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賞金稼ぎは子守唄を歌う act6

「どう? あんたにピッタリだと思うんだけど」

「う、うん」


任せな、といったミューラに手を引かれてやってきたのは彼女の部屋。こじんまりとした屋根裏部屋で、夕日の明かりが窓からいっぱいに差し込んでくる素敵なお部屋だった。で、ミューラがしばらくタンスを漁っていたかと思えば、そこから出てきたのは青い生地でできたワンピースだったの。裾のほうが濃いグリーンになっていくようなグラデーションがとってもきれい。それをわたしに着せてくれたミューラは、満足そうに笑っていたわ。


「オヤジがくれたもんなんだけど、あたいにゃ似合わないしね。あんたにやるよ」

「そ、そんな! わたしなんかが貰うわけにはいかないわ!」

「いいんだよ。結局着ないで仕舞われっぱなしよか、あんたみたいに可愛い子に着られたほうが服も幸せってもんだ」


八重歯を覗かせながら笑い、ミューラはわたしの肩をぽんっと叩いた。ミューラだって、このワンピース着たらとても似合うと思うんだけど。そんなことを告げると、ミューラは「着たら仕事できなくなるよ」ってちょっぴり寂しそうに呟いた。そっか。宿屋の娘さんだもんね。さっき会った時もお水のたくさん入ったバケツを運んでいたくらいだもの、ひらひらフリフリの服を着たら邪魔になっちゃう。


「さて、そろそろ晩飯の時間だ。オヤジもそろそろ帰ってくるし、支度しないとね。あんたは自分の部屋に帰ってくつろいでるといいさ」

「分かったわ。ありがとう、ミューラ」

「いいってことよ。じゃあね」


ばたん、と閉じられた扉を少し眺めたあと、わたしは後ろを振り返って再び鏡を見た。そこに映っているわたしは、ちょっとすました顔で青いワンピースを着こなしている。こんな可愛い服を着たことなんかなくて、わたしは一人にんまり笑いながらくるりとその場で一回転してみたり。ふわん、という軽やかな音が鳴りそうなくらいにひらひら舞うワンピースの裾がとっても可愛い。


「(大変な時なんだけど……ちょっぴり嬉しいかも)」


ず~っと一人でいたから贅沢をする余裕なんかなくて、服なんかもほつれたのを何回も縫い直して着まわしていたわ。村の友達やリサがピンク色の可愛いスカートを着たりしておしゃれしているのを見て、ずっといいなぁって思っていた。勿論、そんなことおくびにも出さなかったけどね。だって羨ましいなんて言ったらひがんでるみたいじゃない。

……へんなところで意地っ張りよね、わたし。


「えっと、部屋は確か2階の奥だったわよね……」


いつまでもくるくる回っていても変な人みたいだし、わたしはそうっと部屋を抜け出して2階の奥へ向かった。もうすぐ夜になるからか、お客さんがたくさん行きかいしていた。もちろんわたしみたいな子供じゃなくて、ごつごつした鎧を着た男の人だったり、旅慣れしてそうなおじさんだったり。完全にわたしは周囲から浮いていて、ジロジロ見られるたびに、何も悪いことをしたわけじゃないのにドキドキした。そうやってやっとたどり着いた部屋に、わたしはもぐりこむ様に入っていった。がらんとした部屋には、左右にベッドが二つ。飾り気の無い大きなタンスがどんっと扉の横に立っていた。なんとなくベッドに近づいたわたしは、ベッドの片方にぼふんと腰掛ける。


「ん……? あれ、何か踏んだかしら」


ごつん、と何か固いものがお尻に当たったから、わたしは手をもぞもぞ動かしてその物体を取り出した。わたしの手のひらよりちょっと大きな細長いもの。表面は黒くて側面には銀色のナイフ……? のようなものが収納されていた。柄の部分には名前らしきモノが彫ってあったわ。ジンって書いてある。


「ごめん、エスカリーテ!」

「きゃあああああ!?」


その細長いナイフ? のようなものを眺めていたら急にドアがばたん! と音を立てて開いた! オーバーな悲鳴をあげたわたしは無意識のうちにスカートのポケットにそれを隠してしまい、ベッドから飛び降りて後ずさってしまったわ。自分から見てもものすごく怪しい行動だったけど、ドアを開けた張本人は「ごめん、ごめん」と言ってきた。


