【 閑話 Ep.01 ファーストナイト 】
【Ep.2-005】と【Ep2-006】の間の話となります。
皆で団結した後、男女に分かれてそれぞれの部屋へと戻った。男部屋へはケント、チグサ、シキ、ベネデクト、セト、モーリィの6人が。女部屋へはセラ、シオン、マリー、クロさんに、男部屋からあぶれたリツの5人という形で分かれている。
それぞれ騒動後の食後という事もあり、部屋に戻るなり装備品はインベントリに収納してラフな格好でベッドへダイブしているのだが、そのまま寝ようとしたセラへシオンが声を掛ける。
「ねぇセラー、お風呂使いたいからお湯だしてー。」
「えぇー、ボクだってクッタクタなんだけど?それに加熱石があるんだからそれ使ってお湯沸かせばいいじゃん。」
「それこそやだよ。お湯は沸かせるけど水は下から汲んでこなきゃいけないんだよ?そんな重労働を女の子にさせる気?」
「ざーんねーん、今はボクも女の子ですー!大体そんな重いなら隣の男部屋に頼みに行けばいいじゃんかー。」
「あんた馬鹿じゃないの!そんなこと頼んだら部屋に男どもが入ってくるじゃない?!」
「えぇー……。」
「じゃあほら、あたしが髪や肌の手入れの仕方教えてあげるから、ね?それにそのまま寝たらその自慢の可愛さもドンドン目減りするかもよ?」
「むぅ~~……。わかった。」
肌の手入れなんて元々は男のセラにはあまり縁のあるものではなく、ましてや髪の手入れに関してもそこまで詳しいわけではない。ファッションに敏感な男であったならばそのあたりの知識はあったのかもしれないが、基本的に仕事から帰ってからは自宅で過ごすタイプのインドア派であった為それらの知識には疎く、女になってしまった以上その辺りも気に掛けねば自慢の可愛さを維持できないとなると、シオンの提示した条件は悪いものには思えなかった。
ベッドから起き上がり、部屋に備え付けのこじんまりとしたバスルームに入る。
備え付けの風呂はよくあるユニットバスタイプのものに近い間取りをしていて、大人一人で使う事を前提に設計されているのがわかる。
「<温水>。」
バスタブに向けて生活魔法の<温水>を使用して程よい温度の温水を注いでいく。これが現実世界であれば、お風呂に入れるまでそれなりの時間がかかるものだが、流石魔法と言うべきか放出する水量も個人のキャパシティに余裕があるだけ多く注げるので僅か1分程度でバスタブに丁度良い量の湯がはられた。
「お風呂できたよー。」
「ん、りょうかーい。んっしょっと……。」
バスルームから出てシオンに声を掛けると、返事と共にその場で衣服を脱ぎはじめ、自身のベッドへ綺麗に畳んで置くとおもむろに近付いてきてセラの衣服も脱がそうと手をかけてきた。
「ちょちょちょちょちょちょちょっと?!」
「ん?何焦ってるの?」
「い、い、いや、なんでボクまで脱がそうとしてるの?!ていうか少しは隠しなよ!?」
「あはは、女同士だしこれから先は長いのに隠すも何もないっしょ。それにさっき言ったでしょ?手入れの仕方教えるって。」
「え、あれ今やるの?いやそれよりなんで一緒に入る流れになってるの?!」
「えーい、見苦しいぞ~!早く脱げーっ!マリ姐、クロさん!!」
「なっ?!マリー!クロさん?!」
シオンの呼び掛けにニコニコ顔のマリーと、些か顔が紅潮して呼吸が早くなっているクロさんがボクを捕まえて3人がかりで衣服を脱がされる。
こうなってしまっては最早抵抗は無意味だ。シオンだけならまだしもマリーを怒らせるのはボクでも怖いし、クロさんは目つきと手つきが大分危険な香りがしている。周りに味方がいない以上まな板の上の鯉って状態で大人しくするしかなかった。女同士って案外えげつない……。
「……3人がかりとか酷くない?!」
「うだうだ言ってるセラが悪いんやろ~。うちらも入りたいんやから早よ入って教えてもらっておいで。」
