【 Ep.3-031 合成魔獣(キマイラ) 】
第五階層の守護者として出現したナイトハウンド、ダイアーウルフ、ジャイアントマティス。
天兎メンバーらによる連携によってジャイアントマティス、ダイアーウルフの順に次々と倒され残されたナイトハウンドは狂気に駆られて最後の抵抗を見せた――
――目の前に横たわるは漆黒の獣。
半ば狂化されたナイトハウンドは数的優勢に立つ天兎の面々に恐れる事なく襲いかかったが結局は暴虎馮河の勇、各々の実力に仲間としての連携力を誇る天兎の前には優れた狩人であっても形成を逆転させる事は不可能であった。
「流石に数的優位に立てばあのナイトハウンドもこのザマっすね」
「まぁな。俺としちゃぁ短時間とは言え一人では相手したくねぇけどな、こいつ。少しでも隙を見せようものなら後ろのシオンをあの触手で狙ってくるし動きが読み辛いったらねぇ。見ろよこの盾の傷、なるべくいなす形で防いでいてコレだぜ?」
「それ見ると私が相手取ったダイアーウルフがまだかわいく思えてきますね……」
「ダイアーウルフも大概だった気もするっすけど、確かにコイツを相手に時間稼ぎしろって言われたらちょっと自信ないっすね……」
ジャイアントマンティスを倒すまでの間奮闘してた三人が感想を言い合う。盾があるケントや武器である程度リーチを保てるチグサと違い、基本徒手空拳に近いスタイルで戦うシキの感じる圧力は二人以上のものだったろう。
「おい!避けろ!!!」
突如発せられたベネデクトの大声に反射的にケント、チグサ、シキの三人はその場から飛び退く。
ヴンヴン!シュッ!
低い唸る様な音を立てて三人が立っていた場所の中空を何かが過ぎ去る。急ぎそれを確認すると先程倒したはずのジャイアントマンティスの前肢の大鎌の部位だった。
大鎌はブーメランの様に空を切りながら骸となったナイトハウンドの前に突き刺さって止まった。
まさかと思いジャイアントマンティスの死体がある方へ首を向けるとひしゃげて捥げたはずの頭部が見当たらない。
「頭が無い……。みんな気をつけて!ジャイアントマンティスを頭部が消えてる」
いち早くそれに気づいたのはセトだった。
「う、上です!」
バッと上を見上げるとそこには奇妙な棒状の何かがうねっているのが視認できた。太さや大きさは違うが、ソイツの動きはぎこちないナイトハウンドの触手に似ている。似ているが違うと判断できるのはナイトハウンドの触手と違ってしなやかさや伸縮性があまり見られない点だろうか。土色をした半光沢の表面は体節がなくどこかヌルっとした印象を受けるが、気味の悪い事に不揃いな歯が生え並ぶ口が幾つも並んでいて尾にあたるであろう部分に見つからなかったジャイアントマンティスの頭部がくっついていた。
姿や特徴、状況から判断すれば極めてハリガネムシに近い生態を持つモンスターの様に思える。
キチキチと耳障りな音を立ててソイツは天井を這い回る。直下にいるのは危険だと判断して距離を取ったがそれが裏目に出た。
巨大で異質なハリガネムシはナイトハウンドの死体の直上まで移動すると体をうねらせた後落下し、ナイトハウンドの死体の中に自らの体を侵入し始めたのだ。間も無く目の前で悍ましい光景が発生した。
――ナイトハウンドの肉体がデタラメに膨張と伸縮を繰り返したかと思うと、先ほどのハリガネムシの色をした触手が体表を突き破ってダイアーウルフ二匹の死体にそれぞれ伸びていく。まるで死体を捕食するかのように先端部がグパァと開くと、不揃いな歯が生え並ぶ口がダイアーウルフ達の死体に噛みついてナイトハウンドの死体のもとへと運ばれるとそれぞれが歪に混じりあい始めた。
