【番外編】伝説のその後:夜空を瞳に宿した賢妃と、黄金の円環の完成(アイリス・エドワード)
月日は矢のように過ぎ去り、アルカディアス王国は、歴史上最も美しく穏やかな時代と呼ばれる黄金期を迎えていた。
その平和の中心には、常にエドワード国王と、その傍らで微笑むアイリス王妃の姿があった。
後世の史書の中で、アイリスは夜空を瞳に宿した賢妃と記されている。
母アリアから受け継いだ調和の精神を王国の隅々にまで浸透させた彼女は、慈愛に満ちた国母として、国民から絶大な支持を得ていた。
しかし、王宮の奥まった私室でエドワードと二人きりになる時、彼女は歴史に記された厳かな王妃の顔を脱ぎ捨て、かつて北の地で兄や従弟たちを仕切っていた頃のような、少々お節介で世話焼きな素顔を見せるのであった。
ある秋の夜のこと。
年を重ねても変わらぬ気品を湛えたアイリスは、王宮の高いバルコニーに立ち、北の空を見上げていた。そこへ、公務を終えたエドワードが、少し疲れを見せながら歩み寄ってくる。
「アイリス、またここか。夜風は体に障るよ」
エドワードがショールをかけようとしたその瞬間、アイリスはくるりと振り返り、夫の顔をじっと覗き込んだ。
「あら、そんなことよりエドワード、また目をこすっていたでしょう? 根詰めて書類を読みすぎなのよ。お父様だって、そんなに無茶な働き方はしなかったわ。ほら、少しこちらへいらっしゃい」
アイリスは慣れた手つきでエドワードの手を引き、バルコニーの椅子に座らせた。
「……アイリス。僕はこれでも一国の王なのだが」
「あら、私の前ではただのエドワードでしょう? 私がついていないと、貴方はすぐに無理をするんだから」
アイリスは悪戯っぽく、けれど深い愛情を込めて笑うと、彼の氷蒼色の瞳を見つめながら、その手を自分の温かな掌で包み込んだ。
「お父様が守りたかった平和。お母様が望んだ調和。……そして、貴方が私に与えてくれたこの愛。全部、守りきれたわね、私たち」
「ああ。君が隣にいて、僕を時には叱って愛してくれたおかげだよ」
エドワードは照れくさそうに笑い、アイリスの手を握り返した。その手つきは、あの月下の誓いを立てた夜と、そしてあの揺りかごの夜と、何一つ変わっていなかった。
二人の視線の先、北の空には眩い一等星が輝いていた。
それはまるで、すでに空へと還ったカイルとアリア、アーサーとリリアたちが、二人を見守り微笑んでいるかのようであった。
アイリスが嫁いだことで完成した黄金の円環は、その子供たちへと受け継がれ、王国に永遠の繁栄を約束した。
アイリスが王都のバルコニーからふと北の空を見上げる時、その瞳には故郷で自分たちを支えてくれる家族の祈りが、常に風に乗って届いていたのである。
こうして、ローゼンベルクの血は王家の中心へと流れ込み、アルカディアス王国は、愛と信頼によって結ばれた真の黄金時代を謳歌し続けたのであった。
ピルルは静かに、最後の一筆を空に描いて、透明な羽を休めた。
「……ね? 本当に最高のハッピーエンド。
ボクもこの風に乗って、彼らの物語をずっと未来まで運んでいくよ。
それじゃ、またね。バイバイ!」




