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まめざくら十号

「アカリっ! 捕まってください!」


「何やってんのー、ミンチになっちゃうよー!」


 存外に高さのあるホーム。

 自重を持ち上げるのにてこずるアカリに、駆け寄ってきたフィルとエーデルが手を伸ばす。

 剣を振るい続けた直後の腕は疲労に震えており、思うように力が入らず、ほとんど二人に引きあげてもらう形となる。


 その数秒後には人一人を轢き潰すに十分すぎる白色の巨体がアカリの背後に停車し、風を浴びた背を冷や汗が伝うのを感じた。


「……本当に来た……」


 律儀に扉も開き乗客を迎え入れる姿勢も見せてくる特急列車。

 当初はまさか鉄道など動いているとは想像もつかず、それを目の当たりにしても未だに信じられない思いでつい呆然と眺めてしまう。


 と、先程までは耳を傾けている余裕もなく聞こえてこなかったアナウンスが耳に入ってきた。


『十番線ニ停車中ノ列車ハ六十時五分発、松ノ木(マツノキ)行キ特急まめざくら十号でス。発車まデしバらくお待ちクださい』


 正常な日本語で滞りなく紡がれるアナウンス。

 が、言葉それ自体は流暢な口調ではあるものの――声質の問題でしゃがれているのか、はたまた機材が悪いだけなのか解らないが、ひどくノイズ混じりで聴き取り辛い声だった。


 耳障りな声そのものもだが、六十時という存在しえない壊れた時間は聞くだに不安を煽られる。

 だが迷っている暇などありはしない。

 四人は目配せの後に躊躇(ためら)う時間すら惜しんで入口に向き直り、ぽっかりと四角く口をあけた入口に一人ずつ踏み込んでいく。


 硬質なリノリウムの感触を足裏に感じながら狭い通路を右折し客室の方に向かえば、機体に描かれた線よりもやや濃い紅色の座席が均一に並んでこちらを向いている。


「うーん、敵はいないみたいだけど座るべきか悩むねー、これ」


 電車というものを知っているアカリやエーデルでも緊張感ゆえに躊躇(ちゅうちょ)を覚える。

 まして残る二名は見慣れない材質や様式に囲まれさらに落ちつかない様子で、余計に休むことなど考えられないようだった。


「でもずっと立ってる訳にもいかないし、全員警戒しつつ廊下側の席に座っとこうか」


「だねー、無駄に消耗するのも良くないしー」


 場の空気を読み、アカリとエーデルでリードするように客室の中央へと移動する。

 そのまま両者とも左右に別れて廊下側の席を一つずつ陣取ると、残る二人も頷きつつその後ろの席に向かった。


「うーん、ベルベットのソファーにも似ているような……それよりはこう、ざらざらしているような? なんとも言えない不思議な感じですね」


「ベルベットな、俺も思ったけど高級感はそこまで感じねえな。艶か肌触りのせいか?」


 天然素材ばかりに触れてきた人種が、化学繊維製であろうシートカバーについて真剣に語り合っている。

 そんな珍妙な光景をよそにアナウンスがなされ、搭乗口の自動ドアが閉ざされる。

 程なくして車体が振動し、ゆっくりと前進を開始した。


「こんな巨大な乗り物が馬もなしに動くなんて……つくづく異世界には驚かされっぱなしです。……えっ、あれ……速くないですか? これ大丈夫です?」


「一応線路の上を走り続けるから大丈夫……な筈。ここまで走ってきたんだし大丈夫じゃないかな……?」


 何もかもがイレギュラーであるため、いちいち語尾から自信が消え去ってしまう。

 が、今まで徒歩で苦労して通り過ぎてきたホームセンターにホテル、敵襲があった十字路を一瞬にして置き去りにする外の景色を一瞥すれば、例え途中で停止したとしても乗る選択は間違っていなかっただろうと思う。


 例えば線路が破壊されていて脱線などの大事故を起こされればたまったものではないが、アカリが先に告げたように恐らく夜からずっと松ノ木駅から赤烏駅までを往復していたと思われるこの列車。

