初戦闘・ビックベアー
俺は、悲鳴が聞こえた方へと全力で走った。これでも俺は中学校では陸上部だったんだ。足の速さは自信がある。しばらく走るとバキバキという木が折れる音が前から聞こえてきた。かなり近い……いや、近づいて来ている。
俺が走る方向とは逆に俺より少し背の低い、同じ森神高校の制服を着た女の子が走ってきて俺の横を通り抜けて行った。女の子は同じ制服に気がついたのか振り返って『逃げて!』と叫んだが、既に焦げ茶色の塊が俺の目の前に迫っていた。
間一髪、横に飛び退きソレをかわしたが焦げ茶色の塊は女の子を追いかけ続ける。走るのをやめようとしない。
「ヴォォォ!」
焦げ茶色の塊は咆哮し、女の子に突進する。が、かわされたようで木に直撃し止まった。俺の目に、塊の名前が現れた。
【ビックベアー】Lv3
ビックベアー……熊だったようだ。しかしどう見ても四足歩行の時点で縦に3mはあり、とてつもなくデカイ。目の部分は長い毛で覆われて、どこが顔かよく分からない。
「大丈夫か!」
「は、はい!大丈夫です!」
熊がまた突進を始める前にサラと合流して倒さないと、コイツにまた追いかけまわされる可能性がある。武器は石か、木の枝位しかない。サラが来るまでなんとか持ちこたえなければ。しかし……何故名前が現れる?ここはまさか日本ではなくゲームの世界……?
女の子が俺の方へ走り寄ってきた。
「怪我してませんか?」
「大丈夫だ」
ビックベアーがゆっくりとこちらに向く。前足で砂をかいている所をみるとまた突進するつもりのようだ。
適当な大きさの石を持ってヤツの目の前まで走り、全力でジャンプして右手に持った石を頭に叩きつけてやった。そこまでは良かった。
石を掴んだ右手は、ヤツの頭にしっかりめり込んで抜けなくなったのだ。
どうやらコイツはほとんど毛らしい。腕が肘までめり込んでしまうくらいだ。コイツの目が見当たらないのもうなずける。
なんとか抜こうと抵抗するがそのままビックベアーは走り出した。
このままでは木とコイツの頭でサンドイッチだ。どんどんスピードが上がっていって、もうダメだと思ったが。
「させないッ!」
俺の背中が木に叩きつけられるよりも先に爆音が響き木がへし折れた。俺は唖然としてしまった。見間違いでなければ女の子が木に手をかざし、蒼白い弾を発射して木をへし折ったように見えた。あれはなんだ?
音に驚いたのかビックベアーは突進をやめて、狼狽えている。今度はビックベアーに向かいさっきのを撃とうとする。
しかし、女の子の掌には何も現れない。連発出来ないのだろう。それが分かったのかビックベアーは腕で彼女を薙ぎ払おうと右腕を上げた。いつまでもハマっている場合ではない。
しかしいくらやっても抜けはしない。
腕が振り下ろされ、当たる寸前に血しぶきが飛ぶ。タイミングよく、やって来たサラが腕に剣を突き立てて止めたのだ。
「何マヌケな事やってんの隼輝!」
「サラ、ナイスタイミング!抜けねぇんだよ毛が絡まって!」
「ったく、これ使え!」
サラが剣を投げ渡してくれた。ショートソードの項目が現れ、装備する。利き手である右手にショートソードが自動で移り、目の前に新たなウインドウが現れ、力が全身に漲った。
職業──戦士の効果による能力向上!
攻撃力・防御力・俊敏・命中精度が10%上昇。
剣スキル:パワースラッシュを習得しました。
スキル習得により、称号見習い剣士を獲得。
称号による能力向上!
攻撃力が1.5%上昇!
右腕に力を込めて毛を引きちぎって脱出する。今ならコイツを一撃でも片付けられそうな気がするのだ。剣を真っ直ぐ構え、力いっぱい振り上げた。
「行くぞ……剣スキル、パワースラッシュ!」
パワースラッシュの効果は絶大だった。剣を振り下ろすと斬撃のエネルギーのような物が飛んで行きビックベアーの毛が細切れになり、全体の毛がなくなって一回り程小さくなったように見える。
「……あ、あれ?毛だけ?」
「ヴ……ヴォォン!」
恥ずかしいみたいなポーズをとって、ビックベアーは走り去って行った。全身が気だるいのはパワースラッシュの代償だろうか。
サラと女の子が近寄ってくる。
「お、おい……今のって……」
「職業が戦士……だってさ。さっき出たんだ」
「あの、私はヒーラーらしいです」
女の子が申し訳無さそうに手を挙げて言う。ヒーラー……回復役という事だろう。俺に手をかざして「ヒール」と、唱えると緑の光を当ててくれた。疲れが取れていく。なるほど、こりゃ確かにヒーラーだ。そういえば、名前を聞いていなかった。俺とサラが自己紹介をした後、女の子が答えた。
「私は川崎愛と言います。森神高校の1年生です」
1年下か……俺達以外にも紛れ込んだ人が居ることが知れて良かった。もしかしたら、他にも探せばいるかもしれない。
サラが徐にビックベアーの毛を集めていた。何をしているのだろうか。
「木材もあるな……レシピは……」
1人でブツブツ言っているかと思えば、毛や折れた木々を集めた物を一箇所に固めて置いて、「レシピ、ウッドメット」と、唱えるとあっという間にヘルメットのような物が完成し、また、余り物でショートソードの鞘を作ってしまった。
「ほら、戦えるなら隼輝が使えよ」
ウッドメット(河端サラ作)
防御+10
サラはなんの職業なのだろうか。こんなに早く物が作れるとは……かなり精巧な造りになっている。まるで機械で作ったかのようだ。
「私は生産。戦えない訳じゃ無いけど攻撃力が低いのは職のせいらしい」
なるほど、生産職か。ゲームはやった事あるが頭に無かった。とはいえ、戦えそうなのは今の所俺と川崎さんだけだろう。さっきのあの蒼白い弾がまた撃てれば戦力に数えられる。
「とにかく、さっさとあの村に向かうぞ」
サラが歩き出したので、俺はウッドメットを装備して、ついて行った。
2016/5/3一部修正しました。