「驚かせてごめんよ。ここ、あの二人が使ったまんまだったのを思い出してさ。今日は特に忙しかったから片付けが後回しになっちゃって―――って、聞いてるかいエスカリーテ?」

「え、えぇ、ご、ごめんなさい、驚きすぎだよね……」


別に後ろめたいことなんてしてないのに、挙動不審さを隠し切れないわたし。あはは、と乾いた笑いを浮かべながら、わたしは頬をぽりぽり掻く。そんなわたしをミューラは不思議そうに見つめた後、ふたつのベッドを整えて簡単にお掃除をしたあと部屋を出て行った。


「ふぅ……えっと、とりあえずどうしようかしら」


ほっと胸をなでおろしたわたしは、部屋をきょろきょろ見回して何をしようか考える。眠るにはまだまだ早いし、何かをするにしても何も持っていないわ。と、その時ベッド脇のサイドテーブルに紙とペンが置かれているのを見つけたの。そこでピンときたわたしは、リサに向けてお手紙を書くことにした。きっと心配しているに違いないもの。


「えっと……リサ、お元気ですか? っと―――」


誰かに向けてお手紙を書くのなんて初めてで少しドキドキした。いつも家で日記書いていたから文章を書くのはすごく得意なの。でも、これまでの出来事を全部書こうとすると紙が10枚くらい必要になっちゃう。要点を抑えて、私が今無事なこと、二人のヘンなお兄さんに助けてもらって無事なことを書き込む。


「一人は赤毛のお兄さんで、口が悪くて不良っぽいの……もう一人は王子様みたいなかっこいいお兄さんで、でもすごく冷たくて―――」


改めて手紙に二人のことを書くと、本当にメチャクチャな人たちだなぁって思ったわ。村にいる人たちは皆大人しいというか、変わらない毎日を謳歌しているような暮らしが好きだし。わたしもそんな暮らしが好きだけど―――なんというか、ちょっぴり楽しいって思える自分がいたり。だって、村にずうっと引きこもっていたら、列車のなかで大乱闘が起きて巻き込まれたり、大きな街で立ち食いすることもなかったしね。


「えっと……これで良し」


出来上がったお手紙を丁寧に折ってテーブルに置くわたし。ふと外を見やると、すっかり暗くなっていた。真っ暗な夜空にちかちか星が瞬いていてとてもキレイ。街の大通りのほうはまだまだ明るいけど、この通りは暗いから星がよく見えるわ。虫の音色もどこからか響いてきて、なんだかとっても落ち着くし。


「ひと段落したし、下に行ってお茶を貰って来ようっと」


伸びをしたあと、わたしはベッドから勢いよく飛び降りて一階へと向かう。ぎしぎしと軋む階段を一段一段下っていくと、男の人の大きな笑い声が聞こえてきた。そうか、時間的に今は夕ご飯だもんね。カウンターのあるフロアに近づくと狭い店内いっぱいにお客さんがひしめいていたわ。


「あ、エスカリーテ。メシ食うかい?」


小さな腕に料理の載ったお皿をいっぱい抱えていたミューラが、わたしにそう問いかけてきた。


「ううん。ご飯はもう外で食べちゃったからいいわ。お茶だけ貰いに来たの」

「そか。オヤジ、この子ジンの連れ! 上等な茶出しといてくれよ!」

「分かった、分かった」


カウンターの中から野太い男の人の声がして、そちらへ視線を向けるとにこにこ顔のおじさんが立っていた。おひげがとっても良く似合っていて、白髪交じりの頭にははちまきが巻かれている。おじさんはわたしを手招きすると、カウンター沿いのイスに案内してくれた。


「珍しいねぇ。ジンがこんなに可愛い子連れてるなんて」

「いつもきれいな女の人連れてるから、でしょ?」

「あはは、ミューラから聞いたのかい? 彼は女性に目がないからねぇ」


離しながらも手元は動かすのをやめないおじさんは、わたしの目の前にホカホカと湯気を立てるミルクティーと、それから小さなお皿に載せられた焼き菓子を置いてくれた。あら、この焼き菓子……屋台で見たのと同じ! 星型をした可愛い生地の上にはたっぷりのクリームがかかっていて、彩りにフルーツも添えられている。嬉しくって、わたしは思わず「わぁ」と声を上げちゃったわ。


