表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モグラ叩き英雄譚 〜滅びた地上と空の姫君〜  作者: 乙都セイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/18

第二章 #4『ただのアリア』

 王城内の応接間。

 磨き上げられた木の壁には、控えめながらも気品漂う装飾が連なっていた。

 白いカーテン越しの陽光が、柔らかく室内を照らしている。


 クラトは深いため息をつき、ギプスが外れたばかりの右腕をそっと撫でる。

 ソファに体重を預けただけで、鈍い痛みが走った。


「……王城の作戦会議室よりは、だいぶマシだな」


 ぼそりと呟くと、アリアが口を開いた。


「正式な会議になると、記録も残るし、人目も多いから。今日の話は、もう少し個人的なお願いに近いの」


 隣でリオがソファに腰かけたまま、落ち着きなく脚を揺らしていた。


「で、その“お願い”ってやつは?」


 アリアはゆっくりと頷いた。


「……降下作戦の件よ。今の評議会が編成する部隊を、私は心から信用することができない。あの神格種を意図的に呼び寄せた人間が城の内部にいるなら、報告書すら改ざんされかねないもの」


 アリアはソファの背に指先を添え、少し視線を落とした。


「だから私は、“確かめた人”の言葉がほしい。誰かの意図が混ざった書類じゃない、本当の景色を。……私が唯一信じられる目を、持って帰ってきてほしいの」


 その痛切な声に、クラトは短く息を呑んだ。ただの調査ではない、アリアの目となり耳となるための、極秘の特命。


「リオも一緒にか?」


 右腕を撫でていた左手に力が入る。

 すると、リオが服の袖をそっと引いた。


「……行くよ、あたしも」


 リオの瞳には、一切の迷いがなかった。


 クラトはゆっくりと息を吐き、ソファの背に体を預ける。

 ほんの一瞬だけ、隣で真っ直ぐ前を見据えるリオに目をやり――すぐに逸らす。

 次にアリアと目が合いそうになり、また逸らした。


 それは作戦でも、正義でもない。

 あの日、泣かせたくなかった顔。

 後味の悪い別れ方は、もう御免だ。


「……守りたい奴らが、いるからな」


 ぽつりと漏れたその言葉に、アリアは少し目を見開いて、それからふわりと笑った。

 自分の背負う重みを、彼らが一緒に背負ってくれたのだと分かったから。


「ありがとう、クラト」


 アリアはリオへと視線を移す。


「リオも、頼りにしてるわ。特にクラトが無茶しないように、しっかり監督お願いね」


 アリアは軽くウィンクして見せる。


「それが一番、無理難題かも……」


 リオは呆れたように言いながらも、頼られたことが嬉しそうに小さく笑った。

 クラトは頬を引きつらせながら、照れ隠しのように顔を覆った。


 *


 夜、王城の私室。

 ふかふかの絨毯(じゅうたん)の上で、細工ランプの灯りが柔らかく揺れていた。


 広すぎるベッドの端に腰掛け、クラトは右腕をさすりながらため息を吐いた。


「……疲れた。今日は脳みそが限界だ」


 そこへ、湯上がりのリオが部屋に入ってきた。

 軽装の部屋着をまとい、髪先が水滴を含んで光っている。


「はいはい、弱音禁止。ほら、端っこ寄ってよ」

「おい、近ぇって」


 ギプスが外れてからも毎日、リオは当然のようにクラトの布団をめくり、自分のスペースを確保していた。


「この部屋、広すぎるんだもん」

「だからって距離感ってもんが――」


 そんなやり取りの最中――扉がそっと開いた。

 月光を浴びるように金の髪が輝き、アリアが現れる。

 絹のナイトガウンがさらりと揺れ、ほのかに甘い香りが漂っていた。


「本当に仲が良いのね」


 クラトは慌て身を起こし、右腕をかばう。


「無理しないで。治ったとはいえ、本調子じゃないんでしょう?」

「……まあな」

「なら、今日はもう休みなさい。私もここで一緒に寝るから」


「はああっ!?」「えっ!?」


 ふたりは顔を見合わせた。


「姫様、なんで……」

「昼間はね、考えることが多すぎて……強がっていられるの」


 アリアはそう言うと、少しだけ声のトーンを落とし、自身の華奢な両腕を抱きしめた。


「夜になると、ふと足元がすくわれそうになる日があるのよ。今日の評議会の冷たい顔や、迫り来るタイムリミットが頭から離れなくて……そんな日は、誰かがそばにいてほしいと思ってしまう。ふたりがそばにいると、自分が王女じゃなく一人のアリアだって、思えるから」


