29 自己管理
いつもと変わらない市民プール。いつも通りに受け付けで名前を書いて、いつも通りに更衣室で着替える。
普段と変わらない……と思ってしまいプールに入ってしまいそうだ。
準備運動も未来さんだけ。一緒にやりたかったはずの準備運動。俺は未来さんの準備運動を隣で見ることしか出来なかった。
準備運動が終わると、未来さんは早速プールに浸かる。
何も躊躇せずに、プールの端に向かった。
以前はプールに入ることすらままならない未来さんが数日間練習しただけでここまで成長した。
元々の才能なんて言っては失礼だが、微塵も感じなかった。だから、未来さんは努力一本でここまでやってきたんだ。
普通の努力では、ここまでならなかっただろう。水がトラウマな人だ。きっと、俺が思っている数倍は恐怖を覚えていたはずである。
だけど、苦手を克服したい――その一心でここまでできる未来さんに俺は尊敬の念しか抱いていなかった。
やはり、未来さんはカッコいい。
そんなカッコいい未来さんが今日も泳ぐ。
今日の練習メニューは、バタ足で進んでいく練習と最後に少しクロールを練習することにした。
未来さんは、昨日かなり頑張ってくれた。前は壁蹴りからバタ足の練習をしていたが、昨日は普通にバタ足をしていたのだ。まだ、全部は泳げなかったが15mは、泳げるようになっていた。
今日はそれを25mまで泳げるようにする。そして、最後のほんの少しの時間でクロールの泳ぎ方だけ教えるつもりだ。
未来さんは、いつも通りにバタ足から始めた。無理やり脚を動かすのではなく、一定のテンポで水しぶきが極力上がらないように綺麗に泳ぐ。水泳を習っていて癖がついている人は、直すのが難しいのだが、まだ癖がついていない未来さんは、最初やり方をつかめずに苦戦していたが、段々と形になっていった。
「そうです。その調子で!手はピーンと伸ばして!」
こんな感じで1時間半くらい練習すると、20mラインまでは、バタ足だけで到達するようになった。
この調子で25m……と思っていたのだが、時計を見ると、あまり時間が残っていなかった。
まだ夕食も食べていないために、夜遅すぎるのは流石によろしくない。
少し残念だが、バタ足はここまでにしてクロールの練習に移ることにした。バタ足極めても仕方ないしな……
「では、ようやくクロールの練習に入ります!」
「はい、わかりました」
「泳ぎ方はわかりますか?」
「他の人の泳ぎを見ていたのでなんとなく……」
「わかりました。じゃあ、一回泳いでみてもらえますか?」
「え?」
「泳ぎ方が出来ていればいいんですけど、もし違っていたら練習しましょう。」
「わかりました」
「15mだけでいいです」
最初から25mは無理だ。かと言って10mだとすぐ終わってしまうために15mにした。
「はい。了解です」
彼女はそう言うと、ゴーグルをつけてまた壁の方へ向かった。そして、息を吸ってから片足を壁につけて、潜ってすぐに泳ぎ始めた。まず、壁を蹴った勢いで数秒進んでからバタ足とクロールを始める。
やはり他の人を見ていただけあって、形にはなっているのだが、問題がいくつかあった。
一つは息継ぎ、二つ目は、クロールするときの手の使い方。水を叩いてしまっていた。
これを改善すれば、かなり良くなるだろう。バタ足の練習をしていただけあって、進みは悪くなかった。
「どうでしたか?」
「全然思っている以上によかったです!けど、クロールになってはいるんですけど、息継ぎとクロールの手の使い方に改善の余地があるのでそこを頑張りましょう」
「わ、わかりました。頑張ります」
「じゃあまず、クロールの手の使い方についてやりましょう」
息継ぎは、まずこれを攻略してからだ。
俺はプールサイドで、エアで泳ぎ方をやってみた。
「水に手を叩きつけるのではなくて、斜めからするっと手を入れる感覚です。」
「え、えっと……」
未来さんに口で説明したのだが、いまいち伝わっていない様子。再度、同じように説明したのだが、伝わらなかった。
もう、こうなったら……
「いいですか?未来さん!」
ドボンっ!と水しぶきが上がる。
「ちょ、ちょっと!凪くん!」
俺がプールに飛び込むと未来さんが慌てた様子で俺の名前を呼ぶ。
「大丈夫ですって!もう、治りましたから!」
強引にそう言って俺は、説明を続ける。
「取り敢えず、俺の泳ぎを見てください。特に手を。そうすれば伝わると思いますので」
そう言って俺は、クロールを始めた。クロールをするのはあの日以来だったが鈍ってはいなかった。
20m泳いで、プールから上がる。
「どうですか?わかりましたか?」
「な、なんとなく……」
「なら、なんとなくでも、いいのでやってみてください!」
「わかりました……」
未来さんは、頷くと先程と同じように、泳ぎ始めた。
手の動きに集中しているのか、先程よりもスピードは遅い。けれど、明らかに先程よりも泳ぎ方はキレイになっていた。
「すごいです!未来さん!」
プールから上がった未来さんにそう言う。
「本当ですか?」
「はい!とってもキレイになっていました。あとは練習をしていけば、自然と完成しますよ!」
「そうなんですね!わかりました。頑張ります!」
未来さんは俺の言葉に目を輝かせて、すぐにもう一度プールに向かった。
やはりクロールが形になってきているのが嬉しいのだろう。はっきり言ってここまで吸収がいいとは思わなかったので、俺も驚いている。
けれど、順調なことはいいことだ。来週の水泳の授業まで――それまでにこれがこのまま続いてくれることを祈る。
その後、未来さんは、30分間ぶっ通しで泳ぎ続けて、その日の水泳のレッスンは終了した。
シャワー浴びて更衣室に戻る途中に少しクラっとした。
自分を誤魔化し続けていたのだが、流石にもう限界かもしれない。
だけど、頼む……あと、ちょっとだけ。
少しだけでいいから、待ってくれ………
彼女に心配されるわけにはいかないんだ。
更衣室で着替えながら俺はそう願う。これで彼女に心配させてしまったら。
俺は彼女の足を引っ張ってしまう。
それだけは許されない。
だから、頼むから。
まだ、耐えてくれ。俺。
泳ぎ方は、凪の自己流です。
短編投稿するといいながら出来ずにすみません。
近日中に投稿します。




