第一の殺人
諸人はベッドの上で目を覚まし、辺りを見回すと首を傾げた。窓ガラスは割れていたが、ガラスの破片がない。新調されたらしいアンティークの家具が並べられていた。窓の外は木々で日光が遮られ、時計を見たが午前9時を指しているのにも関わらず部屋は薄暗い。ここはどこなんだろう、と諸人は思った。起き上がってドアを開けると、廊下に出た。外には他の客間が並んでおり、壁や絨毯は年季が入っていた。しかしかび臭い匂いはしない。諸人は、ここは廃ホテルではないかと感づいた。だが何者かによって大幅に手入れされているのだ。
階段を降りて案内図を見ると、このホテルは五階建てのようだ。二階に風呂場、それからテラスがあり、一階は南側にロビーと食堂、北側に大広間とフロントがある。玄関から外へ出ると、丘が広がっていた。ところどころ、モーテルや保養所の廃墟があるのが見える。足を踏み出そうとしたとき、
「まだ外には出ないでください」
背後からしゃがれた声が聞こえ、諸人はびくりとして振り返った。背後にはすらっとした外国人風の男性が立っていた。執事服を着ており、非常にいかがわしい雰囲気をかもしだしていた。
「窪塚諸人さんでございますね。ちょうどよかった。皆さまに食堂にお集まりいただくよう、声をかけまわっていたところでして」
「そ、そうですか」
「私はこの館の執事です。もっともここは、静岡県内の廃ホテルを、私どもの財団が買い取り、改装したものでして。私のことは『執事』とお呼びください」
「とすると僕は静岡県にいるのですね。しかも、何人かの人間と」
「さようでございます。では、お集まりください」
諸人は執事の強引な要求を、そう簡単に飲むわけにはいかないと、
「僕を拉致したんですね? 恐らく複数の人間を使って。早く解放してくれませんかね? 僕は仕事もまだたくさん残っているし、あなたがたがやっていることは犯罪ですからね? 早いうちに帰宅の手配をしてくださいませんか? つきあいきれない」
「まあとにかく食堂にお集まりください。そこで話を聞いてくだされば考えも変わるかと」
渋々諸人は執事について行った。
食卓には、六人が席についていた。執事が、これで全員ですね、と切り出すと、
「お集まりいただきましてありがとうございます。これよりこの館の皆さまに参加させていただくゲームの趣旨を説明いたします。ゲームの名前は、A・ゲーム。内容は、皆さまにこれより殺し合いをしていただくというものです」
「殺し合いですって!」
女性が素っ頓狂な声をあげた。
「アサシン・ゲーム……」
猫背の青年がにやりと笑みを浮かべた。
「あなたは鋭いですね。そう、Aはアサシン、暗殺者を意味しております。ではこの館で最低限守っていただくルールを説明いたしましょう」
そう言って、次の内容が書かれたプリントを配った。
・ゲームの期間は1週間。
・行動範囲は館の中止から半径1キロメートル。
・1週間以内にゲームを完遂できない場合、館や周辺を爆破し、全員殺される。
・逃走を図った場合、見つけ次第射殺される。
・客人は8時に朝食、12時に昼食、18時に夕食をとるとき、ダイニングルームにいなければならないが、後の時間は自由に過ごしていい。
・小黒板が館のどこかに置かれ、そこに殺したい人物の名前を書き、執事に渡す。執事はそれと引き換えに、殺人方法を書いた紙と、殺人に用いる道具や人員などを手配する。
・犯行は六時間以内に、指示書通りの殺害をしなければならない。もし遂行できなければ、何らかの形で銃殺される。
・ゲームに関わらない殺人は、館の人間は一切しないし、客人もしてはならない。これに反した人間も、銃殺される。
・自殺のような不慮の死で標的を失った場合、殺害の任務は解かれる。
・最後の犯行が終わり、残り二名になったとき、P・ゲームが開始される。
「爆破される……? こ、このプリントに書いてあること、本当に行われるというのですか?」
女性が顔面を青白くして問いかける。
「さようでございます」
執事が呼び鈴を鳴らすと、三人の迷彩服を着た覆面の男たちが厨房から出て来た。彼らはライフルを抱きかかえていた。