「ジンのお連れさんにサービスしないわけにはいかないからねぇ」

「すごい! こんなにおいしそうなお菓子見たこと無いわ!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。さ、おあがり」


いただきます! と大きな声で返事したわたしはさっそくお菓子を一口大にフォークで切り崩して食べてみた。うわぁ、とっても甘い! こんなに甘くて美味しいもの、今まで食べたこと無い。夢中になってぱくぱく食べていると、おじさんがフフフ、と笑っていることに気がついた。


「美味しそうに食べてくれるじゃないか。まるでジンのようだ」

「……ジンさんが?」

「そうさ。あいつ実は甘いモノに目が無くてねぇ。でも、連れのネクロさんには知られたくないみたいで、夜中に一人でコッソリこいつを食べにきたこともあるよ」

「へぇ~……」


そういえば、夕方ジンさんと屋台を見てわたしが「お菓子がいい」って言ったとき、彼少しだけ言葉に詰まっていたような気がする。べつに男の人が甘いもの好きでもいいと思うんだけど。そんなことをおじさんに告げると、「男ってのは妙なところで恰好つけたがるんだよ」と答えてくれた。


「お嬢さん、彼らはひと癖もふた癖も変わったヤツらだが、根はとっても良い奴らだ。仲良くしておあげ」

「……どうかしら。今頃わたしをどうやって厄介払いしてるのか考えてるんじゃないかな」


送るだの何だのジンさんは言ってくれたけど、あの通り軽くて調子の良い性格だもの。鉄道事故のせいで村に戻るのもむずかしいでしょうし、きっとわたしをここに置き去りにするつもりなんじゃないかしら。そう考えるとちょっぴり苛立ってしまって、わたしはミルクティーを音を立てて飲み込んだ。


「オヤジ、ギルタ酒が切れてるんだが今日取りに行く予定じゃなかったの?」


ケーキの最後の一切れを頬張った瞬間、銀色のトレイにお皿をいっぱい載せたミューラが顔を出してきた。ミューラの言葉を聞いたおじさんは、おぉ、と頷いてそれから手をぽんっと叩く。


「……ウッカリしてたなぁ。いつもの酒屋、今日に限って店が開くのが夕方だったんだよ。取りに行くのをすっかり忘れてしまっていた」

「もー、そそっかしいなぁオヤジ。しょうがない、ちょっくら行ってくるよ」

「と言っても、お前一人では危ないだろう」


ちらりと壁に掛かっている時計をみるおじさん。時計の針はわたしがいつも眠る時間を指していて、ミューラみたいな女の子が一人で外をうろつけるような時間じゃなかった。


「困ったな。私が店を抜けるわけにはいかないし……」

「へっちゃらだよ。変なやつが来たって、あたいの足に敵うわけないし」

「そうは言ってもお前は女の子だろうが。しょうがない、今日は売り切れってことで―――」

「あ、じゃあわたしが着いていくわ」


カウンターのイスからひょいっと飛び降りたわたしは、ミューラの隣に並んでみせる。当然ミューラやおじさんはダメだよ、と釘を刺してくるんだけど、お客さんたちはまだまだたくさん店内にいて、そのギルタ酒っていうのを注文していた。売り切れになったら、きっとお客さんはがっかりしてしまうに違いないわ。


「その酒屋さんって、ここの宿屋に来る途中にあった青い屋根のお店でしょう? なら10分もかからないで往復することが出来るじゃない」

「しかしなぁ……子供だけで行かせるわけにも」

「エスカリーテ、あんたは客なんだからそんなのちっとも気にする必要無いんだからね?」

「大丈夫よ。ね、ミューラ。この服の恩返しがしたいの」

「エスカリーテ……」


そうわたしが言うと、ミューラはとても嬉しそうな顔をしてわたしのことを真っ直ぐ見つめてくれた。わたしのダメ押しに流石のおじさんも折れたのか「じゃあなるべく早く戻ってきなさい」と言い、ミューラにお酒のお金を持たせてくれたわ。わたしはミューラの手を握り、走ってお店の看板を潜り抜ける。


