第二話
剣を抜いたその瞬間、灼熱がレーツの体を這い上がってきた。
脳までどす黒いそれに包まれ、身動きや意識さえ危うい。
びりびりと痺れるような殺意が無ければ、立っていることすらできない。
剣を抜き切ると、彼は一気にそれを振るった。
真っ黒で何も見えない。それでも、男たちがいた方めがけて一撃を繰り出す。
それに斬られたのだろうか、叫び声が耳に届いてレーツは口の端を上げた。
一撃、さらにもう一撃。
「――くたばれ!」
一度剣を振るうごとに、腕が焼き切れるような感覚に襲われる。
心臓は重く、体全体を引き摺るように動く。それでも、彼は決して剣を離さなかった。
「あははは!」
自分が誰なのかも分からなくなってくる。
――世界が憎い。
その一心で剣を振りかざす。
手元は一寸も狂わず、声のする方を的確に貫いていく。
「……は」
どのくらい経ったのだろうか。
助けを求める声も聞こえなくなったあと、レーツの視界は段々と白に変わっていく。
「……ナルエド様」
小さく呟く自分の声だけが、彼にとっての全部だった。
「……お母様、お父様」
突然の痛みに、レーツは膝をつく。
「――っ」
頭だけはどこか冷静で、白い世界の中で自分を俯瞰している。
「これが、死、か」
途切れ途切れに発声すると、声の合間にひゅう、と息が鳴る。
走馬燈なんてものもなければ、天使の迎えもなかった。
背中は地面に叩きつけられ、腕が力なく伸びる。
彼の意識は、そこで途絶えた。
※
頭が痛い。
脳を締め付けるような痛みに耐えられず、レーツは小さく声を漏らした。
「……っ」
うっすらと目を開けると、暗い天井が目に入る。
「死んで……」
そう呟きながら、体を起こそうとする。
力を入れた瞬間、強烈な痛みが全身を駆け巡った。体が真ん中で引き裂かれるような感覚に嗚咽する。
「――なんだ、これ」
彼の言葉を引き出したのは、その痛みではない。
ちらりと見た右腕は、黒い文様が大きく入れられている。まるで呪いのような気味悪さに、レーツは息を呑んだ。
「牢屋、なのか」
悲鳴を上げる体を駆使して周囲を見回すと、どうやら牢に入れられたらしい。
鉄格子と壁の無機質さが、もはやどこか心地よかった。
「……ナルエド様は」
思わず声が出る。
自分がまだ生きているのなら、彼の無事を確かめなければ。そう考えたレーツは、鉄格子にまで這っていった。
「誰か!誰かいるか!」
地面を叩きながら、大声で人を呼ぶ。
掠れた音しか発しない喉を酷使し、血で汚れた拳を打ちつけた。
「誰か来てくれ!誰か!」
数十回はそうして人を呼んだだろうか。
もはや声を出せなくなったレーツは、一人分の足音を耳にした。規則正しいリズムが、確かにこちらへと近づいてくる。
「レーツ・アルファレードか?」
自分の名前を呼ぶ声に、彼は目を見開いた。
「……ああ」
「おい、これはどういうことだ!」
驚いたような声とともに、甲冑を着た男が顔を覗かせた。
「お前、なんの術を使った!」
「なんでもいい!ナルエド様はどこだ!」
レーツの叫び声に、兵士は震える手で鍵を開ける。
「……決まりなんだ。お前を連れていかなければいけない」
彼はレーツの手に手錠をかける。何かの術が施されているのだろうか、魔力が吸い取られていくような気がした。
「歩けるか」
聞いているのか、それとも返事は関係がないというのか。
鎧の音とともに、彼は兵士に連れられていった。




