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まだ昼時には早い時間。

大通りにあるカフェでコハクは人を待っていた。


「お待たせしてしまいましたかね」


やってきたのは記者と偽ってコハクに近づいてきたあの男だった。


「いえ。俺も今来たところです」


人相書きの確認の次の日、ゼンに事情を説明してコハクが囮になる作戦が立てられた。

男に連絡を取り指定された店に出向いたコハクの周囲には、猫の子一匹逃さぬように捜査官が配置されている。


「しかし驚きました。あなたから連絡をもらえるとは思っていなかったので」


男は店員に注文を伝えると、大袈裟なくらい嬉しそうにコハクと会えたことを喜んだ。


「一度あなたとお話ししたいなと思ったので。カグラさん」


相手に見えないようにつけたイヤホンから、男に話す言葉が指示される。呼び名は名刺に載っていたものをあえてつかった。

カグラが来た時点で捕まえて連行しても良いのだが、それでは完全に犯罪を立証するには厳しいし、余罪や何を企んでいるのかもわからなくなるかもしれない。

そのため、ある程度コハクに情報を引き出してもらおうと、今回の作戦が実行された。


「そうですか。それで、事件について何か情報があるんですか?」

「大したことは。一応あの場にいましたが、犯人もあっという間に捕まえられてしまいましたし。あなたは何が知りたいのですか?」

「ナイフを持つ犯人の糸が、なぜか全て地に落ちたことについてです」


『やっぱり』


コハクは相手が腕付きについて調べていることを確信する。なぜ糸の無力化を腕付きの仕業と考えているのかはわからないが。


「そうですね。確かに、犯人に男の人が向かっていく時になぜか全ての糸が動かなくなりましたね。そのまま取り押さえられてました」

「……ふふ」


何も知らないふりをして話すコハクに、カグラは笑いを堪えられずに漏らしてしまった。


「すみません。そういえばあなたは捜査官ではなかったですものね。駆け引きはあまり得意ではないようだ」


そう話すカグラの姿が、次の瞬間視界から消えた。


「……え?」


驚くコハクの視界が、今度はグラリと揺れる。

体を支えられずテーブルに突っ伏してしまい、そのまま意識を失った。



一方、周囲を取り囲んでいた捜査官達は戸惑っていた。

席に座っていたはずの2人が、一瞬にして姿を消したからだ。


「おい!どういうことだ!」


困惑し指示を仰ぐが、ゼンにも何が起こったのかわからない。


「………コハク………」


騒がしく動く捜査官の中で、キトラだけが青ざめた顔で立ち尽くしていた。




それから何時間たったのか。

コハクは目覚めると見知らぬ天井が見えた。

コンクリート剥き出しのそれを遮るように、気を失う前に話していた男の顔が覗き込んできた。


「目が覚めましたか?」


相変わらず笑みを浮かべるカグラは、楽しそうにコハクに話しかけてくる。


「ここは……」

「僕の隠れ家です」


そう言われて部屋を見渡す。コンクリートに囲まれた無機質な部屋に医療機器が並べられていた。よく見るとコハクは手術台のようなものに寝かされて、患者が着る手術着のような物まで着せられている。


「勝手に着替えさせてすみません。GPSとか持ってられると面倒だったんで。それに、その服の方が色々便利ですし」


カグラはカチャカチャと手術台の横にあるワゴンをいじっている。そこにはまるで今から手術をするかのようにメスなど色々な物が置かれていた。


「………あなたは何者なんですか?」


コハクの問いに、カグラは面白そうにこちらを向いた。


「意外と冷静ですね。怖くないんですか?」

「何をされるかもわからないから、何を怖がればいいかわからないよ」


その答えにカグラは大声で笑う。


「面白い人ですね。いいですよ。あなたが何を怖がればいいかわかるまで質問に答えましょう」


そしてカグラはコハクを起き上がらせて手術台に座らせ、自分は近くにあった椅子に腰掛けた。


「僕を何者かと言いましたね。あなたはどう思いますか?」

「……手脚のない遺体が見つかった事件に関係していますか?」


質問に質問で返すが、カグラは気を悪くした風でも無く素直に答える。


「はい。彼らの手脚を切り、遺体に防腐処置を施したのは僕です。これでも医師免許を持ってるんですよ。まあ、活用したことはありませんがね」

「……なぜそんなことを」

「歴史を残すためです」

「………歴史を?」


理解できないどころか意味のわからない理由に、コハクはどう話を続けていいかわからない。


「昔、人は糸も出せず手脚も再生しないのが普通だった。それが白の人と呼ばれる糸を持ち手脚が再生する者達が現れる。この国を治めていた王はそれを人の進化だと考え、ある家臣に進化の過程を全て記録するように命じた」