「さ、ミューラ行きましょ!」

「ちょ、ちょいと待っておくれよ! 走らなくても、酒屋は逃げたりなんてしないよ!」


気をつけて行っておいで、というおじさんの言葉を背中に受けてわたしたちは宿屋を後にした。夜に見る景色は、夕方見た時とは全然違う。人通りも少ないから風のゴウゴウという音しかしないし、黒猫さんが急に道を横切っただけでも心臓がドキリと音を立てて飛び上がったわ。でも、隣にはミューラがいるからちっとも怖くない。むしろ、探検をしているみたいで楽しいかも。


「エスカリーテ、良かったのかい? アンタはお客なんだからさ、こんなことしなくたって良かったんだよ?」

「気にしないで。せっかくミューラと仲良くなったんだから、友達の役に立ちたいわ」

「友達、か……えへへ、何だか照れるなぁ」


まだ繋がったままの手をぎゅっと握り締めて、ミューラは照れくさそうに笑ってみせた。


「アタイ、さ。実は友達いないんだよ。ずうっとオヤジの手伝いしてたから、おない年の子達とはなかなか遊べなくてさ」

「そうだったんだ……」


思わずわたしが深刻な声を出しちゃうと、ミューラは慌てて首を振った。


「あ、いや別にそれがイヤってワケじゃあないんだよ? オヤジの手伝いは楽しいし、お客たちもイイ人ばっかだしね。でも、やっぱたまには他の女の子と遊びたいな~って思うわけさ。あ、コレオヤジには内緒だからね!」


唇の前で人差し指を立てたミューラは、そのまま手をわたしの指に絡めてきた。「ゆびきり」を交わして、わたしたちはお互いに顔を見合わせて小さく笑った。おかしいってわけじゃないんだけど、ヒミツを共有するってとっても楽しいことだと思うわ。大きい小さい関係なしに、ね。


「さて、そうこうしてる間に酒屋に到着っと」

「あ、本当だ」


お話しながらだったから気づかなかったけど、いつのまにかあの大きな青い屋根のお店が建っていた。他のお店はもう真っ暗だったけど、そこのお店にはほんのり光る明かりがともっていて、軒先にはお酒の入った大きなビンがごろごろ置いてある。うん、やっぱりついてきて正解だったわ。だって、いくらミューラでもこんなに大きなお酒のビンを一人で運ぶなんてキツイもの。


「エスカリーテ、ここでちょいと待っててくれないかい? 店のおっさんがそこに酒を持ってきてくれるはずだから」

「分かったわ」


そうわたしに告げたミューラは、一人店の奥に消えていってしまった。うーん、お仕事とはいえ堂々と酒屋さんに入れるなんてすごいなぁ。ちょっぴりお店の中を覗いた後、わたしは軒先のお酒のビンが並んである一角に立って待つことにした。まわりがシンと静まり返っているせいか、風景が時間が止まっているように見えるわ。わたしの村だったらうるさいくらいの虫の声がするんだけど、ここではよく耳を澄まさないと聞こえない。わたしは少しだけ目を閉じて、虫の声を探すことにした。


「(………………ん?)」


目を閉じて数秒もたたないうちに、耳に何か鈍い音が引っかかった。なんだろう、お布団かなにかを殴ったような音だったわ。ついつい気になってしまったわたしは、その音が聞こえたほうへと足を向けてしまう。えと、このお店の横手から聞こえたと思うんだけど―――


「………………!!」


そこには、ぎらりと光る赤い目があった。

ネクロさんよりもずっと大きな身長で、目を除く顔面に包帯を巻いた男が道で倒れているわたしと同じくらいの歳の子供をじいっと見下ろしていた。がっしりとした筋肉に覆われた首にはきれいなペンダントがぶらさがっているけれど、それがかえって不気味さを増していたわ。それに、男の手には大きなナタのようなものが握られていて、それからはヌラヌラとした赤い雫が滴ってる。あれは、血―――!? 恐ろしく異様な光景に動けないでいると、その男は倒れている子供に赤いナタを振り下ろした! ドスッという重い音とともにナタが子供の頭に突き刺さる。血が噴水のように噴出し、それを見届けたナタの男はゆっくりと屈みこんで…………噛り付いた。


