68 帰路にて
「トゥトが教育係から離れる?」
「ああ、トゥトにはやってもらいたい仕事ができたからな」
カインズに戻ってギルドに顔を出した冒険者パーティーDKのメンバーはギルマスに呼ばれて話を聞いている。
ライトはトゥトに向き直り
「ありがとう、トゥト。お世話になりました」
素直に礼を述べて頭を下げる。
「俺は基本を少し教えただけだ、お前等には最初っからD級以上の強さがあったからな
ライト、これからは迷ったら嬢ちゃんいや、ヨークとよく相談して決めな」
「わかった」
「ヨーク、古エルフ語もそうだが、学びを怠るな、それがパーティーを守ることになる」
「わかったヨ、ありがとう、トゥト」
「リータ、スカウトはパーティーの目であり耳だ、目や耳がポンコツだとすぐに窮地に立たされるからな」
「わかってるわよ」
「ケリー、お前はパーティーの剣であり盾だそれが弱いと・・・わかるな」
「ああ、任せてくれ」
「じゃあな」
トゥトが後ろ手に手を振って部屋を出ていく。
全員でその後ろ姿を見ている。
特にライトとヨークはパーティー結成の時から世話になりっぱなしだという自覚がある。
冒険者のいろはを教えてくれて、いつもライトとヨークの行動に制限をかけることなく見守っていてくれた、暖かなコートのような存在だった。
「さて、お前等はどうする、冒険者パーティーDKさんよ」
ギルマスのマルディローズがライトに聞いてくる。
「僕は一度、アカマット村に戻ろうと思う」
寒い日より暖かい日が増えてきて、せっかちな農家は春撒きの小麦の準備を始めようとする頃、
ライトは家族からの手紙のことを思い出していた。
***
親愛なるライトへ
タイラー 飯をちゃんと食え
ティファ おにいちゃん リタねえのいうことをちゃんときいてネ
エレナ 隣村でゴブリンが出たけど、リータがほとんど1人で退治したわ
街の生活はできている?
温かくして風邪を引かないように気を付けるのよ
悪い人に騙されないように相手をよく見なさい
もしかしたら 夏前に弟か妹が産まれるかもしれないわ
***
リータに届けられた手紙をライトはもう、何回も読み直している。
ライトがカインズの街に来てもうすぐ一年になる。
それはまさにあっという間で毎日が新しいことの連続だった。
アカマット村では毎日がほとんど同じ日だっただけに、そのギャップも大きかった。
ライトの父親、タイラーは読み書きはほとんどできない。
ティファは読み書きよりも計算が好きだった。
恐らく、母親のエレナが教えて書くように言ったのだろう。
夏前まではまだ時間があるだろうが、身重な母さんや家のことが少し心配でもある。
「ああ、いいんじゃねえか、アタイの知る限り、最高のD級冒険者にちゃんとなったんだしな」
今回のラルシーカダンジョン踏破と戦績を考慮してパーティー全員が1ランク昇級した。
「私も行くヨ」「当然、わたしも行きます」「・・・わかったわよ」
ヨークとケリーは即決でリータは少し躊躇していたが、
「え・・・みんなも来てくれるの?」
「まさかライト、1人で行くつもりだったの?」
「うん・・・リータはカインズに来たばっかりだし、ヨークとケリーもやることあるかと思って・・・」
「ライトと一緒にいるのが一番大事なやることだヨ」
「奴隷の自分は一緒にいるのが当然ですね」
「ふん、ライトが帰るなら一緒にいってあげるわ、おばさんのことも心配だもの」
ライトは女性陣のことがまだまだ分かっていないようだ。
「そういう訳でまたしばらく家を空けて、今度はアカマット村に行ってくるヨ」
「ライトさんの家族をよく見てくるといいよ、その人となりや生活をね、お前の子供のために」
ヨークはバッと顔が赤くなるが、
「・・・わかったヨ、母さん」
ヨークはいつもより長めに母親を抱きしめ、母親はヨークの頭を優しく撫でながら抱きしめている。
母アリーシャはいつも、ヨークの幸せへの道標を与えてくれている気がした。
