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第二の殺人

 メンバーたちは犯人が殺人を成功させたこと、そしてその犯人が誰か分からない緊張と、解けない謎へのもどかしさで精神を摩耗していった。

 ただ、穂香は非常にご機嫌だった。思ったよりも簡単に殺人を遂行できたからだ。彼女は達成感で、犯行がばれて次に自分が狙われるかもしれないという不安など、微塵も感じていなかった。穂香は一階のバスルームに入り、内鍵をかけ、内部を見渡した。

 時刻は夜八時を回っていた。銭湯みたいなものを想像していたが、風呂場は狭かった。脱衣所のすぐ隣にユニットバスがあり、壁は青色と水色のタイルで敷き詰められ、ところどころ欠けてはいたが、人が十分ゆったり使えるほど綺麗にしてあった。

 浴槽の上にはカーテンがかかっており、窓には外から格子が嵌められ、脱出は不可能なようだった。

 執事に湯を張っておくように頼んでおいてあり、穂香は服を脱いでシャワーを浴び、浴槽にゆったりつかった。彼女の豊満なバストが、水面に隆起している。

 深夜になると、男たちは眠りを誘発させようと、執事の用意した高級ワインを飲みながら、ロビーでトランプに興じていた。

「泰三さん、あっさり逝ってもうたな」

「彼は勝ち抜くと思っていたんですがね」

「先生、死人にお世辞なんて、意味ないですよ」

「涼くん、手厳しいね」

 そう言って諸人は手札を見せる。

「あっらあ、諸人センセ、またストレートフラッシュですか!」

「こりゃ早死にだね、諸人先生」

「やめてくださいよ、レイ先生」

「にしても酔わねえなこの酒」

「味わって飲もうや、若いの。ほな続けましょ」

 なるべく笑い声も抑え、団らんを楽しむ。

「にしても皆さんお酒強いですね。僕、次で降ります」

「つまらんなあ」

「まあいいじゃないですか。今日一日僕のせいで皆さん疲れたでしょうし」

 レイはそう言ってほほ笑む。

「にしても、勇者さんとユニさんは本当に何者なんですかね?」

 諸人が眠い目をこすって問う。

「せやから俺は高校教師やってたって言うとるやろ」

「いやだから説明になってないんだよ。なんで高校教師が西洋兜被ってんの」

「もうこの際今回負けたら脱いでもらいましょうか」

「そ、それだけはあかん、堪忍して!」

 必死な口調で勇者が言ったので、レイと諸人は引き下がった。が、涼は食いつく。

「恋人とかいたの?」

「娘がおるさかい」

「結婚してんだ」

「まあ最近失業して、ニートでぶらぶら。白い目で見られとります、たはは」

「ふうん」

 なんだ、ただの社会の底辺に属する痛い人間かと、涼は薄ら笑いを見せた。

 だが、ユニの方はどうなのだろうと、諸人は思った。彼女のことについて、勇者が知ってるだろうか、いや、そんなはずはないだろうけれど。何せ彼らに接点はないわけだし。だが一応、問いただすと、

「ユニはんには気をつけたほうがええ」

「なんでです?」

 レイが聞く。

「たまにノーパンで廊下歩いとるからな」

「なんじゃそりゃ!」

 レイは勇者の肩に手を回し、全員大声で笑った。

「ちょっと! お静かに願いますわ!」

 二階から穂香が下りて来た。

「すんまへんすんまへん、もうすぐで終わりにするさかいに」




 酒のおかげで眠りにつくことはできた。翌朝、二日酔いに頭を打たれ、ふらつきながら朝食の食卓についた。諸人たちの間には、酒の宴で妙な連帯感が生まれていた。レイがワインの値段を聞くと、彼はひっくり返った。この屋敷の所有者が近現代にわたってフランスで製造させている、御用達なのだとか。

 

