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賞金稼ぎは子守唄を歌う act5

※今回の話はジン視点のストーリーとなります。

「っく~、久々に飲む酒は美味いな! おいねーちゃん、ジョッキもう1杯!」


せまっ苦しい店内、荒くれ共が集まるここの酒場は安くて料理もそこそこ美味いという穴場の店だ。まぁあぁ可愛い女店員に酒を注文すると、そいつは「ジン、今日は暴れないでよ!」と余計な一言を添えて酒を出してきやがる。ま、そんなこと気にするよーな小せぇ器じゃねーし。気にせず俺はジョッキの中身を飲み干し、つまみのから揚げをぱくりと口の中に放り込んだ。うん、やっぱ人の金で飲み食いすると味がまた違うよな。


「……本気で、考えているのか?」

「あぁ?」


女みたいに酒をちびちび飲んでいたネクロが、俺をジト目で睨みながらそう呟いた。


「あの子供のことだ。お前が本気で村まで送ってやろうと考えているなら、さっさとしてくれ」

「なんだ、ずいぶん突っかかるねぇ」

「正直、邪魔で敵わんからな」


冷たい声色で、これまた冷たいことを吐き捨てるネクロ。まぁコイツ、見た目通り人見知りだからな。長いこと相棒してる俺ですら邪魔くさく思っているらしく、たまにキレて本気で殺しにかかってくる。それでも俺と一緒にいる理由は、自分が仕事とれねーから。たまに取ってくる仕事は今日みたいなひでぇヤツだし、基本こいつ生活力ねーもんな。そんなやつと一緒にいる俺も大概おかしいが、こいつの腕は買ってるし、信頼している。ギブアンドテイクってやつだな。

おっと、今の話題はあのガキのことだったな。口の周りについた泡を袖で拭い、俺はむぅと唸った。


「あー、そうだな。何とかしてやりてぇのは山々だが、次の仕事が迫ってっからな」

「例のアレか」

「そそ、子供ばっかり狙って惨殺してるイカレた殺人鬼。腕利きの賞金稼ぎどもがコイツを生け捕りにしようとしてんだが、全員失敗のあげく殺されちまってる。お陰で賞金額は跳ね上がる一方だぜ」


懐から一枚の紙を取り出した俺は、それをテーブルのうえに放った。賞金稼ぎに提示されている情報は極めて少なく、犯人が男で主に夜に活動しているということしか分かってねぇ。そりゃそうだ、目撃者はほとんど殺されちまってるからな。


「仲間の情報によると、どうやら奴はこの街周辺に潜伏しているらしいぜ。最近、似たような事件が起こったらしいからな」

「それは、信用できる情報なのか?」

「少なくとも、てめぇが取ってきた仕事よりは信用できらぁ」


皮肉をこめてそう言うと、やつは眉をピクリと跳ね上げて酒を一口すすった。こいつ、腕っ節と顔以外はてんでダメな男だからな。お陰で俺がどんだけ苦労したことか。それはやつも自覚しているらしく、ふんと機嫌悪そうに鼻を鳴らすだけの反論しかできないらしい。ざまぁみろってんだ。


「つーことで、明日の朝はここいら一帯の聞き込み調査だ。何せ賞金の出資者はこの街を治める貴族様ときたもんだ、こいつ生け捕りにできれば半年は豪遊できるぜ」

「あの子供はどうする?」

「あっ、う~ん、どうすっかね……」


賞金首の話題でスッカリ忘れちまったが、あのガキ―――エスカリーテ、だっけか―――をいちいち連れて行くわけにもいかねぇし、かといって送っていくのも時間がかかる。あの列車事故のせいで当分鉄道関係は運休だからな。馬車使えば距離的にそんなに時間はかからんだろうが、その代わり金がかかる。考えるだけで面倒くさくなって、俺は眉間にしわを寄せた。


「……置いてく、か?」

「外道だな」

「んだよ、その言い方! 大丈夫だろ、あの宿屋の親子はお人好しの部類に入るし、俺の知り合いってことになってるからぞんざいな扱いはしねぇって!」


まー可哀想っちゃ可哀想だが、こちとら仕事だ。命を狙われてるわけでもねぇし自力でなんとかするだろう。なにせこの俺を散々バカにしやがったクソガキだしな、そのくらいの度胸はあんだろ。


