共生 4
リオはヤバいやつだけど、レオは今回ひどいやつになってる気がする……。
朝起きたら、なぜかすぐ目の前にリオの顔があった。寝ぼけたまま、あ、まつげ長いなどとどうでもいいことを考えていると、視線に気づいたのかリオが目を覚ました。目が合うとにっこり笑って
「おはよう」
と言ってくる。そして、そのまま何事もなかったかのように目を閉じようとしたので文句を言った。
「離して、朝ご飯作れないんだけど」
リオは結構な確率で、私が寝ている間に身動きが取れないくらいに抱きついてくる。そして自分は寝たふりをするので、いつも抜け出すのに苦労するのだ。さすがに狸寝入りはできなかったのか、まだ寝てようよ、と誘惑しながらも解放してくれた。起き上がると、寝る前は別々だった寝袋は、閉じるためのボタンが外され、リオのものと連結されている。これもよくあることだ。
起き出したらまずは桶の中に魔法で水をためて、手と顔を洗う。冷たい水で洗顔すると、だいぶ頭がしゃっきりしてくるので、今度は火を起こして鍋でお湯を沸かし始める。沸騰するまでの間に干し肉と乾燥野菜を適当に切りながら投入していると、きゅうきゅうという鳴き声とともにちびがひょっこり目の前に現れた。構ってというように手元をちょろちょろするので、いったん手を止めて声をかける。
「おはよう、あなたは朝から元気なんだね」
褒められたと思ったのか、胸を張って得意げな顔をしている。とりあえず作業の邪魔はしなくなったので、スープに調味料を入れて味を調えた。具がやわらかくなるのを待つ間に、まだ動き出す気配のない二人を起こしに行く。ちびは興味深そうに鍋に手を伸ばしていたので、首根っこをつかんで持って行った。
「リオ、起きて。朝ご飯できたよ、一緒に食べよう」
これでリオは一発で起きる。一緒、というワードに反応しているのだ。いそいそと起き出したリオに身支度を促したら、次は師匠。とはいえ、深夜の仕事がなく、早く寝たときの師匠はそこまで寝起きが悪くないので、寝袋のボタンを外して体にかかっていた部分をはげば、ちゃんと起きてくれる。空いた寝袋の汚れをはらって、いつも通り枝に引っ掛けてしばらく干す。
道中の朝食は基本的にスープと堅パンだ。比較的早く起きられる私が自然と担当しているが、代わりに昼食と夕食の支度は二人が率先してやってくれるので不満はない。
ちびをその変に放り出してお椀にスープをよそい、パンと一緒に二人に渡す。リオは満面の笑み、師匠は寝ぼけ眼で受け取ったことを確認し、自分の分を手に取る。今日のは結構おいしくできたので、パンと食べるのが楽しみだ。噛めないくらい硬いパンをふやかすと、味が染みてすごくおいしくなるんだよね。
「きゅーきゅきゅー!」
みんなが食べだすと、ちびが何か訴えるように見上げてきた。上目遣いはかわいいが、あいにく私はドラゴン語を習得していない。うん、スープおいしい。パンとの相性も最高だね。
「きゅーう!きゅー!」
「…もしかして、自分も食べたいんじゃないか?」
師匠の声に、ちびは大きく頷いた。でも、作ったスープは三人分だから、ちびに分けるには心もとないんだよね。しょうがない、私のおかわり分をあげるか。
スープ皿のようなお皿に次いで差し出すと、ちびは飛び上がって喜び、夢中で飲みだした。
「だいぶ気に入られたな。頼んだら鱗もあっさりくれるんじゃないか?」
師匠が冗談めかして言うと、ちびははっとして自分の首のあたりをひっかき、一枚のうろこを差し出してきた。
「師匠、鱗に何かあるんですか?売れってこと?」
キラキラしてきれいだけどくれるのかな、と思って師匠に聞いたらものすごく変な顔をされた。
「は!?ドラゴンの、それも道楽竜の鱗だぞ?芸術を仕事にしている者たちの憧れを、まさか知らないのか!?」
なんだか馬鹿にされている気がするし、ちびは地団駄踏んで怒り出すし、面倒になってきたので、笑顔でごまかしながら鱗を受け取る。小指の詰めほどの小さな鱗は、グレーというより銀色に光を反射してきらめいている。ひとしきり眺めてから財布代わりのポーチにしまい、残りのスープを飲み込むと、いつの間にか空になっていた鍋と食器を軽く洗った。寝袋も取り込んで、出発の準備は完了だ。
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街道を歩きながら、曲の解釈を話し合ったり、薬草や果実を採取していると、あっという間に日が暮れてしまう。暗くなると火を起こすのも大変なので、早めにちょうどいい場所を探して腰を落ち着けた。結界の魔道具を設置したら、私が薪を組んでいる間にリオが食料を取り出し、師匠が地面の石なんかを軽く取り除く。そしてなんだか天気が悪くなりそうだったので防水布で大雑把なテントのようなものを作って、みんなで四隅に土を盛り、簡単に水が流れ込まないようにする。
そこまで準備を終えたら、師匠が料理をしている間にルーンの練習を少しだけする。そうはいっても師匠は簡単な料理しか作らないので、音合わせくらいのものだけど。
そういえばちびがいないな、と思っていると、茂みをかき分け、ちびが何かを引きずりながら現れた。ウサギを狩ってきたらしい。師匠に渡しているので、もしかしたら食事代の代わりのつもりなのかもしれない。
私がルーンを持っているのを見つけて、ウサギの血が付いたまま寄ってこようとしたちびは、リオに首根っこをつかまれて洗われた。その間にルーンが片付けられてしまったのを見て、しょんぼりと肩を落とす。あまりに悲しそうだったので食後に弾くことを教えてやると、少しだけ元気を取り戻した。
夕食のメニューは、私が朝切っておいた干し肉と乾燥野菜のスープ、ちびがくれたウサギのステーキ、堅パンという普段より少しだけ豪華なものだった。デザートはメニ―というリンゴっぽい果物だ。ウサギ肉をかじると、口いっぱいにうまみが広がる。
「リオ、このウサギすごくおいしいね!ちびちゃん、ありがとう」
ちびにお礼を言うと、なんだか微妙な顔をされる。なんでだろうと思っていたら、リオに指摘された。
「レオ、ちびって呼んだのが嫌だったんじゃない?」
にっこりしながらリオが言うと、ちびは我が意を得たり、という顔をした。