 それからは皆部屋に籠る者もあれば、トイレに行くとみせかけて小黒板がないか探す者もいた。


 昼食を黙々と食べ終え、各自は部屋に戻った。

 午後一時を回ったところだった。涼の部屋のドアがノックされた。頭を掻きむしりながら戸口に立ち、ドアを引くと、勇者の西洋兜がずいと現れたので、涼は驚いた。

「な、何だよ」

「ちょっと邪魔するで」

 勇者はずけずけと部屋に入って来た。彼はあぐらをかいて座ると、

「牧野穂香のことなんやけど」

 と彼は切り出した。

「何だ? 彼女とセックスしたいとか思ってんのか?」

 と涼は茶化してみせた。しかし今日の勇者は様子が違った。

「ちゃう。はっきり言わしてもろてええか?」

 西洋兜の下でどんな表情をしてそう言っているのか分らない分、涼は身構えた。

「言いたいことがあるなら言えよ」

 すると勇者はごくりと唾を飲んで、

「穂香は、あんさん、小柴涼を殺そうとしている」

 あんぐり涼は口を開け、手に持っていたペンを手放す。

「見たんや、俺、穂香はんがあんさんの名前書いて、小黒板を執事はんのところに持っていくとこ」

「どうやって見つけた」

「それは言えへんねん。俺は視力両目とも一・五や。動体視力も自信あるねん」

「それを根拠にしていいんだろうか。まあいい。とりあえず感謝すればいいのかな」

「その必要はあらへんで。俺は牧野穂香ちゅう人間がどうも気に入らんでなあ」

「で、どうしろと?」

「何があっても彼女の誘いに応じるな。せやけど、悟られもするな。最悪の場合、執事はんから銃を借りて殺しに来るかもしれへんからな」

「分かった。ありがとうな」

「せやから礼なんて必要あらへんて。明日になったらお互い、敵同士になるかもしれへんしな」

 そう言い残し、勇者は去って行った。


 退屈していた諸人は、ユニの部屋に遊びに行った。戸口に立つと、女性の部屋に勝手に入るのはまずいかなと思い、躊躇していると、ユニが勝手に出てきた。

「何か用?」

「……いや、暇なもんで」

「入るなら入って」

 ユニに手を引かれ、中に入った。

「飲み物を出したいところだけど、その後死なれて嫌疑かけられたりしたら嫌だから」

「構わないよ。どうせ何もないんだろう? ポットもコーヒーメーカーも」

「そうだね」

 ユニは軽く微笑んでみせた。ユニはベッドに座り、諸人はカーペットにあぐらをかいた。

「どうして第一の殺人の推理をしようと思ったの?」

 諸人は問いかけた。ユニはまた微笑して、

「まあ、暇つぶしでもあるし、信念でもあるかな。言ったでしょ、私は犯罪研究家だって」

 ユニは、当たり前のようにそう告げた。諸人は考え込んだ。彼女の推理は素晴らしい。だがそれによって誰が救われただろう。この場で穂香を法の下で罰する手立てはない。それは、我々がこのゲームに操られているからだ。非常にふざけている。ヴェールに包まれているP・ゲームに勝利すれば大金をせしめることができる。それだけの金があればゲーム終了後、刑務所から娑婆に出ても、海外に逃げれば社会からの冷たい目を気にしなくともいいだろう。