「最初に責任を取ると言ったのはお前だろう。その殺人鬼はオレが捕らえるから、お前はあの子供と一緒に遠足を楽しむといい」

「てめっ、賞金独り占めする気か? ふふん、それでもいいけどよ、賞金首引き渡す時はテメェのだいっきらいな役人と会わなきゃなんねーんだぜ? 事情聴取やら事務手続きやらで、半日は拘束されるぞ」

「………………」


あからさまに嫌そうな顔をさせたネクロは、グラスに残っていた安酒を一気に飲み込んだ。賞金首を引き渡したり事務手続きを取るのはいっつも俺だからネクロは知らんだろうが、役人どもは賞金首を引き渡す際土壇場になって賞金をケチったりするからな。そこはうまく交渉したり、たまには脅したりしてふんだくってやる。ネクロにそんな芸当が出来るとは到底思えないし、イラッときただけで殺してしまうようなヤツだ、逆にお尋ねものになるってのが目に見えて笑える。


「まぁ無一文で放るのは流石に可哀想だから宿屋のオヤジには何枚か握らせておくわ。それより、俺にとっては今日はどいつをオトすかが問題なワケよ。ったく今日に限って娼館閉まってるたぁどういう事だチクショー。このままテメェと顔突っつき合わせたまま夜を明かすなんて、真っ平ごめんだからな」

「それはオレもお断りだ。というか、本当に口と下半身は本能のままに動く男だな、貴様は」

「テメェだってそのお綺麗な顔利用して誰かとヤるんだろ」

「下品な言い方をするな。貴様とは違う」

「突っ込むんだから結局同じだろーが!」


イラッときた俺が椅子を蹴り飛ばして机に足をかけると同時に、ネクロの野郎も立ち上がって俺の胸倉を掴みあげた。ちっ、接近戦はヤツの十八番か。だが、俺だってケンカは負けたことないんでな。俺はネクロの手首を捻りあげて、逆にヤツを床に叩きつけてやった。がっしゃん! とハデな音を立ててネクロは無様に床を転がり、タイミングよく机から零れた酒がヤツの頭に注がれていった。


「ぶっははは! ざまぁねーな、ネクロ! 持ち前の美形が台無しだぜー!」

「どうやら本気で死にたいらしいな。なます切りにして魚のエサにでもしてやろう」

「上等だ、かかって来い!」

「ちょ、ちょっとジン、ネクロ!? ケンカなら外でやってっていつも言ってるでしょー!!」


女店員の悲鳴と、ヒューヒューなんていう野次馬の歓声を背景にして俺とネクロのケンカが始まった。まーケンカっつってもお互い本気出してるからほぼ殺し合いだがな。しかし、俺もネクロも互いが得意としている得物を使わない。つか、使えない。何故なら仕事で嫌と言うほど使っているため、お互い相手の手の内を知っているのだ。俺が銃を使おうとすればどこからか投擲されてきたナイフで落とされるし、反対にヤツが暗器を使おうものなら俺が銃でことごとく撃ち落す。隠し場所を全部知っているからな、あいつが怪しい動きを見せようものならその瞬間中で打ち落とす自信がある。何回かそれでケンカしたこともあるが結局決着がつかない。だから取っ組み合いが一番不意をつけていいという結論にお互い達したのだ。


「死ね」

「おっと、!」


動きにくそうなスーツから繰り出されたとは思えないほどの鋭い蹴りが顔の辺りに迫ってくるが、俺はそいつを腕でいなして相手のバランスを崩させる。が、相手もさるものでもう一本の足が俺の後頭部あたりにクリーンヒットしやがった! ガツン、と石で殴られたような痛みと共に、俺は店の壁までふっ飛ばされた。っく~、効いた……お陰で酔いが全部醒めちまった。血を頭からダラダラ垂らしつつ立ち上がり、俺はヘッヘッヘと笑いながら近くにあった椅子をヤツめがけて蹴り飛ばす!