『王』の言葉に、コハクは金色の王のことを思い出す。


「忠義に厚かったその家臣は、人の進化を事細かに記録していく。白の人と呼ばれた白い髪に赤い目の者達が、普通の人と交わり様々な姿になっていく様も。糸を持ち手脚の生えてくる者たちが普通になっていく様も。従来の人達と戦争が起きたことも。腕付きと呼ばれる人達が現れたことも。世代を超えて役目を受け継ぎ、全ての歴史を記録していく。………もう仕えていた王も国も無くなったというのに」


遠い、遠い目をしている。

人の進化を全て見てきたような、そんな目をするカグラは、コハクには自分と同じ人間ではないように感じられた。


「それが僕のご先祖さま。僕は進化の記録係を受け継ぎ、これまでの膨大な記録を管理するために育てられたんだ」


カグラの目が爛々と輝き出す。

大好きな物を語る子供のように。


「進化の歴史はその辺の作り話なんかよりずっと面白いんだよ。人は絶えず形を変え、淘汰し淘汰され、それでもまだ進化を止めることはない」


カグラは立ち上がってコハクの前まで歩いてくる。


「そして君達、腕付きが生まれた」


コハクの腕を掴み、宝物のように目の前に持ち上げる。


「君達腕付きは、自分のことを劣等種だと思っているだろう?社会の考えがそうだからだ。でも、違う。腕付きは次の進化の形なんだ」


持ち上げた腕を爪で引っかかれる。コハクが痛みに顔を歪めると、カグラは満足そうに話を続けた。


「糸の能力に限界を感じた人は、昔捨てた手脚を取り戻すことで繊細な感覚を身につけた。それにより糸の可能性はグッと広がったはずなんだ。それを証明するために、僕は腕付きを捕らえて売る者達に協力した。手脚を切られた彼らがどんな反応をするか知るために。切り取られた腕を自由にしていいという条件をつけてね」

「……じゃあ、切り取られた腕が見つからないのは」

「僕が研究のために全て切り刻んでしまったからだよ」


コハクの背筋に冷や汗が流れる。

ようやく恐怖が体の奥から湧いてきた。


「でもそれだけじゃ、なかなか研究は進まなくてね。僕の仮説が立証できない。悩んでいたところに、糸の手と、糸を無力化する捜査官の話が入ってきた」


コハクは顔を掴まれ、無理やりカグラと目を合わされる。


「糸の手の持ち主はなかなか所在が掴めないし、捜査官は下手に手を出せない。でも君なら。油断を誘えば手に入るんじゃないかと賭けたんだ。結果は僕の勝ちだったね」

「あれだけ捜査官がいる中で、どうやってここに来れたんだ?」

「進化の記録の中にね、糸で相手の感覚を狂わせる者の話があったんだ。昔は天気を読む者とか色んな人がいたみたいだね。戦争以降、歴史を捨てた人達には受け継がれなかったみたいだけど。記録を読み込み、全てを学んできた僕にはあらゆる能力を再現できる力があるんだ」


気を失う前。カグラの姿が視界から消えたことをコハクは思い出した。


「捜査官全員の感覚を狂わせた?」

「そう。さすがにすごく疲れたけどね。でも君が手に入ったし。微々たる苦労だよ」


そのままカグラはコハクを再び手術台に寝かせる。薬でも使われたのか、コハクは体に力が入らず抵抗できない。


「さて。君はどうやったら糸の無力化を見せてくれるのかな?命の危機を感じたらかい?」


カグラはコハクのノドにメスを突きつけた。


「それとも、生きていることに苦痛を感じたらかい?」


今度は腕にメスを突きつける。

空を切る動きは、腕を切断するイメージを与えてきた。


「どうだい?さすがに恐怖を感じてきたかい?」

「………そうだな。でもどうやったら糸の無力化がてきるのか知りたいのは、俺の方なんだよな」


ここまでしても恐怖を感じないコハクに、カグラは初めて笑みを消した。


「なんでそんな余裕があるんだ?」

「それは………」


答えようとするコハクを遮って、部屋にある唯一の扉が開いた。


「コハク!無事か⁉︎」

「キトラ!」


捜査官達が部屋に雪崩れ込み、カグラを取り囲む。

コハクはキトラに抱えられ、扉のところまで避難させられた。


「なんで……ここが……」

「それは……え〜っと」


コハクが少し恥ずかしそうに次の言葉を放った。


「愛の力……かな?」

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