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赤烏駅

 †


 運賃徴収の意味がなくなった世界でも律儀に自動で人を阻もうとする改札に辟易しつつ、今しがた閉じたフラップドアを無視して乗り越える。


 普段の混雑ぶりから比較してしまいざっと見ただけで無人と決めつけかけたのだが、よくよく見れば構内のコンビニに元店員と思われる赤い人影が一人棒立ちになっていた事に気づき、慌てて視界に入らぬよう迂回する羽目になった。


「危ない危ない……普段は人が多いから周りの景色なんか全然見えないけど、人がいないだけでこんなに視界が拓けてたんだ……」


 壁沿いにずらりと並べられたコインロッカーや目が向きやすい掲示板などがあっても、広い通路の途中で身を隠せそうな場所は時折存在を伺える支柱くらいしかない。

 人一人分よりも遙かに太いそれはたった一人が咄嗟に身を隠すのにはある程度役に立つかもしれないが、アカリを含め四人で行動していては全く身を隠せそうにはない。


「あっちが中枢線、でもって山中線……えっと、あっ、特急もある……けど、これでいいのかな……」


 天井に据え付けられた構内案内板には、桜色に塗られた九番線と十番線に『中枢本線(特急)』の記載が伺える。

 だが各路線の配置ルールや他に特急がいくつ存在するのかも知らないまま来てしまったアカリには、果たしてこの案内が正解であるのか否かがまるでわからなかった。


「やっぱり路線図がないとわからないかな……」


 微かな発着メロディが遠巻きに聞こえるも、聞き覚えがあるそれは特急ではなく日常的に使う線のそれであり、今求めている路線ではない。

 求めている列車も動いている事を祈りつつ、先程通り抜けた改札の方角を振り返る。


 改札の横には小部屋状の窓口が設置されており、その中に入れば紙の路線図が置かれていると思われるが――


 そう思い扉を見遣れば、その前に呆然と立ち尽くすフィルと勝手に開錠(ピッキング)と侵入を果たしたアデル及びエーデルの姿が視界に飛び込んできた。


「え」


 思わず零れた間抜けな声。


「路線図がありそうな場所、事前に話していたんで……早速その単語を聞いた瞬間に行動したみたいですね……とりあえず、敵はいなかったようです」


 即強盗に入った二人のスピードについていけないエルフが一人、ようやく向きを反転し見張りという役割についたようだ。


「おい、このやたらツヤのある薄っぺらい紙が『ろせんず』か? やたらゴチャゴチャした線が書いてあるが」


「そうそうソレソレ、読めないだろうから僕が探しとくよ……って、あった! 昼月駅までは中枢本線って奴を使えばいいらしいよー」


 アカリもまたフィルに続いて周囲の見張りについたのだが、二人はやりたい放題に窓口内を荒らしているようだった。

 確かに片付けている暇も丁寧にする暇もないにはないが、何というか元の整理整頓された状態を全く気にしない二人の性格が出ている。


 ともあれある程度この世界の知識があるエーデルが、ハンディサイズの路線図を片手に開きっぱなしの扉から出てきた。

 先程の光景で予想はしていたが、後から出てきたアデルも含め扉を閉める事すらしない。


「中枢本線ならやっぱり九番線か十番線みたいだね。どっちの方向かは流石に一度上がってみるしかないかな……面倒だけど、運よく近くだったみたいだし迷うよりマシだね」


 道に迷う事を覚悟していたのだが、今は雑踏に追い立てられる事も視界を遮られる事もない。

 人の存在がないだけでこうも移動が楽になるものか、とアカリは内心で驚いた。


 改めて見れば、遠くに反対側の出口の存在が伺える。

 本来であれば昼夜問わず行き交う人に埋もれ全く見えないそれが見えるという事自体も、そもそも異常なのだ。


「パッと見た感じ敵はいそうにないし、さっさと行っちゃおうか」


 赤烏駅はかなり広い。

 こちらが見つかるリスクも格段に上がるが、逆を返せばこちらが一度通ってきた道から奇襲を受ける可能性もかなり下がる。


 よって前方への注意に重きを置き、フィル以外の三人が前に出る。

 三人が一列に並ぶ形になってもだいぶ左右の空間に余裕があるが、無機質な壁と見る者のいなくなった巨大掲示板の連続が見た目上の閉塞感を与えてくるため快適には感じられなかった。