「!?」


椅子ごときで不意をつけるようなネクロじゃなく、ヤツは軽く身をひねってかわすが……バカめ、そう動くことは計算済みだ。すかさずネクロが避けた方向に向かって酒瓶をお見舞いする。ガッシャン! と派手な音を立ててワインが砕け散ったが、やつは直立不動だ。血だかワインだか分からん液体を頭から流しながら、地獄の鬼みたいな形相をこちらに向けていた。


「生きたまま捌いてやる……」

「おー、コワイコワイ。できるもんならやってみろ、べーっ」


舌を思いっきり突き出してケツを相手に見せる俺。するとネクロが面白いくらいに顔を真っ赤にさせて額に青筋を浮かべた。それからスーツの内側に仕込んである細い針のようなものを何本か投げてくるが、そいつは確か遅効性の毒が塗られたものだ。刺さったら最後、時間を追うごとに増す地獄のような痛みに揉まれながら死ぬというめちゃくちゃ趣味の悪い暗器。まぁ撃ち落しても良かったんだが、弾が勿体ねーし俺は口笛を吹きながらそいつを避けてみせた。後ろのほうでヤロウの悲鳴だかが聞こえてくるがイチイチ気にしてられねぇ。運が良けりゃ助かるだろう。


「ひゅーっ、あぶねぇな。つか、お前俺とケンカする度に暗器の性能凶悪になってねーか?」

「それはそうだろう。それまでの暗器で殺せない相手がいるのだから」

「おまっ、仮にも俺たち仲間だろう!? 相棒殺してどーすんだよ!」

「頭に血が上ると忘れる」


かんっぜんに据わった目で俺を睨みつけるネクロ。ったく、これだから常識がないやつは困る。そんな俺たちに流石にヤバイと感じた客やら店員やらが悲鳴を上げて店からトンズラしはじめた。

ここでヤツを完膚なきまでに叩きのめしてもイイんだが、そろそろ女探しにいかねーと色々楽しめなくなるからな。テキトーに2、3発入れてお仕舞いにするか―――と思った矢先、にわかに店の入り口のほうが騒がしくなった。なんだなんだ、自警団の奴らでも来たのか? とネクロと目線をあわせた後そちらに視線をやれば……


「あら、ここは酒場だと聞いたけれど、違ったのかしら?」


妖艶な色香を振りまく、一人の女が立っていた。蝶のようなマスクで目を覆い隠してはいるが、整った輪郭から超がつくほどの極上の美女だ。長い金色の巻き毛は波打つように女の身体にまとわりついており、身体のラインが分かるピッタリとした黒いドレスを身に纏っている。それも深く切り込まれたスリットからはむっちりとした太ももが見え隠れしていた。つか、そんなことよりもなんだあのでけぇオッパイは。動く度にすげぇ揺れてるぞ。

口をぽかんと開けながらその美女を見つめていると、俺たちに気づいたのかそいつがこちらに近寄ってきた。彼女は俺とネクロを交互に見つめると、はふぅ、と色っぽいため息をついて見せる。


「まぁ……素敵な殿方ですこと」

「フゥーン。この辺じゃ見ねぇ顔だな」

「えぇ。先日引っ越してきたばかりですの。アコニットの方でお世話になっている―――といえば、お分かりいただけるかしら」


真っ赤に塗られた唇を歪ませて笑う女。その意味が分からないヤツなんてここにはいないだろう。アコニットといえば、この街でもっとも賑わう場所だ。賭博、麻薬なんかが横行し、とりわけ収益を上げているのが娼館だ。しかも、下手な一般人じゃ手がでねぇほどの高級娼婦揃い。やつら目当てにわざわざここまでやってくるボンボンのオヤジまでいるほどに人気がある。


「で、その高級娼婦がなんでこんな貧乏くせぇ場所に?」

「例の鉄道事件のせいでね、今日はお客さんが極端に少ないのよ。だから、今日は営業でぶらぶらここまでやって来たんだけど……ふふ、今日は退屈しなくて済みそう」


そう言うと、女は意味ありげに俺の手を取って手のひらを指でなぞる。何ともいえない奇妙な感覚にゾクリと来ると、女はネクロにも振り返って愛想を振りまく。が、ヤツは生きてる人間にはあまり興味がないためにシラけたツラしてボケッと突っ立ってやがる。


「どうかしら? もし今日のお相手が決まっていないのなら私と過ごさない?」

「いいけどよ、金ならねーぞ」

「分かっているわよ。偶には私だって相手を選びたいもの。そちらのお兄さんも如何かしら」

「あー、あいつはダメだ。生きてる人間相手じゃ勃たねーし」

「そう、残念ね。でも安心して頂戴。館に戻れば『色々な趣味』をお持ちの殿方を満足させる女が揃っているわ。皆今日はヒマしているもの、選り取り見取りよ?」


なるほど。金持ちの道楽オヤジ相手にしてると、普通のサービスじゃご満足頂けない、ってか。ネクロも女のその言葉には食指が動いたらしく、ぴくりと眉を跳ね上げて口元をわずかに歪ませた。この変態野郎が。


