43話 王城の密談:アルフレッド王子の葛藤
ローゼンベルク辺境伯領からの視察報告が、アルフレッド第ニ王子の元に届いたのは、カイルとアリアが精霊王・妖精王との契約を終えた直後だった。
報告書には、信じがたい内容が並んでいた。
カイルの魔力は完全に安定し、あの醜悪だった肥満は解消。そして、その奇跡の源は、他ならぬアリア・ローゼンベルクであるという事実。
さらに報告書をめくれば、アリア本人が、かつての面影を塗り替えるほどの身体的変化を遂げ、実妹リリアを凌ぐほどの容姿端麗な女性へと変貌したという記述まであった。
「……っ、そんな馬鹿なことがあってたまるか」
アルフレッドは王城の自室で、かつての婚約者アリアの肖像画を握りしめた。紙が軋む音とともに、彼の心にはどす黒い嫉妬と、煮え繰り返るような後悔が渦巻く。
(まさか……。あの聖女の力も魔力もないできそこないだと私が切り捨てたアリアが、本当に……。
北の辺境に伝わる根拠なき迷信だと鼻で笑っていた、古の伝承にある『幻の番』だったというのか……!?)
アルフレッドは、アリアの白銀の髪と、アメジストのごとき瞳を思い出す。
かつてその瞳が自分に向けられていた時、彼はそこに価値を見出さなかった。
彼がアリアを辺境へ追いやったのは、明確な悪意によるものだった。
制御不能な魔力を持つカイルに、何ら助けにならない無能な聖女を宛がう。そうすればカイルはいずれ魔力暴走で自滅し、強大すぎる辺境の軍事力と領地を、王家が保護という名目で安全に回収できる。それが彼の描いた完璧なシナリオだった。
しかし、現実は彼の目論見を無残に打ち砕いた。
カイルはアリアによって救われ、安定した最強の辺境伯として再生してしまったのだ。これは王権にとって、最大の脅威に他ならない。
「なぜだ、アリア……。なぜ私ではなく、あんな辺境の怪物を選んだ!」
アルフレッドは、自ら婚約破棄を突きつけたことさえ棚に上げ、自分が手放した最強の鍵への執念に突き動かされていた。
もし、アリアの力が自分のもとで開花していれば、彼の王位継承権は神聖不可侵なものとなっていたはずなのだ。
アリアが輝きを増したのは、カイルという深い愛の器があったからこそ。その真実に気づかぬまま、アルフレッドは暗い情念を瞳に宿した。
「アリアは私のものだ。……あの男を再び奈落へ突き落とし、彼女を奪い戻さねばならん」
彼は、カイルを再び危険な状態へ陥れ、アリアを王家の聖女として奪還するための、新たな策略を練り始めた。
数日後、アルフレッドの執務室に一人の老練な魔導師が呼び出されていた。
彼の手元にあるのは、豪華な装飾が施された数枚の招待状。そこには「ローゼンベルク辺境伯の快気を祝う王宮舞踏会」と記されている。
「……準備は整ったか」
「はっ。王家の秘宝である『真実の鏡ヴェリタス・ミラー』の破片を抽出した魔石……これを会場のシャンデリアに組み込みました。これに私の術を重ねれば、対象の『真の魔力の姿』を、その場にいる全員の網膜に焼き付けることが可能です」
アルフレッドは冷酷に口端を吊り上げた。
彼の策略はこうだ。
華やかな舞踏会の最中、カイルとアリアがダンスを踊る絶頂の瞬間。魔石の力を使って、カイルの中に潜む漆黒の濁流を禍々しい幻影として可視化させる。
「カイルの魔力が安定しているのは、アリアが無理やり抑え込んでいるからに過ぎない……という構図を作るのだ。あれは調和などではない。無色の器を犠牲にして、無理やり毒を流し込んでいるだけの、おぞましい搾取なのだとな」
アリアを救い主としてではなく、怪物の犠牲者として衆目の前に晒す。そうすれば、王家には聖女を保護し、危険な辺境伯を隔離するという大義名分が生まれる。
「アリアは、私が救い出した形にする。そうすれば、彼女の心も再び私に向くだろう」
アルフレッドの脳内では、すでにアリアが自分の足元に縋り、救いを求めて涙する光景が描かれていた。
彼は、カイルとアリアの間に通い合う魂の絆など、微塵も信じていなかった。力とは奪うものであり、愛とは支配することだと信じて疑わない彼にとって、二人の純愛はまやかしに過ぎなかったのだ。
「行け。辺境に使いを出せ。……逃げられぬよう、国王陛下(父上)の親署を添えてな」
数日後、ローゼンベルク城に届いたその金縁の招待状は、ようやく安らぎを得た二人の元に、王都のどす黒い執念を運んできた。




