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90.闘都

 リィンさんから指導を受けた日から、週末はリィンさんにボコられ――訓練をつけてもらっている。

 平日の放課後はベアトリーチェさんからの指導に加えシオン先輩達との学園対抗戦に向けた連携訓練。

 休日には不労所得のために喫茶アステールとトルネ商会へ顔を出して新メニューの開発、店舗運営改善の打合せ等もある。


 そんなこんなで、やっと迷宮に潜れたと思っても精々二十階層程度までしか潜れず、あれ以降四十階層へは行けていない状態であった。

 まぁ迷宮に行くのは経験値稼ぎと実践訓練を積むためだったので、リィンさんとの訓練で白気と闘気の実践訓練を積めているから特に問題はないのだが。

 むしろ【剣聖】に剣の稽古をつけてもらえるなんてあまりにも貴重であるため、そちらを優先することにした。


 そして、より一層忙しい日々を送っているうちに、いつのまにか学園対抗戦に近づいてきてしまっていた。



 学園対抗戦は、セントラルから馬車で三時間程度の場所にある闘都『ドミネウス』にて開催される。

 ドミネウスにはドミネウス闘技場という国内最大の円形闘技場があり、普段はそこで闘技会が行われているそうだ。


 普段は七割埋まれば多い方と言われる席が、学園対抗戦の時はほとんど全席埋まってしまうらしい。

 五大学校の生徒達に加えその親族や王侯貴族なども観戦に来るというし、ドミネウスの商店や宿屋はボロ儲けである。


 実は学園対抗戦までにドミネウスに喫茶の支店をつくるかとトルネさんに打診はされていたのだが……

 十分な社員教育を施す時間がないし、学園対抗戦以外の時期は剣闘士などの荒くれ者が多い都市なのでスタッフの安全も心配である。

 この世界では賃金さえ払えば何でもやらせて良いと言った黒い風潮があるようだが、少なくとも僕が経営する店はそんな非効率的なことはしたくないしね。

 そんなことばっかりしてるからこの国では売上の持ち逃げとかが頻発するの、なんで分からないのかなぁ。



 ガタゴトと揺れる馬車の中でそんなことを考えていると、隣からオェッという不吉な音が聞こえてきた。

 直視したくない現実に向き合ながら、僕は隣の様子をうかがった。


「……ムスケル、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫であるウッ……」


 真っ青な顔をしたムスケルから、可能な限り距離をとる僕とランスロット。

 なんならもう馬車から出て自分で走って行きたいくらいである。

 馬車移動も冒険者の訓練の一つだと言われており、それが許されないことがとても恨めしい。


「しっかしムスケルが馬車が駄目だとは…… 全く人は見かけによらねぇもんだな」

「まぁ体質の問題もありますからね。本当にきつければ気絶させましょうか?」


 僕がそう言って手刀を掲げると、ムスケルは首を横に振った。


「遠慮しておくのである…… この程度耐えられぬようでは我が筋肉が泣――ッ」


 ムスケルは力なくマッスルポーズを取ると同時に、アレを放出した。

 ランスロットがムスケルの顔を窓に突っ込んだお陰で車内は無事であったが、臭いは消えず僕とランスロットも貰いそうになるのを必死に堪え、ギリギリのところでなんとかドミネウスに到着したのであった。