「姫様……」

「だから、お願い。リオの隣で寝させて」


 アリアはそっと、リオの左側に腰を下ろした。

 リオはシーツをぎゅっと握ったが、すぐに「しょうがないなぁ」と小さく笑って、自分の横の布団をポンポンと叩いた。


「おいおい、マジかよ……」


 クラトは左手で額を覆った。


「まぁ、姫様が一緒に寝たいって言うなら、仕方ないでしょ」


 リオは親指を立てる。

 アリアはいたずらっぽく笑って、クラトを見た。


「大丈夫よ。ちゃんとリオが間にいるから」

「そーいう問題じゃねぇだろ……!」


 言い終わり、額から手を離した時にはもう、アリアはシーツに潜り込んでいた。


 そっと寄り添い、リオの肩に額を預ける。

 リオは一瞬固まったが、やがて目を細めて、妹を寝かしつけるように力を抜いた。


 アリアは安心したように、深く甘い息をつく。


 クラトは呆れたようにため息をつきながらも、これ以上は何も言わず、ベッドの端に身を沈めた。


 次期統治者と整備士、そして叩き屋という奇妙な組み合わせのまま――

 月が空を満たし、窓際のミモザが夜風にそっと揺れていた。


 *


 朝。

 窓から差し込む柔らかな光に、クラトはゆっくりと目を開けた。

 最初に視界に入ったのは、長いまつ毛と、透き通るような白い首筋――。


「……は?」


 すぐ目の前で、アリアがじっとクラトを見つめながら横たわっていた。

 黄金の髪が枕元にふわりと広がり、ほのかに甘い香りが漂っている。

 その背中越し、少し離れたところでリオの髪がちらりと見えていた。


(おい、昨日はアリアがリオの向こう側にいたはずだろ!? なんで俺とリオの間に潜り込んでんだよ!?)


 状況を理解し、顔が固まる。

 そんなクラトを見て、アリアはふさのまつ毛を揺らして微笑み、さらりと言い放った。


「寝顔、案外可愛いのね」


 慌てて身を起こしかけ――

 アリアの襟元がわずかにずれて、柔らかな曲線がちらりと覗いた。

 寝起きの無防備な姿に、悪気のない無自覚な色気が滲んでいる。


(っ……!)


 クラトは慌てて目を逸らし、毛布をガバッと首元まで引き寄せた。


「お、お前、ずっと見てたのか!?」


 アリアはくすりと笑い、声を潜めて囁いた。


「護衛の寝顔を眺めるのも、姫の特権よ」


 クラトは顔が熱くなり、俯く。


「……お、俺はまだ、騎士じゃねぇしっ」


 アリアは目を細めて、いたずらっぽく笑う。


「そう……“まだ”よね?」


 クラトは息を吐きながら視線を泳がせる。

 そして、たまらずポツリとこぼした。


「……お前、本当に俺なんかでいいのかよ……。口は悪いし、ガサツだし」


 アリアは少し黙ったあと、ふっと柔らかく笑った。

 そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「うん。あなたと話しているとね、肩書きも立場も全部忘れて、ただのアリアでいられるの。だって、クラトって変にかしこまったりしないでしょう? ……そばに置くなら、あなたがいい」


 その声は少しだけ震え、ひどく真摯な響きを帯びていた。

 クラトは、ついその茜色(あかねいろ)の瞳を見つめ返してしまった。

 言葉が浮かばず、甘い沈黙が流れた。


 そのとき、ごろん、と背後で寝返りを打ったリオが、眠たげな声で寝言を呟いた。


「……ん……クラト……どこいくの……おいてかないでぇ……」


 その無防備な声に、クラトはハッと我に返り、息を呑む。


「……置いてくわけねぇだろ」


 小さく返すと、リオは夢の中で安心したのか、眠そうにふにゃりと笑った。


「じゃあ、いいや……」


 リオはそのままアリアの背中に額を押しつけるようにして、再び深い眠りについた。

 その寝ぼけた甘えに、アリアはふっと微笑み、目を細めてふたりを見ていた。


「本当に仲が良いわね」

「仲良くねぇっての」


 毛布の端をぐいと自分の側に引き寄せる。

 照れ隠しのつもりが、動きがぎこちなくて逆に目立つ。


 窓から差し込む朝の光が、三人をそっと撫でる。

 重圧から解放された柔らかな光の中で、それぞれの心が少しずつほどけていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