「今回はシオンさんにお譲りしますが、次は私ですよ……。」
「ほら、後がつっかえてるんだから早く済ませよう?」
何かクロさんの小さな声がとても不穏当な事を言ってた気がするが、ボクは何も聞いてない聞いてない聞いてないと繰り返し自己暗示をかけながら、シオンに手を引かれてバスルームに入る。
狭いバスタブに2人で入り、背中にシオンの柔らか存在を感じながら髪の手入れの仕方や肌の手入れの仕方を教わる。
悪戯心が見え隠れしていた部屋の中とは違って、バスルームの中でのシオンは妹に手解きする姉の様な感じで優しくわかりやすく丁寧に説明してくれた。このあたりは理系に進んでいたシオン元来の性格からくるものなんだろうか。
「どう?今ので大体わかったかな?」
「うん、わかりやすかったよ。」
「尻尾もさっきの手入れの仕方で大丈夫だと思うけど、くれぐれも濡れっぱなしで放置するのはダメだからね?」
「うん。」
ポチャン……。バスタブの水面に落ちた水滴が暫しの静寂に終わりを告げて波紋を広げていく。
「ふふ……。」
「どうしたの?」
「んー?あぁ、なんかこうしてると本当に妹が出来たみたいな感じがするなーって。元の中味はどう考えても年上のおっさんで凶悪な性格してる悪魔みたいな人なのにねー。」
「おっさん言うな。それにもうこの姿がこれからのボクなんだし。……戻れるなら戻るかって聞かれたらボクは戻らないけどさ。」
「性格は否定しないんだ?でもま、そうだね。私も戻れるなら戻るかって聞かれたら即答は出来ないけど、きっとみんなと一緒にいる事を選ぶかな。」
「……シオンには未練とかないの?」
「無いわけじゃないけどさ……理系に進学したのは単純に興味のあった物を研究したかったからなんだよね。だけどさ、こっちの世界はそれ以上に興味を惹かれる魔法や生き物が存在してるんだよ?どうせ生きて最後に死ぬなら、やりたい事やって楽しんで笑って、そうやって生き抜いて死にたいじゃん?どっちが後悔ないかなって考えたら私はこっちの世界だったってだけだよ。」
「そっか……。そうだよね。やりたい事やって、泣いて笑って怒って……さっきボクが言った台詞だもんね。」
「そーそー。だからセラも今までみたいにえっらそーに踏ん反り返って、好きな事して楽しめばいいんだよ。そっちのほうがセラらしいよ。」
「……いい感じの事話しながら胸揉むのやめてもらっていい?」
「テヘペロ!」
「あんたらそろそろ出ぇやー。うちら待ってるの忘れてへんやろなー?」
「「!?」」
「そろそろ出よう。マリー怒らせると怖いし。」
「そ、そうだね。マリ姐は怒らせたらダメだしね。」
部屋からのマリーの呼び掛けにそそくさとバスタブから上がって体を拭く。汚れたお湯は一旦排出して、シオンに体を拭かれながらボクは再度お湯をバスタブに注いだ。
「お待たせ!」
体にタオルを巻きつけ、部屋に戻って声をかける。
「クロさん先に入っといで。」
「宜しいのですか?」
「ええねんええねん。うちは今からセラの毛の手入れで<乾風>使って乾かしたらなあかんし。」
「そうですか。ではお言葉に甘えて先に失礼しますね。」
ハラリと衣服をはだけたクロさんの体は慎ましながらもとても綺麗で、エルフの美しさを惜しみなく曝け出してバスルームへと入っていった。
一方、マリーは風の生活魔法である<乾風>を使用してセラの半乾きの髪と尻尾を乾かしていく。マリーの魔法適正は火属性ではあるが、生活魔法レベルのものなら魔法職のマリーには造作もなく扱う事ができる。ただ、その精度は適正持ちには及ばないが。
「やっぱりエルフは絵になるわね……。」
「女になったって言うのにドキッとしたよ、ボクは。」
「アホ言ってへんで2人とも早よこっちおいで。」
「あ、うん。」
「はーい。」