 真っ青な顔で宿に直行したムスケルを除き、一年Sクラスのメンバーで大通りを練り歩きはじめると、隣でエアさんがクスクスと笑っていた。


「ムスケルにあんな弱点があったなんてね」


 笑い事ではないと僕とランスロットは苦笑するしかなかったが、別の馬車であった女性陣にとってはそれがまた面白かったようだ。


「シリウスをここまで弱らせるなんて流石ムスケル」


 ロゼさんも心なしかちょっとだけニヤついているように見える。貴重だ。


「はう…… 酔い止めポーションを最初にお渡ししておけば良かったですね…… ごめんなさい……」

「アリアさん、帰りはお願いします……」

「はい! 私の酔い止めポーションは効くって評判なので、任せて下さい!」


 アリアさんのあまりの女神っぷりに、僕とランスロットは彼女の後ろに後光が見えたのは言うまでもない。



 ドミネウスは闘技会で戦う剣闘士が多く居住している都である。

 そのため屋台も肉系が非常に多く、しかも肉の種類も豊富であり歩き食いがものすごく捗る場所であった。

 ムスケルが居たら喜んで大量の肉を頬張っていただろうに、お土産にいくつか買っていってあげようかな。


 安定した旨さのマッドブルの串焼きを食べ終えて次は何を食べようかなと思っていると、突然背後から凄まじい衝撃を受けて吹っ飛んだ。


「ウグボヘッ!?」


 顔面を地面にぶつけて涙目になりながら首をひねると、ふわふわとしたミルクティー色の髪が目に入った。

 どうやら腰に一人の少女が引っ付いているようだ。


「シリウス君!!!! シリウス君シリウスくんしりうすくぅん!! 本物のシリウス君だ!! スーハースーハー……」


 こ、これは一体…… なんとか立ち上がろうとするも、凄まじい膂力で抱きつかれており起き上がることができない。

 あれだけ鍛えた僕が押さえつけられるほどの力……だと……?


「ちょ、ちょっとあなた! 何やってるの!?」


 一拍遅れてエアさんが駆け寄ってきて少女を引き剥がそうとするも、少女はびくともしなかった。

 皆が呆気にとられていると、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。


「ちょっと待ちなさいよぉぉ!! ってララ!! あんた何やってんの!?」


 首をひねってそちらを向くと、金髪ツインテールの少女が目を見開いてこちらを見ていた。


「あらあら~」


 更にその後ろから同じ服を着た大人っぽい雰囲気を纏った女性も口に手を当てながら近づいてきていた。

 流石にこの状況は辛すぎる… そう思い、僕は少女(ララちゃん)の頭をなでた。


「ララちゃん、久しぶり。そろそろどいてくれないかな……?」

「しりうすくん…… ッ!? シ、シリウス君!? ご、ごめんね!!」


 ララちゃんは正気に戻ったのか、顔を真っ赤にして僕から飛び退いた。

 僕が起き上がりつつ地面に擦った頬をさすると、ララちゃんは焦った様子で駆け寄ってきた。


「シリウス君、ごめんね…… 今治すから。 彼の者に癒やしを『治癒(ヒール)』」


 ララちゃんが短く詠唱をすると、柔らかな光が僕を包み込み、頬の痛みが引いていった。

 それを見て、後ろでロゼさんが小さく息を呑む気配を感じた。


「ちょっとララ! あんたいきなり走り出したかと思ったら何やってんの!?」


 金髪ツインテロリっ子がララちゃんの首根っこを掴んで凄んでいる。

 後ろにいる女性は柔らかに微笑みながらそれを見守っていた。


「うぅ…… だってシリウス君の気配がしたんだもん……」

「なにそれ意味わかんない!」

「うふふ、ララちゃんはやっぱり面白い子ね~」


 ララちゃんの後に来た二人もララちゃんと同じゆったりとしたワンピースを着ており、同じ学校に所属している生徒たちであることがうかがえた。

 ララちゃんが通っているヴェステン癒術学校の同級生と先輩といったところだろう。

 それにしても、この女性の魔力…… これは……

 ロゼさんも気づいたようで、こちらをチラチラとうかがっている。


「ちょ、ちょっとシリウス、どうなってんのか説明してよ」


 エアさんが隣で僕に小さな声でそういった瞬間、ララちゃんの方向から何か鋭い気配を感じ取った気がした。本当に一瞬だったがなんだったんだろう、気のせいだろうか…… あんなにニコニコしているララちゃんから殺気が飛んでくるはずもないし気のせいだろう。


「皆、この子はララちゃん、僕と同郷の幼馴染の子なんだ。ララちゃん、こちらは僕と同じクラスの友達だよ。えーっと、そちらは……」


 ララちゃんの隣の二人に目をやると、大人っぽい女性が話し始めた。


「あなたが噂のシリウスくんね。私はセシリア、ララちゃんの先輩といったところかしら~」

「わ、私はララと同級生のキノって言います!」


 二人の自己紹介を皮切りに、皆で自己紹介大会となった。

 ちなみに《《噂》》がどんな内容なのか非常に気になりつつも、そこに踏み込む勇気はなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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