。
さっき“斬りは素人には難しい”って言ったのも、これが理由」
優人は得意げな顔で語る。
「でも、5センチじゃ……人って真っ二つになりませんよね?」
絵里のツッコミは、やはり鋭い。
「それはね。フォークでステーキを切るとき、押したり引いたりするでしょ?
刀も“引き斬り”って言って、刃を当ててから素早く引くことで、切れ味を高めるんだ。
……って、口で説明するのは難しいな。
そのうち意味が分かるようになるよ」
「はい!」
絵里は素直に返事をする。
「……というわけで。俺が槍を持つことに、賛成ってことでいい?」
「え? そんな話でしたっけ?」
見事な論点のすり替えに気づいた絵里は、きょとんとした顔をする。
――さすがに賢い娘だった。
困ったような顔の優人を見て、絵里はため息まじりに言う。
「しょうがないなぁ……」
そう言って、優人の“かっこいい槍”への夢を黙認してくれた。
14歳の少女を必死に説得しようとする優人の姿が、なんだか可愛く思えたのかもしれない。
優人は使い慣れない槍で間合いを取りづらいことも考え、短めの“ショートスピア”を選んだ。
穂の長さは約30センチ、柄は約160センチ。
ちなみに、優人が使う居合刀の刃渡りは約2尺4寸5分(=約74センチ)。
身長170センチの優人にとってはやや大きめで、重さも1キロとかなりの重量級。
槍の間合いの広さは、その刀の倍以上だった。
こうして――
絵里:両刃直刀のダガー ×1(5万ダーム)
優人:ショートスピア ×1(7万ダーム)
2人合わせて12万ダームを使い、残金は10万4,000ダーム。
金は減ってきたが、2人はそれほど深刻には捉えていなかった。
店を出ると、空はすでに夕焼けに染まり始めていた。
一気に装備を整えたことで、優人も気分がすっきりしていた。
その前を、絵里がスキップしながら歩いている。
「いいか、絵里。ダガーはあくまで護身用だからな。
戦闘は危険だから、敵が出たら逃げるんだぞ」
前を行く絵里に、優人は念押しする。
スキップを止めて振り返った絵里は、真剣な顔つきで優人を見た。
「優人さん……もう一つ、わがままを聞いてもらえますか?」
「ん? まぁ……絵里に危険がないなら」
この1日で、2人の距離はだいぶ縮まっていた。
優人は、多少のわがままくらいなら聞いてやるつもりで応じる。
「私――風水魔術師になりたいんです!」
目を輝かせて、自分の希望を打ち明ける絵里。
「風水魔術師? 何それ?」
優人はきょとんとした顔で尋ねる。
すると、絵里は分かるほどに肩を落としながら説明を始めた。
「世界には、火とか風とか水とかあるじゃないですか?
そういう自然のものには、それぞれ特別な力があって……たとえば、穏やかに流れる水には癒しの力があって、
激しく燃える火には破壊の力があるって、本に書いてあったんです。
風水魔術は、そういう自然の力を借りて使う魔法のことです。
これなら接近戦は避けられるし、優人さんが怪我しても治せるようになるかもしれないし……」
まるで覚えたての知識を披露するように、絵里は一気に説明する。
「それ……わがままっていうか、めちゃくちゃありがたい話だな。いいよ、ぜひ覚えてくれ」
優人は、絵里が自分の力になりたいと願ってくれたことが素直に嬉しくて、思わず笑顔になる。
「そのためには、“魔腔”っていう器官を開いてもらわないといけないみたいで……。
あと、ちゃんとした先生に習う必要もあるみたいです。センスも必要らしいけど……」
「なるほど。授業料とか、そういうのもかかるかもね。
よし、酒場のマスターに相談してみよう」
絵里の挑戦を応援しようと、優人は決意を新たにした。
* * *
酒場に戻ると、田中たちは外の入り口横に座り込んでいた。
追い出されたのだろうか。
彼らは優人たちをじっと見つめていたが、優人は完全に無視して中に入る。
絵里も、それに続いた。
中では、数人の冒険者が戻ってきて酒盛りをしていた。
2人はカウンターに座り、マスターに夕食を注文する。
「マスター、絵里に風水魔術を覚えさせたいんですけど、
この辺に魔法の先生って、いますかね?」
優人は食事を口に運びながら尋ねる。
「ああ、いるぞ。村はずれの家に住んでる先生がいる。
魔腔を開いてもらって、授業を受けるってことなら……
1日で8万くらいだろうな。で、魔力を高める杖が15万。
全部で23万くらいはかかると思うけど……優人、さすがにきつくねぇか?」
マスターが心配そうに問いかける。
優人は手を止めて、考える。
「23万か……じゃあ、明日狩りに出ます。槍も試してみたいし。杖は後日でも問題ないですよね?」
「ああ、そっちは後回しで大丈夫だと思うぞ。
じゃあ明日、絵里は俺が先生のとこまで連れてってやるよ」
「助かります。じゃあ、明日の授業料と……家賃、払っておきます」
優人は残金から絵里の教育費と宿代を支払った。
「おう、受け取ったぜ」
マスターは頷いて料金を受け取る。
残りの所持金は――1万2,000ダーム。
「……やばい。狼でも山賊でもいいから、明日は狩らないと……」
優人は心の中でそうつぶやきながら、静かに憂鬱な気分を抱えていた。