「いつでも、殺害の準備は整えております」
女性が泣き崩れた。隣のガタイのいい男が女性の背中をなでる。
「Pゲームとはなんだ?」
猫背の青年が問いかける。執事はそれに答えた。
「プリンセス・ゲームが正式名称でございます。A・ゲームで勝ち残ったお客様が、お姫様を助けに行く、といったコンセプトでして」
「ふざけているのか貴様!」
ガタイのいい男が声を荒げる。執事は冷笑する。
「まあここから出たら殺人者として刑罰を科せられるかもしれません、ですがご安心を。我々がお客様に提示する殺人には全てちょっと難解なトリックをご用意しております。警察も恐らく簡単には犯行を白日のもとには晒せないでしょう。また、そうなっているため、誰が犯人なのか分かりにくくなるので、暗殺者は安心して次の犯行に移ることができるということです。で、さらにはP・ゲームの勝利者は賞金がかかっております。額は五億円を用意しております」
「五億円!」
泣き崩れていたはずの女性があっという間に目を輝かせた。
「僕は金に不自由はしていないよ。だけど命を守り切るには、ゲームを勝ち抜くしかないのか」
馬顔だがハンサムな、黒いハットを被った青年が主張する。
「私どもも皆さま全員に死なれてはこまります。どの口が言うかというのは重々承知ではありますが。ですが黒板は分かりやすいところに置いておきますので、是非探してくださいませ。皆さまは世間のいざこざで疲れがたまっているでしょうから、どうぞ暗殺任務以外のときはゆっくりお体をお休ませください。それでは、私はこれで。用がありましたら、いつでも事務室にお声をおかけください。それでは」
そう言って執事は姿を消した。
「……とりあえず、自己紹介をしましょうかね。僕は窪塚諸人。精神科医です。まだ新米で……」
院長、ということは伏せておいた。
すると隣に座っていた、純白のワンピースを着た、緑色の目をして、白い髪を背中まで垂らした女性が口を開いた。
「ユニです。よろしく」
他のメンバーは軽く会釈した。
「ユニさんは、何のお仕事を?」
諸人が聞く。
「今は言えません」
沈黙が場に広がった。するとそれを破ったのが、ハットを被った馬顔のイケメンの青年だった。
「僕は北里レイ」
「みんな知ってるでしょうよ」
隣に座っていた猫背の青年が答えた。レイは苦笑した。
「でも、ユニさんは知らない風だね。僕は数学の予備校講師をしています、よろしく」
「そうですか。よろしく」
素っ気なく答えるユニ。それから今度はもう一人の女性が名乗り出た。
「私は牧野穂香。小説家ですわ。ま、私も自己紹介するまでもないですわね」
続けてガタイのいい男が発言した。
「警視庁副総監の児島泰三だ。なんとか皆で協力して、助かる方法を考えよう」
腕につけた数十万したロレックスをこれでもかと言わんばかりに見せつけてそう言った。
それから猫背の男が、
「あんま名前言いたくないし、言ったら殺されちゃうかもしれないけど、まあフェアってことで。小柴涼です。職業は今はニートだけど、近々数学者として大学に呼ばれるかも。あ、ペンあるから後でお互いの名前書いた方がいいですね。ルールにのっとったほうがいいっしょ?」
「貴様! こんな馬鹿げたゲームに乗るってのか?」
泰三が怒鳴る。
「うるせえおっさんだな。考えてもみろよ。連中は誰になるか分らないが、最低でも二名の命は助けるっていう話ですぜ。それに執事とやらの話じゃ、P・ゲームでまたプレイヤーが死ぬとは言ってない。まあ希望的観測だが、一人が生き残るのと二人が生き残るのとでは大きな違いがあると思いますけどね」
「なにが違うというんだ! 貴様は保守派だな? 小黒板が俺のところにきたら真っ先にお前の名前を書いてやってもいいんだぞ?」
「まーま、落ち着きなはれ」
ずっと他の全員が意識をしていた人物が、初めて言葉を口にした。
その男は西洋兜をかぶり、下は緑のジャージを着ている。どこかの学校の指定ジャージに似せているのか、「三年一組 勇者」と書かれた布を背中に縫い付けてある。