「階段……には何もいねえな。けど……」


 アデルの一言の先は、言わずとも全員に伝わった。

 九、十番線ホームへの上り階段へ辿り着いたは良いものの、見上げた先から複数の呻き声が聞こえてくる。


 長らく敵襲がなく緩みがちだった緊張の糸が、再び張り詰めるのを感じた。


「参ったな、今から行くホームだけにいるならまだいいんだけど……地上に出るんだよね……多分線路を挟んで他のホームもいくつか見える場所だよ」


 まともに鉄道が走っていないだろう現状で、そもそも日本人としての常識と理性を捨て去った者に線路は通行防止に全く役立ってくれないだろう。

 そうであれば並んだホームはただの地形が凹凸である広場に過ぎず、下手をすれば四方八方から囲まれるように襲撃されかねない。


「うっわ、つらー。けど、今更引き返す訳にもいかないんでしょ?」


 言いながら、エーデルはさっさと翼を広げて階段の上を通過し始める。

 そこで今更気づいたのだが、彼一人だけ飛行能力を持つため階段での消耗を避けられるようだった。


 ちょっとずるい。

 そんな思いが少しだけ脳裏を過るも、こればかりはどうしようもないので階段に足をかけなるべく音を殺して上っていく。


「……あー、やっぱいるな。目の前に二体、左右に見える範囲にそれぞれ一体ずつ。後ろは壁のせいで解らねえ」


 最前線に出て階段を上りきったアデルがホームに顔を出し、手早く周囲を見渡してから一度引き返し他の三人に状況を伝えた。

 階段の中腹にある踊り場に全員が姿勢を低くして留まり、この後どうするか手短に作戦会議をする。


「後ろに何人いるかが気になるけど、あれ以上頭出したら気づかれただろうしねー。というか距離があいてるならどうやっても気づかれるし、諦めて近場にだけ奇襲かけた方がいいんじゃない?」


「であれば、アカリとアデルが階段を出た先にいる二体に突撃ですかね? 違うホームにいる敵を僕らの呪文で近づかれる前に奇襲、と」


「こういう時はシオンが一番適任だったな。今更交代してる時間なんかねえけどよ」


 視界外の索敵や広範囲への攻撃を得意とする彼がこの場にいない事が悔やまれるが、アデルの言う通り長々と交代に時間を取られている訳にはいかなかった。

 状況が変わる前に、先程エーデルとフィルが言った作戦で手早く敵を片付けるより他はない。


「じゃあ……行くよ!」


 アカリとアデルが前に出て、ぎりぎりまで姿勢を低く保って前進する。途中から目配せし、頷き合ってから一気に駆け出し、階段を飛び出した。

 先の報告の通り前方を徘徊していたケロイド状の人型二人が振り向くその瞬間に切り伏せ、後ろに続いていたエーデルとフィルがそれぞれ神聖呪文により出現させた光槍を左右のホームに飛ばして一体ずつを接近前に仕留めた。


 ――残るは壁に隠れて見えなかった反対側。

 全員が一度横目で確認していたが、やはりどのホームにも一、二体の存在が伺える。

 また、流石に此方の存在に気づいていない者は存在しないようだ。


「気づかれたみたい! 魔法が飛んできそう!」


 言うや否やアカリとアデルの二人が即座に転身、アカリは地続きに走り階段の向こうに立つ一体を、アデルは跳躍力を活かし線路を軽々と飛び越え隣のホームに立つ一体を狙って走る。


 迎え撃つように敵から放たれた無数の炎矢は残った二人の光の加護によってことごとく防がれ、敵は無傷で通り抜けた男女に次々と切り伏せられていく。


 そんな調子で特に負傷者も出ないまま最後の一体が倒された時、ふとアデルが遠くを振り返った。


「……おい、何か音がしねえ?」


 階段とは逆の方向、十番線沿いの長い線路の先にうっすらと見える白地に淡紅の線を引かれた機体。


「あれって、まさに昼月を通過する……?」


 咄嗟に電光掲示板を見遣る。

 改札同様に通電されているらしいそこには、『特急 まめざくら10号 松ノ木』の表示がなされていた。


 立て看板の路線図へと視線を向け、松ノ木(まつのき)行きのまめざくらを探す。

 松ノ木駅までの各駅を桜色で繋いだ折れ線の中間点、ないし通過駅にはしっかりと昼月駅が記載されていた。

 アカリの予感は的中したようである。


 だがしかし、そうであるならあの列車に乗らなくてはならない。

 アデルは遠く離れているし、アカリは今まさに列車が向かってくる十番線の線路に降りている状態であった。


「――アデル、走って!」


 自らも轢かれる恐怖に急かされながら、ホームの縁を掴んで必死に上り始める。

 ホームを跳躍で渡るアデルを視界の端に見ている間も、容赦なく巨大な機体が迫ってきていた。

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