 その点から、少なくともその区間の往復には問題がない、という推測を立てていた。


「だけど、昼月駅って終点じゃなくて通過点なんだよね……ちゃんと停車してくれればいいけど」


 それはもう、昼月までの駅にもきちんと停車するか否かを見て考えるしかない。

 次の駅は三烏(みがらす)駅だと今しがたアナウンスされたのが耳に入るが、まだ東京都内の駅であり比較的近くに存在している。

 もしここに停車しなければ、その時点で何か策を講じる必要性が出てくるだろう。


 だが、それまでは外の景色を眺める以外にする事もない。


「……変わり果てた姿って、生き物以外にも使える表現なのかな」


 一目見た瞬間に思わずそう呟くような酷い有様。

 既に通常利用するような各駅停車であれば二駅分程度を超えたと思われるが、それまでの景色に幾つか全燃し殆ど炭と化した建物や、爆発の痕跡を残した一帯などが目に付いた。

 火そのものはどういう訳か既に鎮火していそうであったが、恐らく火を取り扱う人間がそれを消す前に例の雨を浴びてしまった結果なのだろう。


 それに植え込みや木々が多い場所には寄生桜が比例して増え、宿主の身体の上に艶やかな(あか)い花を咲かせている。

 隣県に達する頃には段違いに山も緑も増えるが、一体どうなっているのか考えるだけでも恐ろしかった。


「それっぽい赤い人影がちらほらいて嫌でも目につきやがる……って、何だ?」


 ふとアデルの耳がぴんと立ったが、機内に響いたジングルは平凡な人間に向けて作られたものだ。

 聴力に特別優れた彼でなくとも全員に聴こえている。


『間もナク 三烏 間もなク 三烏 降車さレるお客様ハ 忘レ物のなイよう ご注意クダサイ』


 どうやら次の駅が近づいたらしく、甲高いブレーキ音と共に緩やかな減速が始まる。

 アカリからすれば見知った流れであり、日常と特に変わった様子もないように思える。


 この調子なら問題なく各駅に停止してくれそうだ、と内心安堵した。

 ついに駅まで辿り着き、何度か『三烏』と駅名が書かれた案内板や電光掲示板を通り過ぎつつみるみる減速していく。


 ホームの様子はもはや集中して動体視力を駆使せずとも目視できるようになっていたが、幸い赤い人影の姿は全く見えない。

 ――と思っていたらどうやら一人いたようで突然目前を通りすぎて心臓が跳ねた。

 が、一人であれば例え乗り込んできてもどうにかなる範囲だろう。


「……?」


 だがそれよりも、赤い人影の顔立ちに違和感を感じて思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。

 通り過ぎてしまったものは確認できないが、気のせいか――人間というよりは、猿に似ていた気がするのだ。


 殆ど顔の特徴が欠落している者が多いが、元々の特徴をまだ少々残している場合も多少は見かけたのでそれかもしれないが、それなら元の顔が猿っぽいという大変失礼な感想を持った事になる。

 だが、『っぽい』などと生易しい表現ができる程人間に近かっただろうか。

 むしろあれは人間の骨格を持つ本物の猿であったような――そんな気がしてならず、正体不明の不安が去来して胸がざわついた。


 そして、停車したまめざくら十号が再び動き出してからアカリの予感は的中する。


『次は挽キ肉 挽き肉 デス』


 フィルが「次の駅名って『ひきにく』なんて名前でしたっけ?」などと相変わらずとぼけた事を言っているが、当然ながらそんな事はなく――複数の機械の駆動音を前後方の車両から聞いて異常を察知したようだ。


 車両と車両の間を隔てる自動ドアが前後同時に開き、両方から鼻をつくような獣臭が流れ込んでくる。

 見れば人一人通るのがやっとの狭い通路に、チェーンソーを思わせる機械式の剣を持った猿顔の小人が列を成して侵攻を始めていた。


「――二手に分かれよう!」


 叫ぶと同時に急いで席を立ち、アカリは前方に向かって走り出した。

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