「俺は勇者と申します。いやー、ごっつえらいことになりましたなー。執事はんはくつろげ言いますけど、もし第一の殺人が起こったら、そこから地獄の七日間になりますやろな。いつ自分が殺されるか分からへんし、逆に自分が殺す番になったら、人を殺す人間の心理っちゅうのんがわかって、苦しむやろうしねぇ」
ひょうひょうとしている勇者を見て、泰三はぴりぴりしていた。
「ユニさん、だったね。君はどこから来たの?」
レイが尋ねる。
「私は転々としましたが、最後に日本に来る前は中国にいました」
「お金……どうしてたのかな? あ、ごめん、聞いちゃだめだったね」
「いえ。本当の職業は明かせませんが、売春などをやったりしていました」
「売春ですって! まあ、お可哀そうに!」
穂香が悲嘆の声を上げた。
「だけどいろんな国を渡る資金はどうしたんだ?」
泰三が迫る。
「私、ものを食べなくても大丈夫な体質で。エンゲル係数は0なんですよ」
「えっ……」
諸人は唖然とした。
「どういうことなんだ? 窪塚くんだったか、こういう患者はいるのかね」
泰三が身を乗り出して聞いてくる。
「ええ、患者ではありませんが、実際にいます。ブレサリアンと呼ばれる人で、空気と水と日光だけで生活できるんです。ですがそういう特異体質を持つ人は世界に一〇人程度しか存在しないと言われています」
「ジャムパンだけで生きていける少年がいたっていう話は聞いたことはあるけどね。似たようなものかな」
そう言ってレイはまた苦笑した。
「で、余った食費の分を貯金に回し、それで放浪したと」
涼が言うと、ユニは頷いた。
「ユニというのは、誰がつけた名前なんだろう。知ってるか? あんた」
涼はさらに詰め寄った。
「さあ」
「そうか。じゃあ次はあんただ、メット男」
「なんやねんメット男って、俺は勇者や!」
「あんた仕事について言わなかったな。ニートか」
「すぐそう言われるからいややねん。高校教師やっとりました!」
するとレイが、
「ほう、それは興味深いですね。もちろん僕のことはご存じで?」
「いや、これっぽっちも知らんかった」
たはは、とレイは自分をあざ笑った。
「ほいでも小説家さん、あんさんはええ体してんねんな」
そう言った勇者をきっと泰三は睨み付け、穂香の肩に手を回す。
「いい度胸しているじゃないか」
「ああ、あんさんの女でしたか。失敬」
「俺は副総監だ。黒板を渡されても、自分の名前を書いて渡す。誰も手にかけたりはしない」
「どーだか。牧野穂香が先に死んだら、ころっと態度変えて、平気で殺しまわって生き延びるつもりなんだろ? 穂香さんを殺した奴は許せないとかなんとか言っちゃってさ」
涼に嫌味を言われぎりぎりと歯ぎしりをする。だが泰三にとって、真っ先に殺したい相手ではあるものの、涼などどうでもいい存在ではあった。それよりもカリスマ予備校講師のレイ、精神科医と名乗った諸人のことが気に入らない。さきほどから穂香が、二人に色目遣いをしているのが、女心を読むのが苦手な泰三にもわかるほど明らかだったからだ。
「諸人さん、だったか。君のことも聞いておかないとね」
レイが促し、諸人は、
「ええ、答えられる範囲なら答えます」
「年収はおいくらですの?」
目をぎらぎらさせて穂香が聞く。
「おいこら、穂香」
非常に不快な態度で泰三は話しを遮る。諸人は苦笑した。
「医者がおるとありがたいですなぁ。臨床期間はどれくらいですのん?」
勇者がお気楽に尋ねる。
「まあそれなりに……」
「君は教員なのかね」
泰三が咳ばらいをして尋ねる。
「ええ、准教授ですけど。精神保健指定医でもあります」
「ほへー。なに、ナントカ指定医? 白い巨塔って感じやな。ちゃうか」
何も考えないで勇者は言ったが、その白い巨塔の頂上に自分がいるから、言い得てはいるな、と、諸人は苦笑した。
「さて、そろそろ皆さん部屋に戻りませんこと? 着がえは用意してありましたわね。あれを着るのはあんまり気が進みませんが」
「仕方ないでしょ。あれも保温性はあるみたいだし、我慢するしかないね」
着替え? 諸人は起きてすぐにここに集まったので、それについては知らなかった。
