微睡め
▽▽▽ エインセル ▽▽▽
このトマトっていう赤い野菜は苦手なのよね。なんか食感がぬめぬめしてて、粒々しているし、何より青臭いし。
――けど、まぁそれを知っているはずの、ガランが食べてみろと。
あぁ~。イライラする。まずかったら、音霊ひきはがしてやろうかしら。
……
おいしいじゃない。へぇ〜。
やっぱりニンゲンって面白いわね。ちょっとした組み合わせと手間でここまで変えちゃうんだから。
ふーん。件の対象者は色々と予言めいたこともしているんだ。
で、あっちのすみっこにいるのが、その”英雄の弟子”とかいう連中ね。
ぜひぜひ、自称英雄の弟子の師匠でも紹介してもらいますかね。
「貴方がクリトさん、でしょうか。
――英雄の居場所を教えてほしいの。
もしくは、クリトさん、貴方が英……!!」
って、何なのよ、こいつら。
こんなの見たことない、知らない。
男は中身と外身があっていないし、魔力量も半端ない。そのうえ、自らを縛るような封印を自前の魔力で行っているし……。いえ、こいつの魂、よく見ると崩れて、いや修復している途中かしら。だから肉体と精神とで齟齬が出ているのね。
そしてその隣で肉を貪るように食べている剣士の女は魂装を纏っているうえ、中身も人でも精霊でもない、いや、混ざったような?
――だが、それよりも、この魂装の作者は誰なの?私ではない。誰か、私と同じようにこの世界に渡った者がいる?
「……なんなの、貴方達。もしかして、私達以外にも――」
魔術師らしき女の連れている精霊も、ここ最近生まれたような幼さなのに、ここまで自我があるなんて……。
なんなのよ、こいつら。規格外にもほどがある。
「……貴方達、何者なの?でも、そんな、ありえない……」
そしてクリトは私をみて、“魂装を纏いし者”とつまり、人造人間だと見抜いた。
そして、結界のことも、それが依頼であろうことも知っていた。
彼らなら、あるいは。
当代最強と目されているレイムス騎士長ですら、魔剣は認めなかった。アケディアの結界すら認識出来ていなかった。
確かに、このクリトとかいう男は不穏な雰囲気を隠せていない。
だが、悪意も感じない。
英雄では無いかもしれない。――けど神にケンカ売りそうな太々しさに賭けてみることにした。
「……事情を話せば、受けてもらえるのかしら?」
「さてな。
……手に余るモノは受けぬよ」
ホント生意気ね!
「それでは、明日からでよいのだな?」
「えぇ。
明日、一緒に北の山へ向かってもらいたいわ。けど、大丈夫なの?そんなに急でも」
「ククク。所詮冒険者など根無し草よ。しかもまだ小娘らはDランク。まだ、指名義務は負うておらぬ。
そのあたりは、そなたの方が詳しいのでは?森の女王よ」
「……本当に、貴方はどこまで知っているのかしら?では、明日。
町の北門で」
なんとなくだが、アケディアはこの子達を待っていた気がした。
アケディアは、ある日ふらっとやってきて、魂装を求めた。
「へぇ、これが身体って感じなのか。
やっとこれで、眠れるよ」
……大抵の精霊は面白そうってなかで、稀に飲み食いしたいとか、硬派にあの仔を守りたいとかもいたけど、“眠る”ために肉体を求めるとか、とんだ変わり者だった。
「ねえ、エインセル。
『英雄』って知り合いに居ない?」
「はぁ?」
「面倒なんだけどね。
エルピス様に頼まれたんだ。なんとかしてくれって。理の歪なんて、手に負えないよ。
――エインセル、代わりになんとかしてくれない?」
そう言って剣を見せる。
「……ただの片刃の剣じゃないの?」
手を伸ばし、柄に触れた瞬間、激しい嫌悪と、全身が切り刻まれるイメージに慌てて指を遠ざける。
手を握ったり閉じたりと肉体の感触を確かめ、無事であると自分に言い聞かせる。
「あぁ、ごめん。
この娘は、まだ気がたっているんだ。
あと少しで終わりだったのに、取られたみたいで。
全く、カオスも龍滅の器なんて物騒なものを半端に決めるから、面倒になる」
「それで?どうするの?」
「エインセル。ごめんだけど、英雄って見付けられないかな。
――その人にこの剣を託したいんだよ」
「はぁ?嫌よ、そんな面倒な事。自分でやりなさいよ」
「だよねぇ。どうしようかな。
ふぁあ~。眠い~~」
のんびりとするアケディアに抱えられたその剣は、今はただの剣にしか見えなかった。
――ただ、それなのに、エインセルは目を離せなかった。
なんとなく気になったので、何人か紹介したが、どれもアケディアは英雄と認めなかった。
「この人もダメなの?」
「そうだねぇ。そもそも、僕の動きすら捉えられてなかったし。
全然本気じゃないのにだよ?」
「そもそも、英雄ってなんなのよ?
