79話 祖母マリアと二人の曾孫への祝福
翌朝、マリアは曾孫であるルーカスとアイリスとの対面を待っていた。
すべては、マリアが描いた筋書き通りだった。アリアを無色という稀有な資質を持った調和の器として守り抜き、あえてその価値を隠し通した。
アリアを真の番であるカイル・ローゼンベルクに巡り合わせるためのマリアの盤面は、今、これ以上ない形で結実しようとしていた。
アリアに連れられ、漆黒の髪を持つルーカスと、白銀の髪のアイリスが客室を訪れた。
ルーカスは父から教わった通り、小さな手を胸に当てて丁寧にお辞儀をした。
「ルーカス・ローゼンベルクです。はじめまして、マリアひいおばあ様」
マリアはルーカスの小さな手をその手に取った。先代の調和の器であるマリアは、その掌を通じて、次代を担うルーカスの身体を静かに探知した。
(……ああ、なんと健やかで、揺るぎない力……)
ルーカスの体内には、父カイル譲りの強大で底知れない魔力が満ちている。かつてのカイルを苦しめたあの漆黒の濁りは、アリアから受け継いだ無色の性質によって、ルーカスが産声を上げたその瞬間から透徹な輝きへと昇華されていた。
父の圧倒的な出力と、母の完璧な制御。
それは、カイルがアリアという番を得てようやく辿り着いた調和という境地を、ルーカスは生まれながらにして自らの中に完結させていることを意味していた。
他者の助けを借りずとも、その強大な魔力は常に黄金の静寂を保っている。かつてマリアが夢想し、カイルが渇望した自らの中で調和を成した真の王の姿が、今ここにあった。
次に、マリアはアイリスをそっと抱き上げた。
白銀の髪に、吸い込まれるような黒曜石の瞳を持つアイリス。
その瞳を覗き込んだ瞬間、マリアは一族の宿命が完全に反転したことを悟り、震えるような歓喜を覚えた。
(この子は……一点の曇りもない、純粋な無色。アリアよりもさらに深く、広大な調和の器をその身体に宿している)
アイリスには魔力がない。しかし、その身には触れるものすべてを優しく包み込み、安らぎをもたらす真の聖女の力が満ち溢れていた。
かつて、この無色という資質は、欲深い権力者たちに奪われ、政治の道具としてすり潰されるための標的でしかなかった。
だからこそマリアは自分自身を殺し、アリアを薬で隠し、息を潜めて生きるしかなかったのだ。
だが、今のアイリスの傍らには、彼女を何物にも染ませぬと誓う最強の魔力を持った父カイルと、その力を継ぎ、妹を守る盾となる兄ルーカスがいる。そして何より、娘を道具などとは決して呼ばせない、真実の愛を知る母アリアがいる。
(ああ……ようやく、この力が隠すべき呪いではなく、ただ祝福として輝ける時代が来たのね……)
もはや、姑息な策で彼女たちの価値を偽る必要はない。
この最強の家族という防壁が、アイリスの清らかな光を世界から守り抜く。その確信が、マリアの肩から数十年の重荷を降ろさせた。
マリアはルーカスを抱き寄せ、そしてアイリスの額にそっと唇を寄せた。
「ルーカス。父上の漆黒を、その在り方そのものによって正しく導く、賢き王となりなさい……そしてアイリス。その汚れなき無色の輝きで、人々に真の安らぎをもたらす聖女となるでしょう。」
マリアは、自分を信じて辺境へ向かった孫娘アリアを見つめた。
白銀の髪に、赤紫からピンクへと美しく滲む神秘的なグラデーションの瞳。 その瞳に宿る幸福な光を見て、マリアは誇らしげに、確信を持って微笑んだ。
「アリア。私の賭けは、貴女の愛によって最高の形で幕を閉じたわ。私たちが命懸けで守り抜いたその無色の輝きこそが、一族の悲願であった真の調和を完成させたのよ」
アリアは、祖母がどれほどの覚悟で自分を守り、この幸福へと導いてくれたのかを悟り、感謝を込めてマリアの手を握りしめた。
マリアは静かに微笑み、その手を包み返した。それは、過酷な宿命を無色という知恵で覆い、
愛へと手渡すことに成功した、一人の守護者の静かな勝利だった。