諸人が部屋に戻ると、枕元に白地で長袖のスウェットが上下三着ほど用意されていた。下着も、三着ずつ置かれていた。女性陣の着替えはどうなっているんだろうと、邪な考えが頭をよぎった。
あらためて部屋を眺めると、英語で書かれた書物の棚、ベッド、鏡台、机、石油ストーブが置かれており、窓は西向き、カーテンも備わっており、木製の電気スタンドが壁に備え付けられている。鍵は内側からかけられるようだった。内側からかけられるということは、命を狙われたら部屋に逃げ込めばなんとか守りきれるだろうということだ。大事に頭に刻み付けておこうと思った。
午前十一時三〇分ごろ、泰三がベッドの上でぼーっとしていると、ドアがノックされた。
入ってきたのは、穂香だった。
「さっきはずいぶん楽しそうだったじゃないか」
「そりゃそうでしょうよ。いろんな業界の優秀な人材が二人もいるんですもの! ワクワクもしますわ」
「あまり調子に乗ってると、お前を棄てるぞ」
「それもいいかもね」
鼻歌を歌って窓の外の景色を眺める穂香を見て、泰三は舌打ちをした。
「けどそれじゃおじさまが可愛そう。だから、私がおじさまを守ってあげる」
「は?」
「ずっと一緒にいて目を光らせていれば、きっと安心ですわ」
「……まあ確かにそうだ。もっと人員を集めたいが、生き残れるのは二人。三人以上が仲間になったとしても、誰かが死なない限り私たちは皆殺しだ」
「そうでしょ? 私たちが同盟を組めば、きっと大丈夫よ。もし小黒板が回ってきたら、二人で作戦を考えましょ」
とんとん拍子で穂香は話を進め終えると、ベッドに横になり、泰三に抱き付いた。
「興奮してるのね。すごく今、したい気分でしょ」
泰三はロレックスの時計を見て、
「まあ、夜になったら酒を飲みながらいいムードでしよう」
「そのネックレス、素敵」
「ああ、欲しかったらあげるよ」
「ほんと! おじさま大好き!」
穂香は泰三にぎゅっと抱き付き、お互い愛し合った。
十二時になり、昼食の時間がきた。全員席につき、運ばれてきたのは、牡蠣のリゾット、冷製のかぼちゃスープと、オリーブオイルをかけたサラダ、そしてオレンジだった。
「毒は盛っておりませんので、どうぞ遠慮なくお召し上がりください」
最初に口にしたのは、勇者だった。彼は兜を外すことなく、兜の下に匙を持って行って、食べているようだった。メンバー全員に視線を注がれているのに気づくと、
「あ、すんません、下品な食べ方やけど、見逃してや」
毒が入っていないのは事実だろうと思ったので、一人ずつ口にした。誰も毒に当たった様子はないが、他人が大丈夫だからと言って自分の食事が安全とは限らない。さらには毒に当たったとして、何分後何時間後に毒が回るのかさえ分からない。勇者を除いたメンバーは、その緊張感から完食することはできなかった。
レイは食事を終え、しばらく外を歩き、部屋に戻ると午後一時ごろになっていた。彼は帽子を部屋に置き忘れていたのを思い出し、確か窓側の箪笥に乗せていたなと思いつつ階段を上がり、二階の二〇二号室に入っていった。すると、帽子がなかった。
「風で飛ばされたのかな」
だがそれはあり得ない。確かに窓は開け放っていたが、そんな強風でもないし、窓の奥に帽子があるこの部屋で、帽子を外に追い出す気流など起こるはずがないのだ。とすれば、誰かが盗んだのか――。
レイは不安になって、すぐさま涼の部屋へ駆け込んだ。ノックもせず部屋に入ると、涼はこんな状況にも関わらず机に向かってノートを広げ数学の研究をしていた。
「僕の帽子がなくなった」
「帽子?」
椅子の向きをドアの方に変えて、レイに向き直った。レイは状況を説明した。
「一緒に探そうか」
涼はレイと二人きりになると、何故か口調が変わっているのだった。
「だが暗殺に関わっていたらどうする」
「どっちみち誰か死ぬんだ。本当の犯人がそれを仕組んだとすれば、その通りに動いた方がいい」
「その通りというと」
「館の人間に呼びかけて、帽子探しに協力させればいい。犯人もそれをきっと望んでいる。だが僕たちは帽子を探すふりをしながら怪しい動きをする人間がいないか監視しよう」
「……なるほど」
冷静になったレイは、すぐに飲み込めた。