ドラゴンキラーも、帝国の将軍も、武に生を捧げた老師もダメ。
畑違いかもだけど、魔術師や巫女のめぼしいのも連れてきたけどだめだし」
「そうだねえ。
きっと、魔王を倒せるようなヒトか、神に挑むようなヒトだよ」
「はっ倒すわよ。
そんな人外、居るわけないでしょ?世間で言われてる英雄じゃたりないっての?」
「……英雄は、歴史か”世界”に認められた者なのかも。
もしかしたら、まだなのかも」
「まぁ、平和だしね。
魔王は、先の勇者が封印したし、大戦もしばらく起きなそうだし」
「そうだね。
きっと、まだ孵ってないのかも。
なら、寝てていいよね」
「なら、勝手にしなさい、もう」
――――
「エインセル、ごめんだけど、やっぱり英雄を探してくれ。僕じゃダメだった。この魔剣が、目覚めかけてる。
僕はエルピス様の眷属として怠惰を司る精霊だ。だから、この魔剣を抑えて、ゆっくりと永久に眠らせる役割をしてたんだけど」
そう言うと、アケディアは剣をゆっくりと抜き放つ。それは、きれいな波紋を持つ、はるか東方の剣の一種、太刀であった。
「ホントはね、この魔剣を堕とすことも前はできたんだ。けどね、そのために、向き合っていたら、なんかさ、同情なのかな。
あと少しを邪魔されてさ、置いてかれてさ。せめて、何かしてあげたいなって。
そうこうしていたら、時間が過ぎて……ここまで来ちゃった」
その美しくも鋭い太刀を愛おしそうに眺めたアケディアは納刀しながらゆっくりと世界樹を振り返り、そしてまたエインセルに向き直った。
「どうやら、この魔剣は、負けず嫌いのようで。
――エインセル。ごめんだけど、本当にごめんだけど、あとよろしく」
そう寂しく笑うと、アケディアは世界樹の根元に座り込み、唐突に結界を発動させた。
「『宣誓:鎮まり、閉じる
――定義:僕がつきるまで
――執行:微睡め』」
その結界は世界樹をすべて取り込み、世界樹は彼のモノになった。
「……どんだけ一緒に過ごしたと思ってるのよ。
――気付いていたわよ。できたのに、やらなかったのは。
けど、めんどくさそうに、次の英雄候補よろしくーなんて笑う貴方の笑顔を見てるの、嫌いじゃなかったのよ。
もし、間に合わなくて貴方が、魔王にでもなったら。その時は、容赦なく世界樹を贄に私ごと世界から送還してあげるから」
もう聞こえていないアケディアに、エインセルは語りかけた。
そうして再び、エインセルは”英雄”を探し、レイムス騎士長にも会えた。だが、英雄ではないようだった。
最悪を回避する手段はあるが、それは、最悪ではないだけで、到底エインセルには受け入れられなかった。
あれから、何人も連れてきた。
「レイムス以上のヒトすら、居ないのよね」
そんな中、違和感の塊のようなヤツらに出会えた。彼らですらダメなら、――もう”送還”しか選べない。
せめてあの結界を崩してくれれば、アケディアは私が直々にボコす!
ってつもりだったんだけどなぁ……。
――ホント可愛くない。
さすが、クリトの弟子よね。