マリーに生活魔法の<乾風>で髪と尻尾を乾かしてもらいながらシオンに毛の手入れの実践をされる。ドライヤーと比較するのもどうかと思うけど、二人掛かりで手入れされるのは中々に心地が良くうつらうつらとしてしまう。
部屋に風属性適性持ちのリツは居るのだが、一応男性化したという事で布団をかぶって此方を見ないように気を使っているので女性陣のバスタイムが終わるまでは地蔵になっている。あれはあれで辛いんじゃないだろうかと思ったけど、よくよく耳を澄ませてみると微かな寝息を立てていて寝ている。
そうこうしていると、ガチャっと音が鳴りバスルームからクロさんが出てくる。風呂上がりの湯気を身体から立たせながら歩く様はやはり綺麗だ。
「クロさんもこっち来て髪乾かそ。セラはその間にお湯張り直してきて。」
「ん、わかった。」
眠気の影響で少しゆっくりとお湯を張り直して部屋に戻ると、クロさんの白緑色の髪は綺麗に乾かされ、ふわふわさらさらと部屋の空気に流されている。
白い肌と白緑色の長い髪に見惚れていると此方の視線に気づいたクロさんがやんわりと微笑みかけてきてその仕草に思わずドキッとした。
「何か私の顔についてますか?」
「あっ、いや。何でもないよ!」
「……?そうですか?」
「ほな、うちが次入ってくるなー。」
そう言ってマリーがバスルームへと入ったのを確認すると、隣に腰掛けたクロさんがブラシを片手にボクの尻尾をブラッシングしはじめてきた。
シオンとマリーの二人掛かりでの手入れも気持ちが良かったけど、クロさんの柔らかい手入れもそれに劣らず心地よく、先程まで二人掛かりで手入れされている時から襲ってきていた寄せては引いていく漣の様な睡魔に抵抗する事が難しくなり、尚も続く優しい尻尾の手入れにいつしかセラの意識は途切れて静かに寝息を立て始めた。
「あら?」
「どうしたのクロさん?」
「どうやらお眠りになられたみたいです。」
「あー、これはもうぐっすりと寝てるね。……こうやって見てるとあたしより年下の可愛い女の子にしか見えないね。」
「今日のこの事態ですから色々背負い込み過ぎて疲れたのかも知れません。その少しでも私も負担できれば良いのですが……。」
「そうだね。あたしは泣いてスッキリした部分あるけど、セラは自分だけじゃなくてみんなの身の安全とかこれからの事とか、言わないだけでいっぱい考えているんだろうね。勿論あたし達も考えてないわけじゃないけどさ、これまでだってそうだった様にきっと色んな想像働かせて色んな想定して……あたしも少しでも力になりたいな。」
寝息を立てるセラを起こさぬ様、優しい手付きでブラシをかけながら、その無垢な寝顔を見つめて二人は語り合う。
「は~~、えぇ湯やったぁ~。やっぱお風呂は心の洗濯やなぁ。」
二人が優しげな笑みを浮かべてセラの寝顔を見つめていると、ガチャと音がしてバスルームからマリーが出てきた。
「ん?なんや、セラ寝てもうたんか。」
「ええ。気疲れとブラッシングの気持ち良さで寝てしまわれたみたいです。」
「まぁ色々勝手に背負い込む性格してるもんなぁセラは。オフの時だって何処かしら緊張の糸って言うんかな、なんや常に気ぃ張ってた感あったし、うちらにはまだまだ言えん事もぎょーさんあるんやろなぁ。」
「もう少し心の扉開いてくれてもいいとは思うんだけどね。」
「きっと何かしら言い辛い事もあるのでしょう。それに、こうして膝枕で寝落ちする姿が見れるんですからある程度私達には気を許していると思いますよ。」
「せやな。姿と性別まで変わった事で、セラの中で何か変わってうちらにももっと素直になってくれたらええな。」
優しげな表情でセラを見つめる三人の眼差しを受けるセラは、そんな会話が交わされているとは一切気付かぬまま静かに、健やかに寝息を立て続けるのであった。
更新再開でございます。
本年も緩くお付き合い頂ければ幸いです。




