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第三話

「おい、生きてるか?……死んでる?」


「……ナルエド様は、どこだ」


「一応生きてるようで何より」


 広い背中に担がれること数分。

 兵士の運び方は乱雑で、体が揺れるたびレーツの傷は痛んだ。


 どこかに着いたのだろうか、しばらくしてその速度が落ちる。

 ほぼ開くことができない瞳にすらも眩しい光が差した。

 ぼやける彼の視界に映るのは、赤い布が敷かれた床だった。風の感触はなく、人々の喧騒だけが五月蠅い。


「……っ」


「大丈夫か、おい」


 痛みに悶えるレーツに、兵士は小さく声をかける。

 耳鳴りとざわめきにかき消されて、それすらも遠くに感じられた。


「お前がレーツ・アルファレードか」


 凛とした響きが前方から聞こえてきて、レーツは微かに顔を上げる。

 その鈴のような音色を発していたのは、遠くにいる女性のようだった。


「……ナルエド様は」


「その質問には後々答える」


 霞んだ世界の中、彼女は紫色のマントを身に着けているように見えた。

 周囲には数十人の兵士が控えているようだ。


 シャンデリアの煌めく天井に、見たことのないような壁画。

 こんな場所が存在するとするならば、とレーツは思考する。


「――ジルニアウム領主……?」


「そうだ。私はアメノ・ジルニアウム。もう一度尋ねよう、お前がレーツ・アルファレードか?」


「そうだ、と言ったら何をする」


 彼女は小さく笑ったようだった。

 それだけで広間にどよめきが走る。


「殊勝だな。敬語すら使わない相手に出会ったのは久しぶりだ」


「俺が忠誠を誓うのは、ナルエド様だけだ」


 見えない目を開いて、レーツは前方を睨みつけた。

 コツコツと音がして、目の前が暗くなる。

 ふわ、と菫のような匂いがして、手首に柔らかなものが触れた。


「じっとしていろ。すぐ終わる」


「アメノ様!その男から離れてください!」


「なぜだ?この状態では話もできないだろう」


 じわじわと体の芯が温まっていく。

 重くなくなった瞼を上げると、レーツの目には女の顔が映った。


 桃色の瞳は、幼いころに見た宝石のよう。

 長い睫毛は上を向いており、その目を引き立てている。

 二十歳かそこらだろうか。少し幼めでありながら美麗な顔立ちに、彼は一瞬息を呑んだ。


「さて、話をしよう。お前が剣を抜いたのは知っている」


「話し合う気があるとは思えないがな」


 レーツは拳を小さく握りしめた。ほぼ痛みのない動作に目を見開く。

 それを確認して、領主の女は玉座へと戻った。

 周囲にいた数人の兵士が彼を囲い、剣を構える。


「禁忌を破った理由については、お前の主から聞いてある。彼の命に別状はない」


「……よかった」


 指先まで血が通う感覚に、レーツは長いため息をついた。


「私が聞きたいのは、お前の体のことだ」


 アメノは足を組み、頬杖をついてレーツを見据えた。

 彼女が空いた左手で指さすと、兵士の一人が彼に向かってくる。

 手渡しされたのは、装飾の凝らされた手鏡だった。


「――なんだ」


 そこに映し出されたのは、レーツの姿ではなかった。

 目の周りに紋様が描かれ、赤かった片方の瞳は真っ黒に染まっている。

 ぎょっとして握りしめた手を見ると、手の甲にも同じ模様が刻まれていた。


「これは」


 アメノは答える。


「掟を破ったことによる呪いの産物だろう。私が聞きたいのはただ一つ――どうしてお前は生きている」


「俺は何も知らない!そもそも、そんな呪いが実在するかすら」


 喰らいつくように被せたレーツは、周囲を睨みつけた。

 死ぬ覚悟だった。

 生き残ってしまったとなれば、彼があの集団と関係を持っていると疑われるのは当然だ。


「……殺すなら殺せばいい。牢獄はごめんだ」


 武器で牽制されながらも、彼はゆっくりと立ち上がる。

 主の無事を聞くことができた彼に、もう役目は残されていなかった。

 その答えに、領主は小さく笑う。


「いい答えだ。実際私のところにも、危険因子を始末しろとの命令が下っていてね」


 彼女は目を細める。


「私は寛大だ。お前に機会を与えたい」


「……なんの機会だ」


 レーツの目の前に提示されたそれは、あまりにも暴力的な提案だった。


「お前の存在を証明して見せろ――そうすれば、主に会う許可を出す」

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