序章 2 始まりはクエストとともに
次回から本編です。
「痛いではないか」
涙目になりながら睨み付ける。
「教育的指導です。けして体罰ではありません」
「……これはもしや下克上?前々から怪しいと思っていたが、よもや我を亡き者に?!おぬしがその気なら、我にも考えがあるぞ。我が世の平穏のため、滅びるがいい!!」
ばこん。
間抜けな音がして、さらに激痛がやってきた。
剣を抜いてもいない(今は帯剣していない)し、呪文の詠唱にも入っていない(この執事の攻撃範囲内にいるため、今長々と詠唱に入ったら確実にやられる)のに執事は鉄拳で黙らせることにしたらしい。
しかし素早い。
執事がいつ拳を振り上げたかまるで見えなかった。
さすがは『閃光』の二つ名を持つだけはある。
だが主を殴るのは如何なものかと。
魔王城でなかったら解雇されているぞ。普通。
「いいのです。許可をもらっているのですから」
執事はまた我の心を読んだのか、そう言った。
まあ、配下の者たち曰く、我が分かりやすいそうなのだが。
我は『ぽぉかぁふぇいす』とかいうやつが苦手なのだから仕方がない。
「許可とは?」
「先代魔王様からです。『あの子が馬鹿やったら止めなさい』的なことを」
執事が言葉を濁した。珍しい。
たぶん本当はもっと口汚く、高圧的に言われたのであろう。あの人は本っっ当に自由な人であったからな。
ぽんと我を玉座に据えたのが3年前。
我は確かに魔王の子であったが、後継者としては指名されてなかった。漠然とだが、従兄弟あたりが王位を継ぐと思ってた。それにまだまだ魔王は若く、力があった。
最近はだいぶ混血が進んで純血の魔族は少なくなったが、前魔王は純血で760歳。人間で言うと大体36歳ぐらいに当たる。
働き盛りにいきなり「飽きた」と爆弾発言してからは早かった。
先ほどは我を玉座に据えたといったが、本当は放り出していったのだ。極秘事項なのだが。
確かに(いきなり)指名されたし、(無理やり)王冠も受け取ったし、(ごり押しで)承認もされたが、力と王のみに伝わる使命を授けなかった。
そして謎の一言を残し、消えた。
「我は!今こそ!真実の愛を!探しにいく!!」
……あれが最後の言葉になったら、いくら実の子とはいえ、厭だ。
おっと。先代のことを考えていたら思考が逸れた。
我が子を案じ?執事に託していったのか。?なぜ執事?
家令か宰相のほうが適任では?本当に案じているのか?我、本日2回叩かれてるのだが。
「先代様は私のほうが教育係として相応しいとお考えになられたのでしょう。さすがは先代様。見る目が違います」
ふむ。
また思考が口から漏れたか。
それにしてもおぬし。遠まわしに自分を褒めるな。
我は溜息をつきつつ、ようやく不発で終わった罠の回収に入った。
今度はもっと上手くやらねば。
Side B
「今度はもっと上手くやらねば」
まだやる気か。
「落とし穴は失敗だったな。今度は扉にバケツでもつるすか?いや待て。それでは確実にクライスにあてられるかが……。時間帯を考慮すれば可能か?」
だから、何故、そこで、俺を狙う?!
もう一発殴っておこうか。
主は少し暗い目をしつつ、クッションをソファとベッドに戻していた。
大体、入り口が2つある部屋で片一方にだけロープを張っていたら成功する確率は半分。
主はそこまでお馬鹿ではないはずですが……。
と言うより、『魔王』の肩書きに反してかなり真面目なのです。悪戯などしたこともないはず。
頭の悪そうな罠を仕掛けてはいるが、主は本来かなり出来が良い。この間隠したあったテストもほぼ満点でした。
?何で隠してたんでしょう?
普通隠すのは悪い点の時では?
この主は微妙に一般的思考からずれている。
後継者としての教育など一切受けていない状態で魔王の座を譲り受けて3年。
手探り状態で(宰相など優秀な補佐があったとは言え)たいした混乱もなくこの国を統治している。
元々の素質はかなりのものだろう。
世間一般からの『魔王』のイメージからは外れるだろうが、よい統治者なのだ。
いや、性格だけではなく、見た目も今は『魔王』らしくないか?
