第1話 ゆかり・オバケなんて大嫌い!①
八月の真昼間。蝉も賑やかな昼下がり。
オバケには絶対縁がないであろうそんな時間に、同級生がオバケになって目の前に立ってるなんて、いったい誰が想像する? しないよね!
「巽海斗! なんであんたがオバケになって出てくるのよ!」
突然透明になって現れた同級生に、カバンにしまいかけてた文庫本を投げつけるだけにした水瀬ゆかりは、むしろ優しいんじゃないかと思う。
◆
白川学園高等部の学生寮は今、夏休みのため生徒の姿はほとんどない。
校舎は街のほうにあるものの、この寮は街の喧騒から少し離れた緩やかな山の中にある。冬は暖かく夏もさわやかで過ごしやすいここは、昔はどこかの富豪の別荘だったらしい。クラシカルな洋風デザインのしゃれた建物なのは、当時の別荘を模倣しているのだとか。
食堂などがある中央棟を挟んで男子寮と女子寮があり、全個室でベッドと大きなクローゼット付き。四畳程度しかないけれど、テレビなどは娯楽室、勉強は自習室やデスクコーナーなど自室以外でする決まりなので、まあまあ十分な広さだろう。
スマホが使えないので世間の人には驚かれるけれど、ないならないで、意外と不便はない(パソコンでのネットなら、学習以外でも予約制で使うことはできる)。
夏休みに入っても生徒たちの帰省の時期や期間はまちまちで、寮が無人になることはなかった。
ゆかりは八月も半ばに差し掛かったころ、ようやく帰省の準備をしていた。
帰省と言っても一週間もないし、実家なので持ち帰るべき荷物も少ない。
忘れ物がないか最終確認をしていたところ、ふと何かの気配を感じて恐る恐る目を上げた。
音はない。でも山の中のせいか、カブトムシやクモが部屋を散歩していたり、窓にヤモリがくっついていることも日常茶飯事だ。
(ヤモリや黒光りするあれじゃないといいな)
そんなことを思っていたのに、目に入ったのは予想もしなかった「人」だった。
うん、人だ。透けてるけど。なんだか体の向こうにドアが透けて見えてるけど、でも人だ。
ぬぼーっと背が高い彼は、ネイビーのゆったりしたシャツにグレーのパンツというすっきりとした私服姿だ。シンプルでよく似合っている。
校則違反ではないとはいえ、なぜか伸ばしっぱなしらしい赤味がかった髪は、いつものように後ろで一つに束ねられている。
いつもと違うのは、なんのトリックなのかその姿が透けているし、なぜか大きな翼が背中に見えること。そして顔から腕にかけては刺青のような模様が入っていて、そのせいで普段はへらへらしている顔が、今はぱっと見恐ろしい顔になっていることだ。
(えっ?)
あまりにも驚き過ぎて、ゆかりの思考がつかの間完全に停止した。
それでもそれがクラスメイトの巽海斗だということは理解できていたから、一瞬上げかけた悲鳴は喉のあたりで消えた。
目の錯覚かと思ったけれど、何度目を瞬いても彼はそこに立っていて、思わず文庫本を投げつけ、叫んだ言葉が冒頭の通りだ。
たちの悪いいたずらだと思った。どこかにカメラを構えた仲間がいるかもしれないとキョロキョロする。
ドアは閉まってるし、ここは二階なので窓の外にも人はいない(たぶん)。
「なんで男子が女子の、しかもよりによって私の部屋にいるの!」
男子寮と女子寮は行き来できない決まりなのに!
なんでどうして、音もなくそこにいる!
「オバケは嫌いなのに! あんた、いやがらせにもほどがあるでしょう!」




