序章 1 始まりは何気ない日常から。
拙いですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
「こんなところにおいでだったのですか?」
気配がない。相変わらず声だけが聞こえる。
さすが忍者!ではなく、執事。
彼曰く、「一流の執事とはいかなる景色にも溶け込める」らしい。
ん?ちょっと待て。景色に溶け込めても、気配すら感じさせないことに対しての説明になってない。
しかも彼は執事歴5年の26歳。
何世代にわたって仕え続けることもある名誉職、執事。たかだか5年で一流とは。前任のヨハンですら勤続240年。いったい誰が彼を『一流』の執事として認めたというのだろうか?素直に考えるのなら主である我であるのだろうが…。
「もちろんあなたですよ。我が主」
ふむ。
我か。
そういえばそんなことを認めたことがあったような…。
それにしても、さすが忍者!
「執事です」
謙遜せずともよいぞ。かの、東にあるという謎多き島国『陽の国』の上級職、忍者。その忍者が厳しい修行の末、会得するという『読心術』をこうもやすやすと使いこなすとは…。
「そんなスキルを会得した覚えはございません」
?先ほどから我の思考に対して受け答えをしているではないか。
前々から只者ではないと、ただの執事ではないと、いや、ただの人間ではないと、むしろ魔王なのではないかと思っていたのだ!
我が密かに隠していたおやつを見つけ、我が密かに隠したテストを見つけ、我が密かに隠していたヘソクリを見つけた!
まさかヘソクリを勝手に貯金されていたのに気づいたときは驚愕したぞ!
「こんな場所にちまちま貯めておくよりは、利子がついていいじゃないですか」
溜息をつくな!
ヘソクリはちまちま貯めるのが醍醐味なのだ!
「大体あなたはどうして何でもかんでも隠すのです?ここはあなたの城なのですよ?魔王陛下」
イシス大陸最北端にあるグランバルト国。
その第13代魔王、ゾルディアス13世。
それが我の名だ。
身にそぐわぬ、大それた名とは思う。
真の魔王は背後に居るしな。
「いいかげん背を向けて会話するのをやめていただけませんか?それに私は『真の魔王』とやらではございません。執事です」
黙れ!我は今忙しいのだ!
ん?
『会話』?
「さっきからダダ漏れですよ。集中しすぎると思っていることを口に出す癖は直したほうがよろしいかと…。それにしてもせっかく直されたのに、思考はまだ『ジジイ口調』のままですか」
………。
これは一応由緒正しき『魔王語』なのだが。
「今時流行らない古語ですよ。古語。前魔王様は好んで使われていたようですが、あなたには似合いません。ギャップ萌えを狙っているなら、これ以上は言いませんが…」
ぎゃっぷ?
萌え?
狙う?誰を?いや、誰が?
時々この執事は訳の分からないことを言う。
魔族ではなく人間だからだろうか。
ところで我はいつから喋り捲っていたのだろうか。
「『気配がない』あたりからですよ」
ふむ。
ということはおぬしが現れてから全部か…。
この癖、直すべきだな早急に。
「ところで。先ほどからいったい何をなさっておいでなのですか?」
おぬしともあろう者が、見て分からぬのか?
Side B
「おぬしともあろう者が、見て分からぬのか?」
「分かりません」
私は主にきっぱり、はっきり、申し上げました。
主は無言です。
少し怒っているようですが(肩がぷるぷる震えているので分かりやすい)、主はそれでもこちらを見ようとはしません。
主はドアの前に陣取り、応接セットであるソファを一つ移動させ、その脚にロープを括り付けており、どうやら誰かを転ばせるために待機中であるらしいのだが…。
まあ、そこまではいい。
いや、でも栄えある魔王陛下が、こんなちゃちな、おっと失言、こんなくだらない、またまた失言、こんな可愛らしい罠を御自分の部屋に仕掛けるのはどうかと?
しかも転ばせる先にはクッションがこれでもか!というぐらい敷き詰められている。
転ばせたいのか、助けたいのか、いまいち不明。
これを見て分かれ!と言われても。
しかも魔族だらけの万魔殿たる魔王城で誰がこんな罠にかかるというのか。
多分、下働きのメイドでも避ける。
一応は主の行動を理解しようとしてみたが、無理だ。
「分かりません」
もう一度言った。
主は溜息をつくと握りこんでいたロープを漸く放し、こちらを振り返った。
「我は、私は、見ての通り罠を張っていたのだ!いえ、いたのです?」
所々『ジジイ口調』を無理やり直しながら喋っているので、会話が疑問文だ。
ダダ漏れ思考との会話はここで終了のようだ。
気がつけば、私の思考も『俺の思考』に戻りつつある。
主は「素のままでいい」と言ってくれているが、『俺』のままでいると品がなくなるので注意が必要だ。
そうそう。
『ジジイ口調』ではなく『魔王語』と言わねば。
…さっき会話中にさらりと言ってしまったような?
まあいいでしょう。
魔王陛下の執事たるもの、礼儀は二の次です。
「罠は分かります。何でクッションを敷いているんです?」
「!転んだら怪我をするではないか!いくら絨毯の上とはいえ、転んだら痛いんだぞ?!」
じゃあやるんじゃねえ!
こほん。
本性が、垣間見えましたけど、何とか押さえ込みました。
「……罠はもっと分かり難く作りませんと。この程度では、ロイですら避けますよ」
「……ロイでも無理か」
城一番のうっかり者、ロイ・マックス。
彼の名を聞いて主は項垂れてしまいました。
「ところでこの罠、誰をターゲットに作ったんです?」
主は素直なご気性です。
「クライス」
私は迷わず主の頭を叩かせていただきました。
続きます。