敵対国側に知られると厄介ですね。
もっとも向こうの人間がこの魔王国、グランバルト国に来ることもないのですが。強大な魔力を擁し、独自の技術を持つこの軍事大国と一戦交えようなどと言う馬鹿は早々いない。
まあ自分のような『例外』もありますが。
思えば私も遠くへ来たものです。
主は椅子を戻して後始末を終えたようです。
本当にこんなところは『魔王らしく』ない。
片付けなど命じればメイドがやるものを。
先代様などはそれこそ魔王らしい魔王だった。
もしここにいたら、
「クライス。おぬしに仕事を与えてやろう」
などと言って(たとえ自分が散らかしたとしても)私に掃除させるだろう。それが私に対しての罠の後片付けだったとしても。
…主は誰に似たんでしょう?
主はおもむろに一冊の書物を取り出した。
『王家の薔薇』
……。
あれは確か、王とメイドの間に生まれた庶子である主人公のルーシアが、虐めを受けたり攫われたり恋愛したりしながら、次期女王として成長していく話だったような。
あの本はスォナ大陸で流行っていて、誤差はあるものの一冊800ページで現在12巻まで出ている。
このイシス大陸では手に入りにくい。
グランバルト国はイシス大陸では最大の面積を誇っているものの、全域ではない。大陸の西や南には人間の国家もあるのだ。この国にこの本が来るためにはまず人間たちの国家に輸入されてから、と言うことになる。スォナ大陸はグランバルトを敵国と定めているため、直接の貿易はないのだ。
その稀少本をなぜか苦悶の表情で眺める主。
?あれは2巻?
ルーシアが王宮での生活を始めるところか……。
王に子がいないため(本当は王子がいたが殺されている)、城に母娘共々呼び戻され王女としての教育を受ける内容だったはず。
「何!?持ち物を池に放り込む?!しかも宝物をか?!それで乙女を池さらいさせるとはなんと惨い……。クライスに宝物などあったか?いや待て。次の唯一の理解者を姦計を用いて引き離すというほうがダメージが大きいか?いやしかしクライスに心の友などと言うものがいるはずもない。魔王だからな。はっ。ロイで代用すれば上手くいけば共倒れに……」
そうだった。
2巻は第二王位継承者、第三王位継承者の叔父と従姉のロザリーから陰湿な虐めが行われるのだった。
私は遠慮なく主に3回目の攻撃を行いました。
私は悪くありません。
これも教育。
しかも『あの』ロイ・マックスと一緒に葬ろうなどとは。 天が赦しても私が赦しません。
「この年でよもや拳骨を食らおうとは」
嘆く主。
自分がこの国の最高権力者というところは気にしないんですかね?その気になれば不敬罪を適用できるのに。
「あなたはいったい何をしたいのですか」
私はすでに主から凶器『王家の薔薇』を取り上げてます。 主は私から本を取り返そうと果敢にジャンプしてますが、身長の差と言うものは惨いものです。かすりもしません。
主は顔を真っ赤に染め、悔しそうにこちらを見上げてくる。おや、いい表情です。
できれば絵に残しておきたいですね。
絵師がいればすぐさま命じるのですが。
今度念写の魔法(主に犯罪者の顔を的確に知るために発達した魔法。警備隊で取得しているものが多い)でも習っておきますか。
「返せ!おぬし卑怯だぞ!届かないではないか」
「届かないようにしているんです。だいたい貴方にこんな趣味ありましたか?どこから見つけてきたんですか。こんなラブロマンス本」
「??執務室に山ほどあるではないか」
先代様の趣味か。
何故執務室。
この城には魔王専用書庫があるのに。
「本棚に隠し棚があってそこにいっぱいあったぞ?」
執事になって早5年。
よもや執務室にそんな仕掛けがあろうとは。
だがこの主もまだあそこに入れるようになって3年のはず。
「良く気づきましたね」
溜息とともに言えば、
「城の図面と奥行きが違うのを知ってな。いろいろ家捜ししたのだ!」
この分だと隠し通路や隠し部屋もばれているのでしょう。 そのあたりは先代から教わってはいたが、執務室はノータッチだった。
わざとか。
先代様はそのぐらいやる。
「私が言いたいのは、何故趣味ではないことをしてまで悪戯をしているのかと言うことです。しかもこの私に」
主は目を泳がせた。
何故ばれている!?見たいな顔をしているが、ばれないわけがないだろう。
ことある毎に『クライス』の名前を出しているのだから。
「……おぬしなら罠にかかってもそうそう大怪我もしないだろう。さすがに我も無作為に悪戯をするのは避けたいし……」
「ほう。私ならば罠にかけてもいいと?」
冷気を纏わせつつ睨むと主は怯えながら弁解した。
「違う!違うぞ?!普段の恨みをここで晴らそうとか、我のおやつを食べた恨みを思い知れとか、おぬしなら別にいいかとか(ちょびっとしか)思ってないぞ?!おぬしの忍者としての類まれなる反射神経を考慮した結果、無難かと思ったのだ!おぬしならきっとこの程度の罠、回避できるに違いないと信じて!あわよくば、とか万に一つの可能性があればとか、我は考えてないぞ?!」
……魔王様。隠し事できませんね。
全部喋ってますよ?