グチャグチュアと不快な音を響かせながらナイトハウンドの肉体をベースとして三体の死肉が融合していく……。歪に肉体を伸縮と膨張を何度か繰り返しナイトハウンドの頭部の左右からダイアーウルフの頭部が首の皮を突き破って生え、同じくナイトハウンドの前足のやや後方にダイアーウルフの前足がやや横を向いて生えると同時に腰部のあたりに逆さ向きにダイアーウルフの後ろ脚が生えた。そしてナイトハウンドの特徴のともいえる首元から生えた触手の先が、短剣の形状からいつの間にか消えていたジャイアントマンティスの大鎌に変貌していた。
『その場で形状変更を無理やり引き起こし合成魔獣化させるモンスターだと……?!ありえない。たかだかダンジョンの低階層の守護者がこんな変化を見せることもあり得ない。なんだというんだこのダンジョンは……。それに彼等は一体何者なんだ?王国経由の依頼でとあるパーティの実力や為人を見極めろとの珍しい内容であったが、普通のパーティでこの落ち着き様はありえないぞ……』
カルメンは目の前で発生した合成魔獣化現象に対しても決して慌てず敵に構えを解かない天兎の面々を訝しげに観察する。ここまでの異常事態であれば本来ならB級冒険者である自分が緊急判断として指揮を執り指示を出す場面である。だが天兎のメンバーは誰しも逃げ出すでもなく、目の前の事態を観察しながらも其々がいつでも戦闘に入れるように臨戦態勢で構えている。
一般的に合成生物は掛け合わされた生物が有する単体の能力の三倍程度の力量を保有しているとされている。これには合成される生物の数や特徴などにも左右されるため不確定な部分も多く、いまだ多くの錬金術師がその不安定な部分の解明を研究していたりする。
そんな錬金術師でもナイトハウンドを素体に使った合成生物など作ろうとはしない。理由は極めて簡単で制御が利かず危険であるためだ。一般的に認知されている合成魔獣はライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ姿が有名であるがライオンを素体としながらも山羊の頭部を組み入れることで制御できるようにしてある。
ところが今天兎の前に立ち上がった合成魔獣は素体が戦闘能力に秀でたナイトハウンドにダイアーウルフが二匹という制御装置にあたる生物が入っておらず戦闘に特化したものとなっている。最もダンジョンに出現するモンスターに主人である錬金術師など存在せず、侵入者達を殺戮するだけの衝動さえあれば事足りるのでその運用を考えれば決して間違ったものではないが、これと対峙する天兎にとっては冗談ではない状況と言える。
「おいおいおい……こいつはまたとんでもねぇ事になったな」
「合体の仕方が"キメラハザード"のそれとほぼ一緒だったっすよ……気持ち悪い……吐きそうっす」
ベネとシキの二人が目の前で起きた現象について感想を述べる。昔の映画の名作だとかでオススメされた"U星からの物体DX"などで似た光景を観ていたおかげでボク自身吐き気は感じないけど強い嫌悪感はある。観ていて愉快なモノではないし……
「コンシューマーゲームはよくわかんないんだけど、この手の敵の弱点ってなんかあるシキ?」
「三部作全部やってみた感じだと火には基本的に弱かったっすよリツさん。一部の強化されたやつは耐性持ちだったっすけど」
「らしいよ、セラ」
敵の動きを伺いながらリツがシキに質問を投げかける。情報を得つつ、シキの気持ちをそちらに向ける事で少しでも吐き気を緩和しようという考えだろう。
狙いはうまくいったようで、シキは吐き気を感じさせない口調でゲームではどういったモンスターであるかを説明してきた。役に立つかはわからないけどないよりかはマシだろう。
