日入駅ホテル
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「外観は煉瓦を積んだ四角い塔のようでしたが、中はお城みたいですね……この部屋にもシャンデリアがありますし」
「まあ少し荒れてたが、フェネシア城よりかよっぽど綺麗だな。少なくとも外で休むより万倍マシだ」
宿泊した事がないためこの場所の存在を思い出したアカリ自身もうろ覚えであったのだが、日入駅付近に女性人気の高いおしゃれなホテルが数年前にオープンしたのである。
大学生になってバイトをするか大人になって自力で給料を得てから泊まろうと密かに思っていた場所に立っているので、数年後を想定していた夢が今叶ってしまったのである。
出来れば、例え数年待つ事になっても普通に叶えたかったものだが。
やはり内部をうろつく敵はゼロではなかったものの、ホームセンターにいるよりは数が少なく思える。
世界が変貌したのが平日であったため、出張中のサラリーマン向きではないここは利用客があまりいなかったのかもしれない。
勿論何があるかわからないため交代で見張りは立てるものの、全員が一部屋に閉じこもってしまえば今までとは比べ物にならないほどに緊張感が和らぎ、やっと肩の力が抜けるのを感じた。
と同時に、丸二日間程度不眠不休で活動し続けた重い疲労がどっと押し寄せてくる。
「アカリンはとにかく休んだらー? 他の二人も最初の見張りは僕がやっとくし、次に僕とシオンちゃんが休むとして……全員起きたら改めて今後どうするか決めよっかー。」
「うん……ありがとう……」
もはや遠慮を見せる余裕すらなくなる程に身体が重い。
ホテルのベッドが柔らかい事もあり、意識ごと沈み込んでいくようだった。
どうやら他の二人も慣れない異世界探索で疲弊していたらしく、特に反論せずそのまま頷いている。
――誰からともなく寝息を立て始め、すぐに三人は眠りの世界に誘われた。
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「率直に言ってマサキ殿とユイ殿の容体は芳しくない。ユイ殿はまだ意識がないから良いものの、マサキ殿に関しては……眠る事もできずずっと悶え苦しんでいて、迷ったが気を失わせてきたのだよ」
全員の休息が終わり、今はシオンも含めた動ける者全員が一堂に会している。
骨壺を無人の状態で放置する訳にもいかないためシオンが出てくる事になったのだが、置き去り状態になった二人を気にしあまり落ち着けないようだ。
目覚めた後にシオンと交代して二人の傍にいたアカリも彼らの状態を目の当たりにしたのだが、それはもう凄惨の一言に尽きた。
「最初は他の人と比べれば人間らしさが残ってたから油断してたけど……たった一日であんな……もう肌なんて残ってないんじゃないかな……」
焼け爛れたとも溶け崩れたともつかないような状態で、全身ケロイドになりながら絶叫しのたうち回る姿は見ている方も心を削られる光景だった。
シオン本人が言うように交代直前に無理やり魔術で昏睡させなければ、アカリは数分も経たずに気が滅入っていただろう。
数時間前を思い出し、表情が曇る。
「こりゃもう予定通りにやったら駄目かもねー。けどさ、予定にない方法でやったら間に合っちゃったりしないかなー? アカリン、何か変な音聞こえなーい?」
不安と焦燥が入り交じり負のループに入りかけた思考が、唐突に呼ばれた事で霧散する。
疑問に思いながらも言われるがままに耳を澄ませてみれば、遠くから地面が揺れるような、足音とは違う非生物的で滑車のような重量のある連続音が聞こえてきている気がした。
「……電車……? でも何で? 動く訳が……」
現在の時刻は午前八時程度であり、本来であれば通勤通学のために道を歩く人々の喧噪で簡単に掻き消えていたであろうその音。
今はしんと不気味に静まり返り停滞した空気を唯一震わせるその音。
これだけ魔物化した人間が溢れている中では車掌が無事だったとも思えず、また無事であったならあったで精神がまともであれば動かす意味を見いだせない筈のそれ。
だが、どんなに理由が理解できずとも紛れもなく聞こえてくる音は鉄道の走行音であった。
「さあー? でもホームセンターでも元店員がいらっしゃいませーとか言ってたよね? ひょっとしたら元々の人間の名残で無意識に操縦しちゃってたりするんじゃなーい?」
天使の一言は一応納得できる意見ではあるものの、結局それはまともな人間が操縦していない事になる。
だが、それでも。
「……それに乗っていこうというのかね。大分危険性が高いだろうし、確実性に欠けるように思えるのだが」
「どうせ博打みたいな旅だったじゃーん。このまま何もできずに二人を見殺しにするよかマシなんじゃなーい?」
電車という単語の意味が解らないフィルとアデルに簡単に説明をしていたシオンが心配そうに首を傾げたが、エーデルはあっけらかんとしている。
そんな二人の様子を交互に見ていたが、やがてアカリの中でも心が決まった。
例え賭けになっても、もうあまり持ちそうにない友二人をそのままに徒歩で行くくらいなら――
「とりあえず、見るだけ見てみようよ。それこそどう考えても無理そうなら予定通り行けばいいんだし」
不安は、ある。大いに――否、溢れるばかりにある。
だがそれを恐れていれば目の前の命が救えないのであれば、危険だろうと未知だろうと飛び込まざるを得ない。
やはりこのままなら間に合わないと誰もが思ったのだろう、動き続ける列車に誰もが不安を覚えていただろうが、反論する者は出なかった。
「決まり……でいいんですかね。そうとなれば時間も惜しいですし、その『でんしゃ』とやらを目指せばいいのでしょうか」
「電車は駅に停車するだろうし、元々駅自体には入るつもりだったからそこまでは変わらないね」
「じゃあひとまずは予定通り赤烏駅か……迷宮みたいだって聞いたけど本当か?」
未だに想像が及ばないらしいアデル。
説明に困ったアカリは前日に赤烏駅を『鉄とコンクリートで作られた迷宮みたいなもの』と説明しているのだが、実際かなりの路線数を誇る巨大駅として有名であるため間違いではないと思っている。
普段利用する上でも何度か迷っているのに今回は駅全体に桜が侵食し変わり果てた外見と化している上、ほぼ利用する機会の無かった特別特急用のホームを探して向かわねばならない。
その意味でも不安は募るばかりだった。
だが、ひとまず行かねば何も始まらない。
そう自分に言い聞かせると、誰も他に話しておくべき事がない事を確認し――先程カーテンを開けたばかりの窓からも遠巻きに見える、縦にも横にも幅のある広大な駅を一瞥してから手早く荷物をまとめ始めた。




