20話 努力の結果が思わぬ方向に向かってしまい、何をどうすればいいのかと悩んでしまう
「配属先の変更?」
唐突にやってきた通知に書かれていた内容である。
それを見てヒロキと北川達は驚いた。
「どういう事ですか?」
「どうと言われてもな」
通知を渡してきたヒロキ達の上司も肩をすくめる。
「こっちも話を聞いたのは最近だ。
いきなりだったんでびっくりしたがな」
だとすれば、上司もある意味被害者だろう。
一方的に言いつけられたのならば。
上司と言えどもより上位からの指示や命令に従う立場でもある。
何も知らされず、ある日突然言い渡されるという事もある。
中間管理職というものの悲哀と言えるだろう。
「こっちとしても護衛が減るから困るんだがな」
「そうでしょうね」
「穴埋めの人間は出来るだけ早く用意するとは言ってるが、それもどうなのやら」
好景気の御時世であるから、人手は常に足りない。
出来るだけとは言うが、それが達成されるのが何時なのかを明言してないので、おそらく大分待たされる事になるだろう。
「また少ない人数でどうにかしなくちゃならなくなったよ」
「色々とお察しします」
護衛の大変さを知ってるだけに、北川は同情を禁じえなかった。
「しかし、どうして俺達がここに配属になるんですかね?」
「さあな。
こっちも詳しい説明は受けとらん。
聞いても答えはなかったしな」
「なんとまあ……」
一々説明してるのも手間なのだろうが、説明がないというのはどうなのかと思った。
もっとも、組織の運営において、こういった事は日常的ではある。
全てに説明をつけて相手の理解を得ようとしたら時間がどれだけあっても足りない。
どうしても上意下達で一方的にならざるえない事もある。
それが分かってるから、上司も北川も他の者達も何も言わない。
「とにかく、お前達は配属替えだ。
そこに書いてある通り、転属先の研修に参加しろ」
上司としてはそう言うしかなかった。
「二週間か」
通知を見ながら仁科が呟く。
あと二週間で新たな配属先に出向き、そこでの研修を受ける事になる。
「まさかこうなるとは」
嘆くというより驚いている口ぶりで何度も通知を読み返す。
それもそうだろ、特に転属を願ったわけでもない。
仕事も今のところで満足している。
「なんでこうなるんだか」
愚痴も出てくるというもの。
慣れた仕事から離れるというのも辛い。
勝手の違う仕事にこれから馴染まねばならないのも大変だ。
それでも逆らえないのが辛いところである。
好景気なので、今の職場が嫌なら辞めて別の所に行くという選択肢もある。
それでも就職先は見つかるだろうし、そこでそれなりの待遇も受けられるだろう。
だが、経歴を考えればおそらく同じような仕事に従事する事になるのも見えている。
そうなれば、現在のような待遇を受けられるのかどうかがあやしくなる。
給料などの面での事ではない。
支給される装備や人の質などの部分でである。
曲がりなりにも一井物産は一流企業である。
日本有数の企業の一つに数えられている。
そんな会社が揃える機材や人員はその他大勢と差を付けている。
武器や装備はなんだかんだ言って潤沢に揃っている。
人員の質も悪くはない。
社内研修などで底上げもはかっており、全体的な質は高い所でまとまってると言える。
そんな所から出ていって、同じような境遇を求める事が出来るかというと難しい事になる。
もちろん、一井物産と同じ規模の企業ならそれもかなうだろう。
だが、そこに行けば今回と同じような事が形を変えて繰り返されるに違いない。
会社を辞めて他の所に行く意味が無い。
やや劣るような所に行ってもそれは同じであろう。
むしろ、より酷い状況になるかもしれない。
それならば、まだしも条件の良いここで働き続けていた方が良い。
何より、かなりの給料を出してもらってる。
それを捨ててまで、という気になれなかった。
とはいえ、気がかりが無くなるわけではない。
「開拓開発課か」
話には聞いてる部署名に眉をしかめる。
その名の通り、この異世界における開拓や開発を手がけてる部署である。
モンスターとの最前線にいる、とも言える。
その為、輸送の護衛以上に危険な作業もこなさねばならないとか。
そんな所に配属となると、とんでもなく危険な作業をこれからせねばならなくなる。
「一番行きたくない所だぞ」
「なんでまた」
仁科と安西は絶望的な思いにかられてしまう。
そこに比べれば今の仕事の方がよっぽど楽である。
しかも、最前線への移動は避けられない。
新開市からも遠ざからねばならないだろう。
「コンビニもない場所だって言うぞ」
「住む場所があるのか?」
そんな心配もしてしまう。
電気やガス、水道なども揃ってるのかどうかもあやしいくらいだ。
だからこその、開拓開発課である。
それらをこれから作る場所が赴任地であってもおかしくない。
むしろ、それが当然であろう。
これからの生活というか日常を考えると、色々な意味で絶望的になっていく。
「まあ、何にしろこの研修だな」
北川はまずは当面の問題を口にする。
「何をやるんだか」
「確かに怖いもんがありますね」
「想像したくない」
最前線部隊の研修だ。
おそらく簡単なものではないだろう。
内容を想像するのも恐ろしい。
「だけど、避けるわけにもいかんしな」
嫌だからといって参加しないというわけにもいかない。
とにかく、二週間後のこの研修に赴かない事にはどうしようもない。
「けど、これに行けば何をするのかも分かるだろう。
まずはそこからだ」
「もう新しい所に行くのは決まったって事ですか」
「勘弁してもらいたいです」
そんな嘆きが上がっていく。
そんな配属先変更に原因だが、ヒロキの研修が関わってきている。
当たり前だが、研修の結果などは人事部で管理される。
その情報をもとに、人事部は社員の配置を考えていく。
会社としては使える人間を出来るだけ必要としてる部署に配置しようとする。
今回、様々な研修を受けたヒロキは、そういった会社の思惑によって開拓開発課に目を着けられた。
悪気があっての事ではなく、そこまで研修をこなした者が出て来たから呼び寄せたというだけである。
また、一人二人を呼び込んでも仕方ないので、ヒロキと共に行動してる北川達も呼び込む事となった。
対象者のヒロキと共に行動してるので、息も合ってるだろうと考えての事である。
どうせ引き込むなら、それなりの人数も確保したい、というのもある。
慢性的に人手不足なのは開拓開発課も同じだ。
だからこそ、それなりに活動歴がある北川達も巻き込まれた。
北川達については、被害者とすら言えるかもしれない。
だが、研修をこなして昇給しようと考えていただけのヒロキも寝耳に水である。
「なんでこうなった?」
そう思いながら何度も通知を眺めてしまう。
研修によってやれる事を増やそうとしたのが裏目に出てしまった。
ただ、これで引っ越し先をどうしようかと考える必要性がなくなったのは、不幸中の幸い……とは言わないだろう。
立橋ヒロキ、36歳。
人生というか会社における転機は、こうして予想もしない形で訪れた。