「別に、オレは相手が美しくなくても良い。ただ内臓が綺麗ならな」

「あぁ、そういうシュミの方なのね。安心して頂戴。今日は『活きがいい』のが入ったから」

「そうか―――それは楽しめそうだな」


普段めったに見せないような笑みを浮かべたネクロは、店の残骸を片付けるオヤジに多めの硬貨を渡し、一人でさっさと出て行ってしまった。欲に忠実なのは一体どっちだ、と言ってやりたいところだが思わぬところで上物をゲットできて嬉しいのは俺も同じことだ。口笛吹きつつ、俺は女と店を後にした。もう辺りは闇に沈んでおり、安っぽいガス灯の明かりがなけりゃ足元がおぼつかねぇほどだ。いつもなら酒を売る屋台が立ち並ぶんだが、女の言うとおり鉄道事故のせいで人通りは少なく、それに伴って屋台の数もごくわずかだった。


「(しっかし、ついてねぇと思ったが最後の最後でどんでん返しが来たな。こんな美女とめぐり合えたんだし)」


ネクロの大ポカさえなけりゃあもっと良かったんだが、まぁこれはこれで良い。上機嫌になった俺は口笛なんぞ吹きつつ、隣を歩く美女へと視線をやった。本当、むしゃぶりつきたくなるような女だな。むちっとした肢体からは零れんばかりの色香が漂っているくせ、下品なところはひとつもない。まさに俺好みの女だ。すぐさまその仮面の下に隠れている表情を拝みたいもんだが、娼館までの間どんなに色っぽい顔をさせているのかと想像するのも悪くない。

と、そんな俺の視線に気がついたのか、女はふふっと妖艶に笑いながら俺の腕にしだれかかってくる。


「ねぇ、運命って言ったら信じてくれるかしら」

「運命だぁ?」

「そう、運命。あなたとは初めて出会ったはずなのに、どこかで会ったような気がするの。ねぇ、もしかしたらこの夜以外にも会ったことがあるのかしら」

「いや、無いはずだが」

「…………そう」


俺がそう返答すると、女は悲しそうな顔をさせて俯いてしまった。やべ、失敗したか?

時々いるんだよな、こういう女。「あなたとは運命の赤い糸でつながれていたのね」とか「あなたにめぐり合うために生まれてきたの」だの。生憎俺はそんなもん全然信じちゃいねぇから知らねーの一点張りで突っ返すんだが、そうするとムードがねぇだの何だのとキレて、最悪張り手食らわされてお別れだ。くそ、面倒くさいがこの女とヤれねーのは勿体無さ過ぎる。今からでもノっておくかと腹を決めた瞬間、何だか妙な違和感が俺を襲った。なんだ、この感覚。どっかで味わったような気が―――


「さ、ここを曲がれば店はすぐそこよ」

「あ、あぁ……」


先ほどの悲しげな表情を一変させ、元の妖艶な表情へ戻った女は、俺の腕を引っ張るように路地裏へと誘い込む。ネクロも一足遅れて足を運び、小高い丘の上にそびえたつ娼館を見上げた。真っ暗な街の雰囲気とは打って変わり、きらきらと輝く電飾で彩られたそこは、まるで現実の世界から切り取られた場所のようだ。それを見た俺は俄然テンションが上がり、ヘヘッと自分でも気味が悪い笑みを浮かべてしまった。


「うっしゃ、今日は寝かさねーぞ…………って、あれ?」


館に気取られてしまい気づくのが遅れたが、ついさっきまで俺の隣にいた女が忽然と姿を消していた。あ? どこに行ったんだ? 周囲に視線を張り巡らせるが、女の姿は確認できない。つか、隠れられるような場所もねぇ拓けた場所だ。しかも、ネクロのヤツもいなくなってるじゃねーかよ! どういうことだ?