主は私の蔑む視線に耐えられなくなったのか、ぽつりぽつりと語りだしました。
時々「この魔王め!」と言う台詞が入りますが無視です。無視。
主は私にご自身の左手に嵌められている腕輪を見せました。
「『まおくえ』」
なんだそれ。
反応を示さない私に溜息をつきつつ、
「正式名称『上級魔王育成クエスト~これであなたも魔王様!良く分かる!よい子のためのクエスト集666選』だ」
なんだそれ。
主が言うには魔王を受け継ぐ際先代が必ず次代に課題を残していくのだそうだ。主の場合がこの『まおくえ』。魔王力レベルを設定され、クリアしてレベルを上げないと魔王としての力が制限されたままなのだそうだ。
現在レベル1。
ちなみに先代の課題は『伴侶を得、子を生すこと』だったそうだ。数々の浮名を流してきた先代に先々代は手を焼いてきたのだろう。
先代が施した魔力が込められたのが、この腕輪。
腕輪がクエストの内容や成否を判定するのだそうだ。
それにしてもこの3年、主は課題があると言うことを一切口にしていない。
今になってようやく魔王レベルをあげる気になったのか。
「レベル99まで上げる気はない。15まででいいんだ」
「レベル15?『魅了』が目的ですか?いくらもてないからって魔法をかけるのは犯罪ですよ?」
魔族が使う魔法は俗に言う黒魔法だ。
破壊系が多いが心に働きかける魔法もあり、人間が持たない魔法が多い。
だがこの国でも魔法で心を変えさせるのは犯罪なのだ。
「違う!だいたい『魅了』はレベル5だ。主に対してもてないなどと……!真実は時に人を傷つけるのだぞ!?」
魔族の魔法と魔王の魔法は違う。
使役できる精霊と素質、魔力内包力が桁違いだからだ。
ゆえに魔王のレベルとは魔王だけが使える魔力のレベルなのだ。
それがどんな魔法なのかはほとんど知られていない。
私でも分かるのは1国を丸々吹き飛ばす、『隕石落とし』があるということだ。
これは歴史書にも載っているので全世界の人間が知っているだろう。
それにしても主は鎌かけにあっさりと引っかかって『魅了』がレベル5であることをばらしてしまったがいいのだろうか?
顔を真っ赤にして拗ねる主。
「では何の能力が欲しいのです?」
「召喚」
目がきらきらと輝きを放っている。
「レベル15だと知っているものや契約したものしか呼び出せないのだが、それで十分なのだ。先代が契約していた竜王の仔ヴァアルを呼びたいのだ。かのものとはもう3年会っておらぬ!我が友とはいえ、契約があるために自由に会うこともままならぬ。ゆえに気づいたのだ。召喚呪文さえ会得してしまえばいつでも会えるということに!我はヴァアルの真名を教えて貰っているのだし、不可能ではない!」
……ようやく前魔王の課題をやる気になったと思えば、「友達に会いたい」ですか。
「それであの罠ですか……」
「一番簡単そうだったのだ。さすがに『スォナ大陸聖教総本山に行き、聖遺物に火を放つ』は出来ない……」
……何考えているんだ前魔王。また聖魔戦争を起こす気か。
「ちなみに『足を引っ掛ける』は何回やればレベル15になるんですか?」
主は遠い目をしている。
「1万回」
諦めろ。
この魔王城にあの程度の罠にかかるものはいない。
主の『まおくえ』、正式名称『上級魔王育成クエスト~これであなたも魔王様!良く分かる!よい子のためのクエスト集666選』への挑戦はこうして始まった。
第13代魔王新暦3年風の月45日。
魔王様いまだレベル1。
まだ勇者でてません。




