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21 水泳のレッスン 4



「おお!すごいですっ!未来さん!」


今現在、俺たちは市民プールにて、水泳の練習をしている。泳げないカナヅチの未来さんがやっとプールの底に足をつけることが出来たので、その調子でバタ足の練習をしているところである。


未来さんはプールの端の壁に捕まってバタ足をしていた。


「未来さん、バタ足は綺麗に!強くやりすぎるとかえってよくないですよ」


「こ、こうですか?」


先程までバシャバシャと水飛沫を上げていた未来さんだが、俺がアドバイスをすると水面に叩きつける脚の力を調節して、綺麗にテンポよくバタ足をし始めた。


水飛沫もさほど上がってなく綺麗なバタ足だ。


「未来さん!完璧です!バタ足はマスターしましたね!」


「は、はい。私、ちゃんと出来てましたか?」


「もちろん!しっかりバタ足できてましたよ!」


俺がそう言うと、彼女はニッコリと笑顔を見せて「ありがとうございます!凪くん!」と俺にお礼を言った。


彼女はとても嬉しそうに、またバタ足を始めた。苦手なものが上達して褒められるのは、普通に褒められるよりも何倍も嬉しい。それは俺も知っている。だから今の未来さんの心境がよく理解できた。


「では、次は少し深いところに行って、ビート板を使ってバタ足してみましょう」


「ふ、深いところですか?」


彼女は水深の深いプールと聞くと少し強張った表情を浮かべた。この水深ならできていたものが、深くなるとその恐怖でできなくなる。彼女はそれを憂いているのだろう。


怖いものもちろん知っている。だけど、挑戦しないと前にも進めない。恐怖に打ち勝つと得られるものはとても多い。俺は水深の深いプールで泳ぎの練習をすることで水泳の上達速度の向上を図っていた。


だから、ここは少し強引でも、彼女に深いプールで練習してもらう。


「未来さん、確かに深いプールは怖いかもしれませんが、いざとなったら俺がいます。絶対に未来さんを助けるので安心してください」


「そ、それなら………頑張ってみます……」


俺が熱心に説得すると彼女は渋々了承してくれた。次のプールの水深は1メートル50センチ。


未来さんの身長は162センチなので、彼女からしたらかなり深く感じるだろう。


俺たちは浅いプールから上がって、深いプールに向かった。


そして、そこに着くと俺はプールに入ってみせた。俺は未来さんよりも身長が高いが、やはりさっきと比べると格段に深かった。


「未来さん、深いけど大丈夫ですよ!まずはビート板を水面に置いて、それからゆっくり入ってみてください」


「はっ、はい。わかりました」


彼女はそう返事をするとゆっくりと脚をつけ始めた。片足ずつゆっくりとつけていった未来さんであったが、両足が膝のところまで水がつくと、そこでピタリと止まってしまった。彼女を見ると、小さくではあるが、震えている。やはり溺れそうになったからか、水深の深いところには人一倍恐怖を抱いているらしい。


無理をしてでも……と言ったがここまで恐怖を抱いているのに、無理維持させるのも流石に気がひける。

もしここで無理をさせて、彼女に更にトラウマを植え付けることになっては元も子もない。


「未来さん、怖いなら。またの機会でも……」


「こ!怖くないです!!」


彼女史上、一番大きな声だったかもしれない。震え声になりながらも力強く言ったその言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようであった。


「で、でも……」


俺がどうしようかと判断に困っていると、彼女が俺に声をかけた。


「な、凪くん……ま、またさっきみたいに、私のこと掴んで、くれませんか?」


緊張した様子で彼女はそう言った。


「俺はいいですけど。未来さん、大丈夫ですか?言った俺が言うのもなんですけど、無理のしすぎは……」


「ここで、無理しないとダメなんです………楽な方向に逃げてしまっては、この先もずっと、楽な道を選んでしまう気がします…………だから、私は、逃げたくないです!」


本当は怖いだろう。あんなトラウマもあったのだ。今すぐ逃げ出したいだろう。


だけど、彼女は力強い言葉で確かにそう言い放った。もう空が闇夜に染まり、人の少なくなった市民プールに未来さんの声が響き渡る。


彼女のその力強い言葉を聞いた瞬間、俺は何かに撃ち抜かれたような感覚に襲われた。あんなトラウマがあったのに、それでも挑戦する彼女の強さに俺は強く惹かれるものがあった。