ゴゥゴゥと気味の悪くて生暖かい風が、俺の頬をチロリと舐めていく。その異様な気配に、俺はすばやく腰に提げてある銃を取り出し構えるが―――


「ぐっ!?」


ガツン! と後頭部に何か固いものがぶち当たった! ありえねぇ、気配もなかったのになんで!? 慌てて後ろを振り返ると、鉄パイプを構えたあの娼婦の姿が見えた。クソッ、何なんだこの女―――! 反撃しようと銃を構えなおすのだが、視界が大きく歪み、意識がどんどん遠のいていく。やべぇ、これは、マジで―――


「お休みなさい。次に会うときまでに思い出して頂戴ね」


女が俺の額に口付けたのを見たのを最後に、俺の意識は深く闇に沈んでいった。




****** ****** ******




「―――、オイ、ジン……」

「あぁ……?」


ぼそぼそと俺の名を呼ぶ野郎の声で、俺の意識が段々とはっきりしていった。

ってぇ~~……頭が割れるように痛ぇ。その痛みを振り払うように頭をぶんぶん横に振り、俺は目をゆっくりと開いた。埃くさい匂いが充満し、むき出しの鉄骨がいたるところに突き出ている。ネズミやゴキブリが這っててもおかしくねーくらいにきたねぇ場所だ。ジリジリと苦しそうに燃えるランプが暗い室内を照らしているが、窓ひとつ無い部屋でめちゃくちゃ息苦しい。完全な密室、ってやつだ。


「なんだよ、ここ……って、」


とにかく立ち上がろうとした瞬間、ジャラ、という重たい金属音が響いてきた。嫌な予感がして後ろを見ると、太い柱に巻きつくように鎖が這い、それは俺の身体をガッチリと拘束していた。しかも、しかもだ。鎖だけじゃ飽きたらないのか丈夫な縄で上半身縛り付けているじゃねーか!


「おい、どういうことだこりゃ! SMに興味はねーぞ!!」

「落ち着け、ジン。うるさい」

「ネクロ!? てめー自分のシュミに俺を巻き込むんじゃねーよ、殺すぞ!」

「オレのわけがあるか。よく見てみろ」


ネクロの声がしたほうへ視線を向ければ、ヤツは俺の背後、ちょうど柱の裏にいて俺と同じようにグルグル巻きにされていた。ん? ネクロも縛り付けられてるっつーことは、やつがやったんじゃねーのか。首をかしげる俺に、ネクロは心底呆れたような声でため息をつきやがる。


「あの女だ。わずかな隙をつかれて背後から殴られた。お前もそのクチだろう」

「ん~~~…………あ、そうだ! あの女、消えたと思ったら急に背後から出やがって」

「で、気がついたらこのザマだ」


吐き捨てるようにそう呟くネクロ。表情は隠れてて見えないが、きっと鬼のような顔をさせて怒ってるに違いない。かくいう俺も、じょじょにハッキリする意識とともに、煮えたぎるような怒りが胃の底からこみ上げてくる。クソッ、と毒づいて身体をよじるが鎖でビクともしねぇときた。


「おい、ネクロ! こういうときこそ隠してる武器が役に立つんじゃねーの!?」

「無理だな。めぼしい武器は根こそぎ奪われていた。ジンこそ、何か持っていないのか?」

「…………ダメだな。袖の裏に隠してたナイフもねーわ」


職業柄、こうやってとっ掴まるというパターンは過去数回あったが、いずれも俺かネクロが隠し持っていた武器を使って脱出できた。だが、俺らを捕まえたヤツは相当用心深いらしい。そりゃそーだな、俺らをこんなにもアッサリと捕まえたやつだ、今日昨日会った強盗とは格が違う。


「マズイな。打つ手なしかよ」

「女の色香に惑わされた挙句死ぬとはな。まぁお前のような小物には似合いの最期だ」

「あ? なんだよ、自分は死なないとでも思ってんのか?」

「俺たちを殺すことが目的なら捕らえたりはしないはずだ。そこから推測するに、オレたちに何か聞きたいことがあって拘束したと考えるのが普通だろう。手っ取り早く吐かせるには……薬か拷問だな。ちなみにオレはどちらも免疫がある」

「…………」


得意げにそう語ったネクロは、フンと鼻を鳴らして「貴様にはどちらも無理だろう」と視線で訴えてきた。くっそ、相変わらず腹立つヤツだな。状況はお互い最悪なはずなのに、ネクロは慌てもせず騒ぎもせずに余裕綽々といった様子だ。そりゃあギャーギャー騒がれるよりはマシだが、何だかいまいち危機感を感じられん。