「ついでに教えて欲しいんだけど、こいつみたいに頭三つあったら全部潰さないとダメ?」
「物によりけりだったと思うっす。一作目だとメインの頭部を破壊したら復活はしなかったっすけど二作目からは全部潰す必要があったっすね。三作目は一定時間内に全部潰さないと潰した頭部が再生するとかいう鬼畜仕様でしたっすね……」
「ま、楽はできないか。とどめはマリーに任せるからとっておきのやつ頼むよ!」
「ん。任しときぃ!」
兎にも角にも目の前の合成魔獣の本体は確実にあのハリガネムシに似たモンスターだろう。アレにとどめを刺すにはボクの対象を焼き尽くすまで消えない"狐火"か、シキの内部にダメージを浸透させる"フォースバスター"、マリー灼熱の炎で相手を穿つ<焔穿>の三択になる。このうちボクの狐火は反動が大きくてこの局面では論外。となればシキかマリーの二択になるけど相手が近接攻撃寄りの戦闘スタイルであるならマリーにとどめを任せる方が上手いこと勝機を逃さずにやってくれるだろう。
「さ、仕切りなおすぜ!オオオオオオオオオオオオッ!!!」
ケントが力を込めて吠え<挑発>を発動させると、ナイトハウンドの特徴的な四ツ目に澱んだ光が点り大鎌を先端に取り換えた触手が勢いよく振るわれた。
強くしならせ反動をつけてから運動エネルギーを乗せるだけ乗せ振るわれた触手大鎌が別方向からそれぞれケントに襲いかかる。ビュオと風切音をたてながら迫りくる二つの大鎌には触手短剣を辛うじていなし防いでいたケントもダメージを覚悟するレベルの攻撃だ。
「ケント、左は任せて下さい!」
チグサからの声に即座に反応し、向かって右側から迫ってた大鎌に集中し少しだけ盾を引いた後押出して<シールドバッシュ>を当てにいく。
ガゴッ!!! ギャリッギィィィイイインッ!!!
二つの音が響いたのはほぼ同時。ケントが立てで右からの大鎌を弾き飛ばすと同時に、ケントの左側から迫っていた大鎌にチグサは刀の峰に手を押し当てながら斬り結び、刃と刃がぶつかり鬩ぎ合って不快な金属音をたてたのだ。
「……ぐっ!重い!!」
刀越しに伝わってくる相手の力にチグサの足が後ろへと押される。インパクトの衝撃そのものはうまく逸らせたものの、伸ばされた触手のどこからそのような力が出せるのか不思議なほどにグググッと押されているのだ。ケントもまた肩を押し当てて盾を支えているような状態で合成魔獣化したナイトハウンドの恐ろしい膂力にどうにか対抗するのに必死な状態にある。
そのケントの陰から飛び出しチグサとケントの間を縫うようにしてナイトハウンドの右側面を狙うが増えた前脚によって器用に攻撃を防御されそして反撃もしてくる。
ボクと同時に逆側へと飛び出したセトは三本の投げナイフを連投して相手の前脚を防御に使わせると、近くにいる者の視界を瞬間的に強烈な光を発生させて奪う光属性初級魔法<閃光>を使用して一時的に左側のダイアーウルフの頭部とナイトハウンドの視界を奪うことに成功した。味方もいる距離での使用ではあるが、ケントは盾の影にいて直接<閃光>の光を目にしていないし反対側にいるボクとチグサもナイトハウンドの身体の陰にいるので影響はほとんどない。
「<獣迅脚>!からの~<八卦双極掌>!!」
<閃光>の効果が出た瞬間にケントの股下をスライディングして抜けたシキはその勢いのままナイトハウンドの顎を下から蹴り上げ、打ち上げられた喉元に向けて<八卦双極掌>を追撃として打ち込んだ。
ボギィッと肉と骨が持っていかれた音が鳴りナイトハウンドの頸部は折られて頭部が垂れ下がる。
「こういうのは俺の柄じゃァねぇんだがナ!オラァッ!!!<強打>!!」