俺は拳を強く握ってから、プールサイドに近付いた。

そして、彼女の腕をしっかりと掴んだ。


「大丈夫です。未来さん。俺が絶対に離しません」


「はい!凪くん。よろしくお願いしますね?」


彼女が深いプールにゆっくりと入っていく。ビート板をしっかりと掴みながら、全身がプールに入ると、次に未来さんはゆっくりと脚を底に伸ばし始める。


さっきよりも深く、足がなかなかつかないのか、時々恐怖からか未来さんは目を瞑ってしまうこともあった。俺はその度に彼女をしっかりと支えていた。


彼女もそれを感じ取ってから、またゆっくりと脚を底につけて、五分後。


「な、凪くん。底がありました」


肩まで沈んだ、未来さんがそう報告した。まだやっぱり怖いのか表情は硬くなっている。けれど、俺はそんなこと御構い無しに、


「未来さん!おめでとうございます!」


と言って近くの未来さんを抱きしめた。


「ちょ、ちょっと!な、凪くん!?」


彼女は突然のことでかなり驚いた様子であった。


「本当によかったです!おめでとうございます…」


俺はそれしか言えなかった。最初、会った時は溺れる寸前だった、未来さんが恐怖に打ち勝って今こうして、底に脚をつけている。大きな進歩に俺は冷静さを保っていることができなかったのだ。


「う、嬉しいです。ありがとうございます……」


やっと状況が呑み込めた未来さんはかなり頰を赤らめながらなんとかお礼を言った。


その数秒後のことである。


「うわぁ、またあの人たちいちゃついてる!」


帰っていなかったのか、あの少年は……


彼は俺たちを見つけると大声でそう言った。そのことで俺は、今の状況を理解した。



「す、すみませんっ!」


勢いよく未来さんから離れた。今考えると、何やってたんだ俺は!と自分を殴りたくなる。

取り敢えず、被害者に謝罪を……という思いがすぐに湧き上がり、未来さんに謝りまくった。


「すみません、あの時は冷静さを保ってなくて!本当にすみません!」


俺がひたすらプール内で平謝りしていると、


「き、気にしないでください!わ、私も、その、嬉しかったですから…………」


「え?」


彼女の言葉を聞いて、俺は勝手に言葉が漏れてしまった。彼女の言葉はどういう風に受け取ればいいのだろうか?


脚をつけられて嬉しい?

それとも………


いや、それは絶対にない。


彼女は上達して喜んでいるんだ。



そのあと、俺と未来さんは練習をして、未来さんは深いプールでビート板ありのバタ足ができるまで上達した。


できるようになった頃には夜は深くなり、もう帰らないといけない時間になっていた。

流石にこれ以上は無理だと思って、プールから上がりすぐに着替えて、市民プールから出た。

外に出ると、蒸し暑い風が吹いて、すぐに汗っぽくなる。


ここで解散しようかと思ったのだが、未来さんは女子であるために夜道を一人で歩かせるのは危険だと判断した俺は、未来さんを家まで送って行くことした。


「未来さん、家まで送りますよ?」


「いえ、いいですよ……」


「こんな夜に一人で歩かせるなんてできません。明日のメニューのことでも相談があるので、話して帰りませんか?」


「そ、そういうことなら……」


彼女は俺の心配をしてくれていた様子だったが、俺がメニューのことを言うと渋々了承してくれて一緒に帰ることになった。


夜道で二人きり。これまで相合傘や二人で帰ったことがあったが、なんだろう………この気持ち。


いつもよりも鼓動が速くなっている自分がいることに気付いた。


作者のモチベーションになりますので、評価、ブクマよろしくお願いします!

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