「まぁお前があわてふためいて騒ぐところなんざ、頼まれたって見たくねーけど」

「何の話だ」

「こっちの話―――っと、首謀者サンのお出ましみたいだぜ」


ギィ、と耳障りな音を立てて重そうな鉄の扉が開いた。そこから現れた人物は、俺たちを娼館まで案内しようとしていた、仮面をかぶったあの女なんだが―――まぁなんつうか、出会ったときよりもヤらしい恰好をしている。黒を基調とした革のボンテージに身を包み、惜しげもなくその豊満な肉体をさらしている。俺的には問題ねぇけどお前その恰好で外をウロつくなんて相当の変態だぞ、なんてツッコミを入れたかったけど、ヒステリーでも起こされたらたまんねーからな。

俺がじっと女を見つめていると、彼女は嬉しそうにクスクス笑った。


「うふふ、ジン久しぶりね」

「…………」

「あなたともあろう人が、こんなにあっさり掴まっちゃうなんて。それともそんなに私が魅力的だったのかしら?」


長い金髪をかき上げ、俺の前でしゃがみ込んだ女はその長い指で俺の頬をツゥっとなぞる。しかし……相手は俺のことをよく知っているようだが、俺は何も思い出せない。黙り込んだままの俺に痺れを切らしたのか、女は「もう、しょうがないわね」なんてふてくされたような声をあげて、顔を覆っていた仮面をはずした。


「改めて、お久しぶり。ジン、ずっとずーっと会いたかったのよ?」


熱に浮かされたような顔で俺を熱烈に見つめる女。仮面の下に隠れていた顔は、予想よりも遥かに美人だった。ちょっと垂れ目になってるのが色っぽいしな。だが、化粧が濃すぎるのが頂けない。そんなに塗りたくらなくても、元がイイんだから―――なんて的外れなことを考えていると、女が「ちょっと!?」と怒声を上げてきた。


「ジン、ちょっと何呆けてるのよ!? 私よ、私! ルーディアよ!!」

「…………全然分からん」

「ヒドっ! な、なによこのバカ男! あの時深く愛し合ったのを忘れたの!!?」


さっきまでの冷静な表情はどこにいったのか、女は小娘のようにキーキー喚き散らし、あまつさえ俺の頬をビンタしやがった。なんだこの女、覚えてねーもんは覚えてねーんだよっ! ジンジンと痺れる頬の感触に舌打ちをして、俺は女をにらみつけた。


「悪いがな、お前のことなんざちっとも、これっぽっちも、米粒程も覚えてねぇよ!」

「そ、そんな―――だって5年前、私たち付き合っていたじゃない! あの小さな村で、純情な村娘だった私……そんな私を、ジンは誰よりも愛してるって言ってくれたわ!」

「純情な村娘はンな恰好しねぇよ!!」

「ジン……本当に覚えていないのか?」

「笑えるくらい覚えがねぇ」


必死になって俺から記憶を呼び覚まそうと躍起になる彼女に、さすがに哀れみを感じたのか気の毒そうに話しかけるネクロ。5年前、3年前だったら確かネクロとコンビを組んだ年だったっけか。それ以前となると、俺も今より若くて女に関しちゃ殊更だらしなかったな。その気もねーのに「愛してる」だの何だの囁いたりしてよ。そのせいで色々トラブルに巻き込まれたから今は素人の女に手ぇ出すのは控えてんだが―――まさかその時のツケが今になって回ってくるとはな。


「そう……本当に、私のこと何も覚えていないのね」


深く絶望したらしい女はガックリと肩を落として身体をプルプル震わせた。


「あの列車でジンと再会して……あんなせこい窃盗団にジンが殺されるのはイヤだったから手助けして―――ここまでジンをおびきだして、せっかく会えたのに……ジンを驚かせて、めいっぱい苦痛を与えて殺してやりたかったのに―――」


よく分からん独り言をぶつぶつ呟くルーディアは、腰に提げてあった革の鞭の表面を撫でながら涙を流した。まさかこいつ、俺を宙吊りにして鞭打ちでもする気だったのか? 壁に打ち付けてある手錠やら足かせやらを見る限り、その線が濃そうだが。