「私はね、すごくもどかしい」

 ユニは天井を見上げて言った。

「自分が犯した罪の数だけ、償いをしようと思ってるから。その償いこそ、事件の解決。だけど、ゲームのなかでの事件解決は、所詮ゲームだから」

 ゲームのなかでの問題解決は、所詮ゲーム。

 やりきれないが、これが我々の前に立ちはだかっている事態の帰結なのだろう、と諸人は噛みしめた。

 しかし、ユニの犯した罪とは? 諸人はそうユニに聞いた。すると、

「それは言えないね。ごめん」

 と、にこりとまた笑みを見せてはぐらかされた。

「大きな罪なの?」

「そうだよ。これだけは答えとく」

 ユニの謎は深まるばかりだった。


 涼は自室のベッドに仰向けに横たわり、天井を仰いでいた。心を冷静に保つよう努めているのである。勇者は牧野穂香が自分の名前を小黒板に書いたと断言した。確定しているのは、ターゲットは涼であり、アサシン――涼を殺そうとしている人間は二人だということだ、と涼は何度も自分に言い聞かせていた。一人は牧野穂香、もう一人は恐らく勇者。今敷かれている殺害のレールに、自分は立たされているのだ。どちらが自分を殺すのか。腕っぷしの強さなど関係ない。これは暗殺者となった客人が殺すのではない。館の人間全員が殺しにかかってくるということだ。

 ドアがノックされた、体中が一気に青ざめていくのがわかる。鍵をかけていたので、開けた。

「やあ、涼くん。勇者さんに見舞いに行くように言われたんだけど、大丈夫?」

 レイだった。涼は安心して胸を撫で下ろした。涼はレイを中に入れた。

「びっくりしたよ」

「あはは、ごめん。心配しなくていいよ。僕が六時間の間、涼くんの部屋にいるからね」

 ありがとう、と、同意したかった。が、涼は拒んだ。

「いや、いいよ。レイ。許してくれるかな。俺決めてるんだ。このゲームの間は、どんなに信頼している人にも頼らない、全てを疑ってかかる、と」

「だけど君、勇者さんの言うことは信じてるじゃないか」

「警戒すべき内容の情報は信じる」

「だろうと思った」

「レイ」

 涼はベッドに座った。

「なにかな、涼」

「仮に穂香が犯行に来たとして、彼女の弱みを握ったとき、僕は最後にどういう決断を下すのだろう」

「何故最後だと言い切れる」

「穂香の最後でもあり、僕の最後でもあるから」

「そうか……」

 カーペットにあぐらをかいて座っていたレイは、少し考えて、

「君は優秀な生徒だ。君が判断する結論はいつも正しい」

「……そう」

 そこへ、またドアをノックする音が聞こえた。

「はあい」

 レイが鍵を開けた。

 



「きゃああ!」

 穂香の声が聞こえた。

 三階の部屋から聞こえたので、諸人は、恐らく涼の部屋かレイの部屋のどちらかからだと察知し、ユニと一緒に駆け付けた。三〇二号室、そこには、勇者、レイの姿もあった。部屋の中心で、倒れている男がいた。

 それはまぎれもなく、涼だった。

「何があったんです?」

 諸人はレイに聞いた。穂香はベッドの枕にしがみつき、泣き叫んでいた。見ると、彼女は一糸纏わぬ姿で、シーツで裸体を隠していた。

 すると勇者が、

「おちついたら穂香はんと一緒に真相を話す。けどこれだけ言うとく」

 すると、勇者はいきなり、西洋兜を外した。

 銀髪のショートヘアで、西洋人ふうの綺麗な顔をしていた。彼は言った。

「俺はあと一時間で死ぬ」


 勇者はロビーに全員を集めた。それぞれソファに向かい合って座り、勇者の背後には、何故か迷彩服を着た男がライフルを持って立っていた。

「はー、これでいつでも死ぬ準備ができたわ。ほな、小柴涼殺しのタネを俺があかしまひょ。その前に俺の自己紹介を改めて。俺は本名は沢城祥平と言いますねん。妹がおります。職業は言った通り高校教師やったけど、ある事件のために辞めました。ま、詳しいことはP・ゲームで明らかになると思う」

「なんでP・ゲームの話が出てくるんだ、え?」

 レイが厳しく問い詰めたが、祥平は気にせず、

「それは自分で勝ち残って知ることやな。で、犯行について語るな。俺は涼はんに穂香はんが名前を書いたって言ったけど、あれ嘘や。俺が穂香はんの名前を、穂香はんが書く前に書いたんや」