シキとほぼ同じタイミングでセトに続いてモーリィが左側に生えたダイアーウルフの頭部にむけ、ドタドタと勢いをつけて振りかぶったモーリィの強烈な一撃がクリーンヒットすると、額がぱっくり割れ舌をだらんと垂らし左側のダイアーウルフの頭部は沈黙した。
頭部を二つ潰されてもなおナイトハウンドの身体は攻撃する事を辞めず、チグサと鬩ぎ合っていた大鎌触手を勢いよく収縮させて振り払うとセラの背中に向けて射出されるかのように放たれた。
「樹槍・防陣!」
背中に迫る大鎌に対し、セラは得物の森羅晩鐘に魔力を込めて石突きを地面にコンと打ち付けると、セラを中心に足元に魔法陣が発生しそこから樹槍が出現して大鎌を弾き返すと役目を終えたかのように綺麗に消えた。
打上げられた大鎌とセラの身を守った樹槍の消滅を確認したチグサが両の手で顔の横に刀を刃を上側にして構え、まだ残っているダイアーウルフの頭部へ向け突進してくる。短めに柄を持ち二本の右前脚に向け大きく薙ぎ払いながらチグサの為のコースを開けると飛び込むようにしてチグサの刀による鋭い刺突がダイアーウルフの鼻先から頭部へ貫いた。
「<糸通し>!」
正確無比に鼻先から穿たれた一撃は既に一度死んだダイアーウルフの脳へと直撃し、更にそこから額部分を斬り開けるように刀身が振り上げられた。狼類の頭部の骨格は鼻の部分が空洞になっており、その中心線から額にかけて溝の様に筋が入っている。チグサのこの技は狼の頭部の骨格でも知らなければできない攻撃だ。パカっと額が割れたダイアーウルフは脳漿を撒き散らしながら首を垂らして無力化された。
だがそれでも敵は前脚と大鎌触手での攻撃の手を休めはしない。中に潜りこんでいるハリガネムシモンスターが核となっているのだ。
すぐさまダイアーウルフの頭部を破壊したチグサとモーリィに向けて大鎌触手が襲い掛かるが二人はギリギリのタイミングで大鎌を避け、そこを狙って地面に縫い留めるように森羅晩鐘を振るって床に縫い付けることに成功。モーリィの方はセトがダガー系一時拘束スキルである<影縫い>で縛ることに成功していた。
攻撃手段を着実に一つずつ潰されていくナイトハウンド合成魔獣だが前脚での攻撃の手は止まらず、ケントがダメ押しにシールドバッシュで"気絶"効果を付与して即座にシールドスマイトでノックバックさせるが触手を地面に縫い付けている為いつもの半分程度しか距離を離せなかった。だがそれで十分だ。
「<麻痺雷>!」
「<身体拘束>」
予め詠唱を済ませておいたリツとクロさんの魔法が直撃し今度こそナイトハウンド合成魔獣の動きが止まる。
「―――集い、纏まれ、一筋の焔!盛る炎よ、我が敵を穿て!<焔穿>!!」
絶好の機会を逃さずマリーが最大火力の魔法を放つ。
周囲を緋色に染める灼熱の一閃はナイトハウンドの頭部を貫き、体内を融解させながら尻尾の付け根あたりから突き抜け消滅。内部に寄生し操っていたハリガネムシの様なモンスターも流石にこの一撃を凌ぐ事など不可能だろう。
その証拠に合成魔獣の身体は魔晶核を残し、内部から焼いていた火の粉と光の粒子を撒き散らしつつ消滅していった。
気付けば11万アクセス達成。緩々と続いていますが有り難い事です。
「キメラハザード」・・・ユニゾンInc.と双璧を成していた大手ソフト開発企業"カプリコ"がリリースした近未来Fpsゲーム。ネットゲームとしてではなくコンシューマーゲームとしてリリースされた全三部作のゲーム。
ナイトハウンド達が合体して融合する様は文中オマージュで当て字している某映画を見て頂ければと思います。名作ですヨ。
次回投稿は水曜日当たりの予定ですが、多少前後するかもしれません。
良ければ評価を入れていただけるとモチベに繋がるのでよろしくお願いします。