「これでちゃんと美味しいもの食べてね」
ヨークはそう言って金貨を10枚置いて家を出た。
「オーグ、私達の子供はちゃんと自立できたヨ・・・
よかったヨ
でも、もう少し見守っていてね」
アリーシャは指を組んでこころの中の亡き夫に報告をしていた。
カインズからアカマット村までは乗り合い馬車で7日の距離だが、アカマット村まで行く馬車は中々ない。
来る時は乗り合い馬車が出ている町まで旅商人のマルケスさんが来たついでに乗せてもらったので問題なかったが、逆となるとそう簡単ではない。
運よくマルケスさんと出会えれば頼むこともできるが、果たしてそう上手くいくか。
カインズを出て5日目の夕暮れに着いたスエビ村。
乗り合い馬車の終着駅である。
スエビ村は数世代前の開拓村だったようで、とりわけ何か特徴があるわけではない。
スエビ村よりさらに遠方の僻地に次世代、次々世代の開拓村ができたからその通り道に過ぎない。
強いて言えば、最近ブドウの作付けを増やしているようで将来的にはワインの産地になるかもしれない。
なので村外れにはブドウの若木が広がっていた。
村に1軒だけある宿屋兼飲み屋で宿泊する旨を伝え、夕食は何ができるか聞いてみたら、
やはり、大したものはできないらしい。
道中の宿屋もそうだったが、元々、宿泊客は珍しく、ここは老夫婦が街道だからという理由で建物は国が建て村からの要請でやっているだけで、その為の食材なども用意しているはずもない。
「キッチンを借りてもいいですか」
「ああ、好きに使ってくれてかまわない」
ライトの要望に、初老の主人は快諾してくれた。
国が建てただけあって、キッチンは広く割としっかりしていた。
「何、食べようか~」
ライトはマジックバックから肉のブロックをいくつか並べて、リクエストを聞く
「ライト、これ!ミノタウルスのリブロース、食べてみたいヨ」
ヨークが眼鏡越しに食材を指さしている。
ミノタウルスはラルシーカダンジョンの15階で3体しか出現しなかったので、その肉は2ブロックしか手に入れられなかった。
ミノタウルスのリブロースをよく見ると赤身に細かい脂身が綺麗に入っていて、見るからに食欲をそそられる。
「美味しそう!リータ、ナイフかして」
「いいわよ、はい」
リータからブッチャーナイフを借りて指2本幅にカットしていく。
10枚ほどカットしてさらに半分にして20枚のステーキ用の肉ができたが、それでも普通のサイズよりも大きい。
残りのブロックをしまい、代わりにガニッシュとラルシーカで買ってきたスパイシーソルトと肉のタレを数種類取り出し、大皿を2枚並べる。
竈に火を入れ、一番大きなフライパンを熱して脂を引き、潰したガニッシュを入れる。
隣でヨークがカットした肉にスパイシーソルトを振っていてくれるので、ライトは肉を焼くことに集中する。
女性陣にガニッシュが入っているものを敬遠するきらいがあったので、ガニッシュ抜きのものも焼くのだが、ライトが気にせず、むしろ好んで食べているので最近は女性陣もあまり気にしなくなってきた。
ガニッシュがキツネ色に色付き始めたら肉をフライパン全面に並べて焼く。
「良い匂いだヨ」
隣でヨークが鼻をヒクヒクさせて覗き込むようにして焼き加減を見ている。
「ライト、ジャガだして、隣で焼くわ」
「はいよ」
リータがライトの近くまできて、そう言うとライトは肉を焼きながら、マジックバックからジャガを5個取り出して、リータに渡す。
リータはさっとジャガを水で洗い、ナイフでスパスパと皮を剥き一口サイズにカットしていく。
隣の竈でフライパンに多めにバターを入れ、バターが溶けた所にジャガを入れて焼いていく。
「リータ、手際良いヨ、女子力高いね」
「うちでいつもやっていたからよ、ライトに任せると肉だけになりそうだったからね」
「プッ、確かにそうだね」
ヨークはライトとの鹿肉祭を思い出し思わず吹き出し笑う。
「では、片付けは私がやるぞ」