 穂香は目を丸くする。

「涼はんに穂香はんが殺しに来るから気いつけや言うたんです。で、執事はんは、意図的に穂香はんに小黒板が渡るよう仕向けたんや。穂香はんがどのように涼はんを殺すかも聞いとった。せやけど俺は執事はんに言うた。犯行の内容までは涼はんに言わんでもええんとちゃう、ってな。涼はんなら、そんなこと言わんでも機転きかせて殺害されずにすむと踏んだんや。つまり、何が言いたいかっていうとな、要は穂香はんが殺人に失敗して銃殺されるようにする必要があったんや。せやから穂香はんに小黒板がいきわたったとき、執事はんから穂香はんが誰の名前を書いたかを聞き、それでそのことを涼はんに警告し、犯行を失敗させたかった。それが可能なんは、俺が穂香はんの名前を、その前に小黒板に書いていた――そういうことなんや。で、そっからの説明は、穂香はんに頼むでえ」

 穂香は、一部始終を、次のように話した。

 レイが出ていったあと、穂香は涼の部屋にあがりこんだ。そしてお酒を飲んで少し話をしないかと誘った。当然のごとく、涼は帰れ、と言った。酒に毒物が入っているのだろうと指摘したからだ。そんなことはない、と、穂香は酒の入った水筒を飲んだ。そして、どうぞ、と涼に水筒を突き出した。

 だが涼は鋭かった。彼は穂香が酒を口にしたとき、演技をしていたのを見透かしていたのだ。口には含み、頬を膨らませない程度に酒を口に含んだ。そこまではよかった。ただ、飲むとき喉を全然動かさないようにしていたのだ。そして口の中の酒を水筒に戻した。それを見逃さず、あんた演技してんだろ、と言うと、穂香は青ざめ、お願いだから飲んで頂戴、何でもするから、と泣き言を言い出した。涼は、卑しい笑みを浮かべ、「脱げ」と命令した。穂香は白いスウェットを脱ぎ、豊満なボディラインを見せた。「ブラも取れ、全部脱げ」と涼は命令し、その通りに穂香はした。だが、彼女の裸体を見たとき、涼は突然、酒を手にとり、毒ごと飲み、自殺したのだ。

「なんで自殺なんか……」

 諸人は嘆く。

「涼くんはね、一度家に強盗が入ってきたことがあったんだよ。そのとき涼くんはまだ小学生だった。お母さんも若くて綺麗でね。そこに強盗が入ってたんだけど、そいつはたちが悪くてね。その強盗は包丁をつきつけて、お母さんに全裸になれ、と命令したんだ。そして、俺の馬になれ、と言って、お母さんを四つん這いにさせて、その上に乗って歩かせた。だがそいつは間抜けで、そんなことをしている間に警察が来て御用になった。」

 レイは淡々と続け、

「彼は迷いが生れた。恐らく、全裸にしたら四つん這いにさせて歩かせようと考えたに違いない、自分の母親がされたときのように。まあ、それは不明だが、彼は我に返ったのだろう。自分は間違ったことをしようとしている。だから穂香さんを死なせてはいけないと判断し、自殺したのさ」

 と、レイは締めくくった。一同は暫く黙った。

「ほいで俺は穂香はん殺せなかったんで、ゲームオーバー。あの世行きっちゅうわけや。そろそろ時間やね。ま、短い間やったけど、がんばりな。それと、ユニはん」

 祥平は何故かユニを鋭い眼で睨めつけ、

「あんまりいい気になるなよ。お前にP・ゲームは絶対クリアさせない」

 と意味深で謎めいたことを辛辣に言い、

「ほな館の裏側で殺されに行きます、さいなら」

 一同は戸惑ったが、黙って俯き、静かにしていると、銃声が聞こえた。みんな目をぎゅっとつぶって、諸人は祥平の死に心を痛めた。

 彼は何故、自分を勇者と名乗ったのだろう…………。


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