第7話 地蔵とブロッコリーと私
その日の夜。
夕食の片付けを終えた頃、アメリアがふと立ち上がった。
「あー、戦いの汗、流したいわね。タクヤ、この小屋、お風呂ある?」
「あー、裏に湯桶ならあるけど」
「じゃあ、お湯沸かして! 女子三人……いや、二人と一羽、入るから!」
「クワッ!」
なぜかサラもやる気である。
「アイリーン様、ご一緒にどうですの?」
「やったあ、お風呂! 女神は本来お風呂入らなくてもいいんですけど、人間の文化、興味ありますわ!」
俺は、せっせと薪をくべて、湯を沸かす。前世で銭湯のバイトをしていた経験が、こんなトコロで活きるとは……。
ちなみに、湯桶は小屋のすぐ裏手にあって、壁一枚隔てた向こう側。つまり、屋内からは声がそれなりに聞こえる位置だ。
……いや、別に意識してない。意識してないけど。
「うわぁ、いい湯ですわ~!」
「ふぅ~、生き返るわ~」
二人のはしゃぐ声が、薄い壁越しに響く。
俺は、リビングのソファに腰かけて、明日の作戦を頭の中でシミュレートする。よし、漆黒の塔への道のりは――
「アイリーン様~、その胸、相変わらずすっごいですわね~」
「あらやだ、アメリアちゃんだって、なかなかのモノじゃないですか~」
……ふむ、漆黒の塔への道のりは、サラに乗っていけば半日で――
「ねえねえ、ちょっと触ってもいい?」
「あら、いいですわよ~。私、女神なので、減るもんじゃないので~」
ぷにっ
「うわー、やわらか~い!」
「アメリアちゃんのも、触らせてくださいな~」
ぷにぷに
「やん、こちょばゆいですわ!」
きゃっきゃっきゃっ。
……ええと、漆黒の塔への道のりは、サラに、サラに乗って、サラに、ええと、サラ、なんだったか。
俺は、シミュレートを諦める。集中できる気がしない。
「あっ、見て見て、つんつんすると先っちょがピンク色になりますわよ!」
「ちょ、アイリーン様、そこはダメっ、あんっ!」
「あらあら、可愛い声~」
「アイリーン様こそ、ほら!」
つんっ
「ひゃんっ!」
ばしゃばしゃ
お湯のはじける音と、二人の嬌声。
俺の理性は、もう、限界だった。
……いやいや、待て、俺は仮にも勇者だ。明日、魔王に挑む男だ。こんな邪念に支配されてどうする。
俺は、目をぎゅっと閉じて、頭の中で必死に別のコトを考える。
……前世。前世だ。前世の、何か、煩悩を打ち消すもの。
あ、そうだ。中学の修学旅行で、京都の寺に行った時――住職さんの講話を聞いた。坊主のあのありがたい顔。つるりとした頭。袈裟をまとった姿。鳴り響く木魚の音。
あれだ、あれを今、思い浮かべれば――
「イマジナリースキル……いでよ、寺の坊主……っ!」
ぼん、と部屋の隅に何かが現れる。
ずしり、と床に着地したのは――
……お地蔵さん。
しかも、よだれかけをつけた、にっこり笑顔のお地蔵さん。
「……」
……まあ、坊主っちゃ、坊主、か? いや、違うだろ。坊主と地蔵は別物だろ。
でも、不思議と、お地蔵さんのほんわかした顔を見ていると、なんだか心が落ち着いてきた。これは、これでアリかもしれない。
「あ……あぁぁぁ……ありがたや、ありがたや……」
俺は、お地蔵さんに手を合わせて、念仏のような何かを唱える。
その時。
「アメリアちゃん、その太ももも、いいラインしてますわね~」
「アイリーン様こそ、お尻、つるっつるじゃないですか~」
「ぺちん!」
「ひゃっ!」
「ぺちん!」
「もう、やったわね~!」
ぺちんぺちんぺちんっ
……お地蔵さんだけではダメだ。煩悩を防ぎ切れない。
「もう一つ! イマジナリースキル! いでよ、本物の坊主!!」
ぼん、ぼとり。
「……」
現れたのは、なぜか、ブロッコリー。
「……」
いや、緑色で、もこもこしてるから、坊主の頭と似てないこともない、けど!
「もう一つ!! いでよ、座禅組んだ坊主!!」
ぼん、ぼとり。
……今度は、こけし。
目を閉じてるのが座禅っぽい、と判定されたのかもしれない。
俺の周りには、お地蔵さん、ブロッコリー、こけしが並ぶ。なんだろう、この空間。
しかし、この三体に取り囲まれていると、不思議と、邪念が薄まっていくような――いや、薄まるというか、なんか、シュールすぎて、別の意味で集中できないというか。
「タクヤ~! お湯ありがと~!」
不意に、アメリアの声が背後から響く。
振り返ると、ホカホカと湯気を立てたアメリアと、アイリーンが、バスタオル一枚で立っていた。お互いに、頬を赤らめて、髪はしっとりと濡れている。
「……ぐぼっ!?」
俺は、声にならない声を上げる。
「あら、タクヤ、何やってますの? お地蔵さんと、ブロッコリーと、こけしに囲まれて」
アイリーンが、不思議そうに首をかしげる。バスタオルの胸元が、ぐっと持ち上がっている。
「い、いや、これは、その、修行というか、心を落ち着けようと――」
「タクヤ、顔、真っ赤よ? お風呂、入ってないのに」
アメリアが、にやりと笑う。
「べ、別に、なんでもない!」
「ふーん?」
「ふーん」
二人が、ニヤニヤしながら、こっちを見る。
もう、誤魔化す気力もない。
今夜は、長い夜になりそうだ……。
ちなみに、お地蔵さん、ブロッコリー、こけしも、サラと同じく、その後ずっと小屋に残り続けた。
お地蔵さんは、入り口の脇に鎮座して、村人から「ご利益がありそう」と拝まれ。
ブロッコリーは、なぜか勝手に育ち続けて、翌朝には人の背丈ほどになっていた。
こけしは……普通にこけしだった。
……俺のスキル、本当に最強なのか……??