レイと涼は呼びかけると、全員が帽子探しに協力すると言った。
執事たちを抜きに、帽子探しが始まった。外は樹木が生い茂っており、初めて外観を見たが、まさしく廃墟だった。ツタがコンクリートにネット状に絡みついている。
館内外を探したが、見つかる気配がない。諸人は玄関に立ちつくしているユニを見て、声をかけた。
「探さないの?」
「うん。帽子は見つからない。この状況、犯人の思うつぼだから」
「どうして帽子探しが犯人と関係があるの?」
「アリバイが作れる」
ユニは端的にそう言った。
「アリバイ……?」
「まあ犯人をあぶりだせたら、周囲はその犯人を警戒するようになる。だから次回以降の犯行はしにくくなる、と言う風に考えたのが、彼ら、小柴涼と北里レイ」
「じゃ、なんらかの方法で、第一の殺人が起こるんだね」
「とりあえず私は考えるよ。君は好きなようにしたらいい」
諸人はユニと別れ、帽子を探した。
もう夕飯時になると、執事が玄関に現れ、大声で、
「お探しのものはこちらですか?」
と叫ぶ。彼の手には黒いハットがぶら下がっていた。
「そう、それです、それ!」
レイが叫び、
「ありがとうございました。結構高かったから、これ」
「レイ、俺、皆を呼んでくる」
涼は走った。本当に引きこもりだったのかと思うほど、軽快だった。
諸人は食堂へ向かうと、泰三の姿がなかった。
「児島さんは?」
「それがおかしいんですの。私つきっきりで彼について行ったのですが、はぐれてしまい、そのまま会えずじまいで……」
「どうして二人でいたの」
「その方が安全だと思って……一緒に部屋から出て探しましたのよ」
そこへ執事が現れた。
「皆さま、冷めないうちにお召し上がりください。このゲームは犯人を特定するゲームではありません。暗殺者役を決めて殺しを行う、ただそれだけです」
「あなたね、何が目的なんですか? 僕たちへの復讐ですか、これは? 僕たちが何をしたというのです? はっきりおっしゃってください!」
レイが強く噛みついた。執事は軽く咳ばらいをして、ぽつりと言った。
「すべては、プリンセスのままに」
執事は事務室へ戻って行った。
レイが部屋を出ると、執事が待っていた。
「どちらへ?」
「児島さんは死んだのか」
「それはお答えできない規則になっております。死体を探しに行くというのなら、こちらの懐中電灯をお持ちください」
「死んでるって言ってるのと同じだぞ、あんたの言動」
そう言われて懐中電灯を渡され、どこまで心を読んでいるのかと身の毛もよだつ思いにかられたが、大股で歩いて出ていった。
部屋を出ると、涼が立っていた。
「レイ、死体を探しに行くんだね。夜の廃墟は不良が多く集まる。勇者さんと窪塚先生も同行するみたいだから、少し待とう」
「ああ……ありがとう」
レイは疲労から、床に腰を下ろした。自分の帽子が犯行に利用されるなんて――。きっと泰三の怨念が帽子に取り憑いたかもしれない。そう考えると、もう二度と被る気になれなかった。
そして諸人と勇者が集まり、懐中電灯片手に夜の捜索に出かけた。あらゆるモーテルの廃墟がところどころで見受けられる。足元は古いガラスで、それを踏むとき、割れる音が静寂のなかで鳴っている。全員、黙って歩いていた。
そうして崩れかかったレンガ壁に二面を囲われている場所に辿り着いた。そこはランプが灯され地面に置かれており、さらには黒いシーツの周りを六本の蝋燭が囲っているのが見えた。レイは駆け寄り、シーツを捲った。
「……児島さんだ」
そうしてレイたちは合掌し、死体を露わにした。顔面がうっ血している。
「自殺なんだろうか、ヤンキーの犯行か。財布がどこにも見当たらない。高級そうだった時計も盗まれている」
涼がそう言うと、
「でも犯人は館の誰かのはずだろう? 一人でこんな状態にするのは不可能だ」
「あんさんルールで大事なとこ忘れてまっせ」
諸人に勇者が諭す。
「確かに主犯格を演じるのはプレイヤーですさかいに。せやけど実行犯は実質館の人間であってもおかしくないんや。館が殺人の要員と道具を用意することもあるみたいなこと、書いてあったやろ?」