「おい、ジンとお前が知り合いなのは分かったが、オレはお前を知らない。私怨ならジンだけを狙えば良いだろう」


ルーディアの態度に流石にイライラしてきたのか、ネクロが彼女にそう問いかける。しかしルーディアは、フンと鼻を鳴らしてネクロを見下ろした。


「最初は騒がれるのがイヤだったから貴方も連れてきちゃったんだけど、気が変わったわ。貴方も道連れよ。ジンと一緒に死んで」


ぐすっと鼻を鳴らしたルーディアは、俺たちから数歩離れて何かのビンを置いた。無色透明なビンの中には水のような液体が入っているが、なんだあれ。訝しげな視線を送る俺とネクロに、彼女はクスクス笑いながらビンの栓を抜く。


「本当は私の手でなぶり殺しにしたかったんだけど、時間もないし、何より私のことを怒らせた罰よ。じわじわ死ぬがいいわ」

「おい、ちょ、待―――!?」


漆黒の瞳に危ない光を湛えたルーディアは、俺に投げキッスを送るとそのまま「消えて」しまった。まるで地面に溶けるかのように、姿かたちそっくりなくなってしまったのだ。これにはたまげてビックリしちまう俺だが、いつも冷静な俺の相棒は「なるほどな」なんて小さく呟いてみせる。


「アレは、<竜骸>憑きだったのか」

「りゅーがい? なんだそりゃ」


疑問の目をネクロに向ければ、やつは面倒くさそうにため息をつきやがり、これまた面倒くさそうに解説してくれた。


「知らないのか。まぁごく端的に、頭の悪い奴にも分かりやすいように言うと、この世界の旧時代が生み出した『呪い』とでもいうべきか。バケモノが現れて村や街が破壊されたという噂くらいは聞いたことがあるだろう」

「あぁ~、知り合いが確かそんなこと話してたっけか。つか、頭悪いって何だ頭悪いって」

「貴様以外に誰が居る。それはともかく、ごく稀にその<竜骸>の力が人間に宿る場合があるらしい。オレも見たのは初めてだが、彼女はその類の人間だろうな」

「なるほどねぇ。だからあん時、俺やお前に気づかれなかったのか」


今思い出しても腸が煮えくり返りそうになるが、いくら俺やネクロが凄腕でも、急に地面に消えて背後から奇襲されりゃあそりゃこのザマになるわな。

んで、よくよく思い返してみると仕事仲間から今のネクロのような話を聞いたことがある。真剣に聞いてたわけじゃねーからよく覚えてないが、なんでもこの世界には人間が幾ら束になっても勝てねぇバケモノが存在するとかしないとか。俺は仕事でよく大陸のあちこち飛び回ってるんだが、今までそんなやつに出くわしたことはない。それくらいに稀なモノなんだろうが。

納得してふんふん頷いていると、何かツンとした刺激臭が鼻を掠めていく。なんだこれ?さっきまでは埃臭さだけが漂っていたのに。


「これは―――また趣味の悪いものを置いていったものだ」

「なんだよこれ」

「単純に言うと毒ガスだ。吸い続けると死ぬ。それも、体中の体液をぶちまけて地獄のような苦しみを味わいながら、だ」

「は!?」


淡々ととんでもないことを言うネクロに、思わず素っ頓狂な声をあげちまう俺。おいおい毒ガスって―――何とか身体をよじって鎖から抜け出そうとするものの、がっちり身体は固定させていてびくともしない。


「お前のせいで殺されるのはこれで2度目だな。付き合いきれん」

「そうだったか?」

「そうだ。ところでどうするんだ? 武器も取られ、お互い身動きも取れん。薬の量と部屋の広さを計算すると―――もって30分、といったところか」

「お前、毒やらなにやらには強いとか言ってたじゃねーか、もうちょっと頑張れよ」

「……最初から殺す量の毒なら耐えられん」

「なんだそりゃ! ったく……まぁ、それなりに足掻いてダメだったらダメだな。うへぇ、最期は野郎と心中なんて笑えねー冗談だぜ」


軽口を叩いて口笛なんぞ吹く俺だが、内心ちょっぴり焦っていたりする。ヤバイ。マジでヤバイ。身体をなんとかよじっていくつか隠していた武器を探すんだが、お互いふん縛られてる状態だし、まともに使えるとは思えねぇ。打つ手なし、とはまさにこの事だ。


「(もしかしてこれって、エスカリーテ嬢ちゃんを見放そうとした天罰だったりすんのか?)」

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