ケリーがホール側から首だけキッチンに突っ込んで言ってくる。
みるみる大皿に肉とジャガが積みあがっていく。
「若い子たちは元気があっていいね」
「そうさな、ワシ等の孫もどっかで頑張ってるじゃろう」
この村は街道沿いで治安もいいので穏やかに暮らすにはいいのだが、若い子たちの大半は村を出ていく。
安定すれば当然、人口は増えるが農地には限りがあるのでそれは必然なのかもしれない。
「できましたヨ」
ヨークがそう言って老夫婦の前に肉とジャガが盛られた皿とタレの皿を置く。
「あら、わしらにまで・・・」
「ほんにありがとう」
「ライトはそういう子なんですヨ」
礼を言う老夫婦にヨークがライトを指さし笑顔で返す。
「できた!食べよう!パンが欲しい人は言ってね」
2枚の大皿に肉とジャガが盛られ、各自の前に、取り皿とナイフフォークが並んでいる
「美味しそだヨ~」「食うぞ~」「ライト、パンちょうだい」
準備が整っていざ食べるという時に主人がジョッキを4つテーブルに置いていった。
「去年の仕込みなのでまだ若いがね」
ウインクがチャーミングだったが中身はワインのようだ。
焼いている段階から、心も口内も食べる準備は整って、すでに皆、大分待たされている。
肉をナイフでカットしてフォークで口に運ぶのを待ちきれず、舌が肉を迎えにいってしまう。
スパイシーソルトの刺激の後に香ばしい肉の香りと甘い旨味が鼻に抜けて一噛みするごとに肉汁が口の中に広がり、
肉は嚙み応えがあるが、噛めば噛むほどに脂と混ざりなくなっていく。
脂の旨味とスパイシーソルトをワインで流し込む。
野性味のある肉を頬張ったあとにジャガで口をリセットしてまた肉を頬張る。
みんな、無言で肉にかぶりついている。
美味しいものを食べているときのライトの姿勢がそうなので、みな、ライトに似てくる。
「はー美味しかった、お腹、苦しいヨ」
ヨークがほんのり赤い顔で最初に食べ終わる。
「私もお腹一杯だ、また胃袋がでかくなったと思う」
ケリーも自分のお腹を叩きながら言っている。
いつの間にか2杯目のジョッキが置かれ、当たり前のように食後酒で肉の余韻を楽しんでいる。
戦いのように最後の1枚までライトとリータはステーキを食べていたが、肉が無くなったあと、2人共、ぐったりとしている。
ケリーが食器をひとまとめにして下げ、片付けを始める。
「ねえ、ライト、ちょっといい?」
「どうしたの?ヨーク」
「どうするのヨ、ライト!」
「な、なにが?」
「ナーラからプロポーズされたんだヨ」
「えええ、そうなの?」
「これだからライトはー!この先もそういう女の子ぉ、増えるヨ!」
ヨークの顔から首まで赤くなっている。
「わたしのこと好きっていったのにぃーリータにもキスされてーぇ」
そう言ってヨークはジョッキを煽る。
それを見て、リータは自分のジョッキを持って、静かに席から離れる。
「ライトのバカぁ、スケベぇ、浮気者ー」
ヨークはライトの膝に座りポカポカとライトの頭を叩いている。
「わ、待って、ヨーク、落ち着いて」
「落ち着いてたらぁ・・・フー・・女の子がぁ増えるんだヨ」
ポカポカポカポカっ
ガシッ
ライトがヨークの手を掴む。
「はな・・・ん」
何か言おうとしたヨークの唇をライトの唇が塞ぐ。
「ん・・・ん・・」
ヨークが抵抗して何か言おうとしたが徐々に抵抗が弱くなっていく。
ライトはワインの匂いと味がする唇に頭がクラクラして、唇を離すと、ヨークと目が合う。
ヨークは目を閉じて、今度は自分からライトにキスをする。
ヨークからの初めてのキスは
柔らかなヨークの唇とライトの唇をつつくヨークの舌の感触だった。
口の力を緩めるとそこからヨークの舌先がチロチロと遠慮がちにライトの口内に侵入してライトの舌に触れ、口内にワインとヨークの香りが混ざって充満する。
その息が鼻を抜けるとライトは何かのたがが外れたかのようにヨークの舌や口内を味わい尽くすころ、
「くぅー」
ヨークは寝息を立てていた。