「つまり……帽子を盗んだ人間が、やっぱり犯人なんだ。それで館の人間は、ヤンキーというか第三者を使って……」
「一口に全員帽子を探していた、とすれば、全員にアリバイがあることになる。良心から帽子を探そうとする人は、帽子にやっきになり、犯人の不審な動きに目をやろうなんて考えないだろう。だが俺とレイ先生は、誰がいなくなったか気にしながら帽子探しをした」
「その間他のメンバーは全員、ここから数メートル以内で帽子を探していた。だが待てよ、僕たちの行動範囲は半径一キロメートルだ。もし誰かしらとやりあっていたら、悲鳴が聞こえてもおかしくない」
勇者は死体を転がすと、
「あ!」
と叫んだ。
彼は目にしたのだ。死体の首元に、首を絞めた細いワイヤーの跡があるのを。
諸人の部屋に、ユニがノックして入った。
「ちょっといいかな」
「何だい?」
ユニはベッドに腰かけ、英字本を読書していた諸人は向きを変えた。
「児島が死んだことはもう知ってるよね」
「ああ、あの場にいたからね」
「彼の部屋に行ったら、面白いものを見つけた」
諸人は手から本を落とした。
「教えて欲しい? 内密にするなら教えてあげてもいい。どうする?」
内密にすることを約束すると、彼らは泰三の部屋に向かった。
泰三の部屋はベッドのシーツがしわくちゃになっており、厨房に備え付けられてあったワインとグラスがベッド脇のスタンドの備え付けられたテーブルに置かれてあった。
「ここ、見て欲しいんだけどね」
ユニは壁にくっついているスタンドのアームの部分を指差した。
「よく見ると、細い傷がついているでしょう?」
「ああ、確かに」
「児島はね、勇者が言ったように、絞殺されたの。私は犯人は、ヤンキーのような第三者じゃなく館の客人でないかと思うんだよ。犯行は恐らく昼食の前に小黒板に誰かが児島の名前を書いて開始されたんじゃないかな」
「その根拠は?」
「正確にはそれは犯人のミスなの。だって、じゃあなんで帽子を探させるように仕組んだのって話になるでしょ。犯人は、全員が強制的に集まるときの隙をついて死体を処分したかった。だけどそれは食事の時間に処理すればいいだけじゃない? とはいえ犯行のタイムリミットは六時間。夕食の時間には間に合わない。」
「なるほど。帽子を執事に預けておいて、見つかったと言って全員を招集させる時間を示し合わせておいた、と」
「その時間に窓から死体を窓から放り投げて、あとは館の人間が始末したんでしょう。ここまで考えたらもう限界だよ。これ以上の推理は多分ない。」
「で、肝心の絞殺方法は?」
「児島のネックレス。これね。何者かがこのネックレスを手にして、長さを短く加工したんでしょう。何故そうする必要があったか? それはあのネックレスが形状記憶チェーンで作られているからだよ。形状を見ればわかる」
「形状記憶ネックレス……熱を与えると記憶した形状に戻るっていうあれか」
「そう。で、この部屋、湿度計見ると分るけど、湿度が高くなってるよね」
湿度計を見ると、六二%だった。諸人の部屋は、五八%だ。
「つまり石油ストーブが使われていたということさ。石油ストーブは部屋の湿度を上げる性質がある。恐らくピアノ線には伸縮機能がついており、トリガーが外れると一気に収縮する。そしてストーブにその糸が通っており、児島はネックレスを首に巻き付けようと首に通す。するとうまくいけばトリガーが外れ、そのままひっぱられて石油ストーブにぶつかり、熱されたネックレスは形状を取り戻し、そのまま児島の首を絞める……。成功率は低いが、そう考えるのが一番合理的だと思うね。」
「スタンドに傷が何カ所もついているのは?」
「多分練習するときについたんでしょう」
なるほど……、諸人は全て合点がいった。
「そこまで聞いたら、犯人も自然と分かるね……」
「その通り。容疑者は牧野穂香。だけど、何度も言うけど、これは内密だからね」
「君……本当は探偵なの?」
くすっとユニは笑い、
「こんな程度の推理で探偵という肩書きなんて、失礼だよ。まあわたしは人には、『犯罪研究家』って名乗ってるけどね」
どう違うんだろう、と諸人は思ったが、彼女のすごさに敬意を払わずにいられなかった。




