34 閉幕
モーリスとフォセットの件が明るみ出た事で、フェヴァン伯爵家は責任を取らされ、爵位を子爵まで下げた。更にその地位も今代限りで、幕を下ろすものとされた。フェヴァン家にはモーリスやフォセットの13歳になる弟がいた。彼は剣術に長けているので、騎士爵目指して精進するとの事。ルネが毒を盛られながらも、生き延び原因を探る為に隠れてしていた行動は、国中に知れ渡る。
ジャクリーヌは悪事に加担しつつも途中で改心し、彼女の知らせにより最悪の事態を免れた事に加え、致死性の毒では無く不能犯として刑が確定した。加えて、ルネの嘆願もあり更に酌量され、男爵家の位はそのままに、王都にある修道院へ行き三年の奉仕活動が言い渡された。最初は渋っていたものの、通う度に彼女の行動が喜ばれ、いつの間にか修道女達からも無くてはならない人と言われるまでになっていた。本人曰く
「やってみたら、割と性に合っていたみたい。ほら、私って天使の様な見た目な上に、優しさに溢れてるから。天職なのかも」
との事。ある種の照れ隠しも入っていたのだと、ルネは言葉の端に感じ取った。
ルネとダニエルは、ルネが17歳になる誕生日を過ぎた頃に、婚姻の儀を結ぶ運びとなった。もっと早くにとダニエルが駄々をこねたものの、ヴェルレーヌ家が良しとしなかった。尤も、頑として譲らなかったのは、ライアンただ一人という事実は、結婚から数ヶ月経った後でダニエルが知り、婿・小舅の間に軋轢が生まれてしまう。そしてルネの何気ない一言により、どちらがより入手困難な植物の種を手に入れるかで勝負していたのは、また別の話だ。言い争う二人の姿を見たルネの
「そんなに、お好きなら二人で暮らせば宜しいのでは」
という発言により、あっさりと幕を下ろす。ルネに他意はなく、純粋に仲良しねという意味だったのだが、言われた二人の捉え方は無限大だ。
色々とあった末、その年に初雪が降る直前、二人は遂に結婚した。とても慎ましやかな式だったが、純白のドレスに身を包んだルネを見たダニエルが後ろからルネを抱えたまま、
「誰にも見せたくない、いっそこの部屋で誓いを立てればいいのではないか」
と子どもでも言わない駄々をこね、周囲を呆れさせた。あの理性的なダニエルが変わったという噂が流れたが、恋人が殺されかけたのだから仕方ないと、好意的な意見が圧倒的に多かった。悪い方に拡がらなかったのは、陰でジャクリーヌが暗躍していたらしい。本人が言うように、案外優しさに溢れているのかもしれない。
ルネとダニエルは住居を王都にあるエルランジェ公爵邸に移し、次期公爵夫妻として互いに足りないところを学んだ。徐々に任されていく執務や貴族としての教育の合間を縫って、二人揃って辺境へ足を運んだ。移動にはダニエルの魔法を使うので、ほんの数分で到着してしまう。とても便利なのだが、一つルネには不満な点があった。それは移動の際に、ダニエルはルネを両手で横抱きにする。僅か数分であるが、その間ずっと目の前にダニエルの顔があるのだ。とても近い、近すぎる。心臓がもたない。別の方法はないのかと抗議したが、
「大切なルネを落とす訳にはいかないだろう?それに我々は夫婦なのだから」
片目を瞑り、そう言われ、流されてしまった。実際は、移動中はダニエルの足元周辺に、魔力で透明な床の様な物がある為、彼に触れていさえすれば普通に立っていられるのだが。何なら、瞬間移動で済むけれど。移動魔法なぞ、使える者は無いに等しい為、情報源はダニエルのみ。彼に従わざるを得ない。ダニエルの密かな楽しみという事は、彼のみぞ知る事実。
辺境での歓迎ぶりも、凄まじいものだった。まさかレーヌ様がヴェルレーヌお嬢様だったとは、更にダンが上位貴族な上にルネの婚約者で色男だなんて、二重三重の驚きに一時期は騒然となった。
モーリスによって、壊滅しかけた辺境の畑や森も完全復活し、稀に見る収穫量を記録した。今までの備蓄庫は魔道具により、収穫した時の状態で保存が出来るようになった。この魔道具はダニエルが用意したもので、ダンとして動いていた時に、辺境に足りない物を察知し、少しづつ準備していたそうだ。これにはルネも感激し、思わずダニエルの頬に口づけた。
不意打ちに、顔を真っ赤にするダニエルと手を繋ぐ。ハッとしてルネを見つめるダニエルの、手に力が籠められる。力強く、そして優しく。
それから、辺境の地は更に発展していった。ユーグを筆頭に、農業に力を入れ、オーバン、エミール、シモンの三人だけでなく、他の土地から来る者にも懇切丁寧に指導する。ジゼルは辺境一の薬師になり、ウラリーは組合をまとめ、切り盛りした。
病気の療養、溜まった疲れを癒す為、日々の安らぎを得るべく沢山の人が辺境に集う。一般的な薬の処方を公開すれば、日常に潜む病が国中から激減した。体力や能力の向上にも一役買い、とうとう辺境の地は国のお墨付き療養場となる。
今日もまた、辺境に向かうべく、ダニエルがルネを抱えていた。その時、突然ルネが切り出した。
「ダニエル様、いつも感謝しておりますの」
「どうしたんだい、急に。これは私がしたい事なんだ。ルネの幸せが私の幸せ、ルネが喜ぶ姿が見たいだけだから」
笑顔のはずなのに、ルネに何故か悲しそうな様子が垣間見え、ダニエルは思わずその場で浮遊したまま停止した。
「これからもずっと、お傍に居させて下さいませ」
微笑むルネの目尻に、キラリと光るものを見つけた。
「勿論、もう離しはしない。…ルネを不安にさせるのは、私の所為だな」
抱えた手に力を込め、ルネの額に唇を落とした。ダニエルは本心を漏らしてしまう。
「もう少し、このままで」
ダニエルは、ルネの頬に口づけた。するとルネが、小さく反論する。
「ですが、ここは空の上で…!」
「だから誰にも邪魔されない」
「魔力が…」
「こんな時じゃないと、使い道がなくてな」
「です、が……んっ」
頬から下へ移動したダニエルの口は、返事を遮るようにルネの口に重なった。春の温かな日差しだけが、二人を優しく見守っていた。
後に二人の物語を、吟遊詩人が歌うようになる。人気の恋愛譚として。
おわり
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