Trip1.
やっと一話です。
パラレルワールド。
それは、ある時空から幾重にも分岐し、並行して存在する別の時空を指すものである。
『もしも魔法が使えたら』『もしもこの世界にモンスターがいたら』『もしも超能力が使えたら』というようなファンタジーの中で登場するような時空はもちろん、『もしも自分が異なる性別だったら』『もしも今の学校に通っていなかったら』『もしも病気にならなかったら』『もしあの時こうしていれば』というような、現実に起こりうる範囲内での想像が実際に起きている時空もパラレルワールドと呼ぶ。
そんなパラレルワールドに行く方法や行った体験談が、現代のネット世界には溢れている。
この幣光坂高校の生徒たちにも、その方法は徐々に広まってきている。
それはまるで病が感染していくかのように。
「そういえば、知ってる?また突然死の遺体が見つかったらしいよ」
「…もう、葵…何もお昼時にこんな話をしなくても…」
人差し指を漫画のように一本立てた真水葵が話し始めた内容を聞いて遮ったのは、安土李。
「でも、気にならない?今月に入ってもう十件以上続いてるんだからさ」
「それも、みんな死因はバラバラなんでしょ?」
テーピングを巻いた手で紙パックのジュースを啜りながら古金杏子が葵に頷く。
「そういうの、結構恐いね」
そうコメントしたのは椎火椿。
「俺はお前らが昼飯時にそんな話をしてるほうが怖ぇっての」
通りすがりにそう言ったのは礼原篤佐。
若いが生徒には慕われている教師である。
「…ん、今日もうめぇなこの玉子焼き」
「ちょっと先生毎日毎日人の弁当のおかず取らないでくれます?!」
「いいじゃねぇか、そんな減るもんじゃなし」
「実際減ってますけど?!」
礼原におかずをかっ攫われたのは椿だった。
とはいえいつものことなので、周りも慣れたものだ。
「そうカッカすんなよ優等生。じゃ、授業までには食い終われよ。次授業俺なんだし」
唸り声でも上げそうな椿の肩を軽く叩いて、礼原は去っていった。
「先生、椿のおかず毎日取ってくよね」
これまで会話にも傍観姿勢だった天木永絆が苦笑しながら椿を見る。
「ホントに…で、何だっけ、その人たちの死因がバラバラ?」
「そういえば、ニュースでもあったね。凍傷のある人や大きな火傷を負った人、刃物で切りつけられたような傷のあった人とか…」
「凍傷が一番、原因も分からなくて恐い気がするけれど…」
「んー…あ。冷凍庫で殺されちゃったとか?」
「いやどうやって冷凍庫になんか入るの?!呼び出されたとしても入らないよあんなとこ!」
「あーもう、私らみたいなのが考えてても無駄だよ無駄。それより、あのおまじない試したことある?」
「おまじない…ああ、あのパラレルワールドがどうのっていう?今流行ってるよね」
椿が転換した話に永絆が反応する。
「そういえば、紅祢の友達にもね、試した人がいるんだって」
「仁科君の?」
永絆の幼馴染である仁科紅祢。
彼自身はどちらかといえばそういった噂は信じないほうだが、彼の友人に、面白半分でそういったことをするのが好きな奴がいるのだと、数日前に苦笑していたことを永絆は思い出していた。
「で、どうだったって?」
「まだ、聞いてない。すぐ話そらすんだもん」
友人の話をほとんどしてくれない幼馴染を思い、拗ねた表情を浮かべる永絆。
「…そりゃあ…愛されてますことで…」
「え?どうして?」
「いやぁ…」
純粋に疑問の目で見つめられて葵が目を逸らす。
「どうなったか分からないなら、やってみようかな」
「えぇ?!やるの?!」
「だって、面白そうじゃない?」
「まぁ…そりゃ…」
「いっそのこと、みんなでやってみる?」
「みんなで…それなら少しはマシかも…」
誰かの家でおまじないをやってみようかと、そんな話になったちょうどその時だった。
「いきなり閉めることなくね~っ?」
「…お前が声かけないのが悪いんだろ?!」
大きな声が聞こえてきた方向を見ると、出入り口で揉めている二人の男子。
「…なにやってんのアイツら」
「またトラブル起こしてる…」
呆れた表情の杏子と慣れたように椅子から立ち上がる葵。
「はいストップ。どうしたの澄央」
「…葵…」
葵に声をかけられた智永澄央は、少し目を逸らしながらも、何があったのかを話し始めた。
彼の話によると、今日は弁当を忘れて学食で食べてきたのだが、今さっき教室に戻った際、後ろから歩いてきたもう一人、義賀志苑に気づかずに扉を閉めた、とのことだった。
普通に考えれば、お互い謝ればすぐに済む話なのだが。
「人のせいにする智永も悪いけど、志苑もその足音消す癖どうにかしなさいよ」
「えぇ~、杏子ちゃんそれマジ~?ボクも悪いの~?」
「って引っ付くな暑苦しい!」
杏子と志苑は中学が同じで、その頃から志苑が杏子によくくっついていた。
「とにかく、俺は悪くないからなっ!」
逃げるように教室から出て行く澄央。
「はぁ…義賀。澄央が、ゴメン」
「え、あー…ボクも悪かったって、伝えといて」
「ん。助かる。杏子、悪いけど、見つからなかったら適当に誤魔化しといて!」
「了解。保護者は大変だねぇ」
「茶化さないでよ」
葵が澄央を追って走っていく。
「あの二人、児童クラブからの付き合い…だったっけ」
「そう言っていたはずだけど…」
「そういや、李の手のかかる幼馴染君は?」
「えぇと…授業出たくない、ってメールが入ってる…もう、今日という今日は連れてこないと」
李の幼馴染は信斗夜凪という名の問題児だ。
授業をサボるだけなのはまだマシなパターンで、学校外では他校生とトラブルを起こすこともしばしば。
彼を探すため、李は教室から出て行く。
それから、十数分ほどして。
李がむすりとした夜凪の手を引いて戻ってきたところでまず一度目のチャイムが鳴り、葵と澄央もチャイムの直後にはギリギリだったが戻ってきていた。
そうして、二度目のチャイムがなると、礼原の授業が始まる。
こんな普通の日常が恋しくなる日が来るとは、5人の少女たちの誰も、想像していなかった。
読んでくださりありがとうございます。
この話は1000字を超えているので私にしては長い話ですが、あとはだんだんいつも通り短めになってくると思います。