「ひ、ぁ………………」


男の顔が横にまっぷたつに裂けて、そこから歯のようなものが見えた。まるで犬のように四つんばいになって子供に噛り付く男は、物音ひとつ立てずに子供の血をすすり飲んだ。あっという間に顔面から血の気が引いたわたしは、こみ上げる吐き気を抑えるために口に手を当てた。でも、その瞬間わたしの靴が小石にぶつかってしまい、カランという乾いた音が静まり返ったその場に響いたわ。


「あ、あぁ…………」

「…………、…………」


ぎょろりとしたあの赤い瞳が、わたしのほうへ勢い良く向けられた。左右で形の異なる目は、わたしの姿を確認すると子供の頭に刺さっていたナタを引き抜き、思い切り振りかぶってわたしのほうへ投げつけた!


「きゃああああ!」


咄嗟に屈みこんでナタは避けたけれど、掠ってしまったみたいで肩から血がにじんできた。しかも、外れたナタは民家の壁をぶち破っていたのよ!? その家は人がすんでいなかったみたいで誰もいなかったけど……何なのこの人。後ろを見ながらヨロヨロとわたしが立ち上がると、ナタ男はギシャギシャと不快な声で叫び、異様に長く伸びた腕からまたナタを生やしてきたじゃない! ば、ばけもの…………!?


「ちょ、ちょっとちょっと……! なんなのこの人!?」

「エスカリーテ! なんだい、今の音は!」

「あっ! だめ、ミューラこっちに来ないで!!」


お家が壊れてしまって数秒もしないうちに、ミューラの甲高い声が聞こえてきた。するとナタ男は、わたしではなくミューラの声がしたほうへとゆっくり視線を向けたわ。まずいわ、この人がミューラに飛び掛りでもしたら殺されちゃう! わたしは意を決してナタ男の足へ体当たりした。男はまったくといっていいほど動じなかったけれど、注意をミューラからわたしへ引き寄せることには成功したわ。わたしは汗ばむ手をぎゅっと握り締めて酒屋さんと離れるように走り出す!


「わたし、結構すばしっこいんだからね!」

「ギシッ、」


真っ二つに裂けた頭をブルブル左右に動かして、ナタ男はわたしを追いかけてくる。うわっ、なんて速さなの! わたしこう見えても村の子たちの間では足が速いほうだったのに、ナタ男はあっという間に距離を縮めてくるわ。このままじゃ追いつかれちゃう…………! わたしは周りに助けを求めるために大声で叫んだ。


「だれか……っ、誰か助けてください!」


息切れしちゃって、掠れるような声しか出せなかったけれどわたしはお腹の底から大きな声で助けを呼んだわ。でも、わたしの声に応えてくれる人はいない。ミューラと酒屋さんまで歩いていたときと同じみたいに、シンと静まり返って人の気配すらしなかった。人が出歩くような時間帯じゃないのは分かってるけど、こういうときに限って誰にも会えないなんて運が悪いわね!


「きゃっ……!」


余計なことを考えていたら、わたしのすぐ横をあの大きなナタが掠めていった。後ろを振り返ると、ぎひゃぎひゃと気持ち悪い声をあげるあの男が口から赤い血を滴らせて追いかけてきている。このままじゃ追いつかれちゃう……! そう思ったわたしは、偶然目に入った細い路地に入り込み、あいつをまく作戦に出た。木箱やらタルやらが散乱している汚い裏路地は、身体のおおきなあいつには通りにくいけどわたしのように小さな身体なら間をすり抜けることが出来るもの。よしっ、これで逃げ切ることが―――


「ギヒャ、ヒャ!」

「わぁっ!?」


障害物に体当たりしながらわたしをおいかけるナタ男だけど、邪魔な木箱やらをナタで払いのけて、なんと横の壁によじ登り始めたじゃない! 動きはさながら家の中に出てくる黒いアイツそっくりよ。ゾッとしながら、わたしは必死で逃げ続けるけれど、さすがに息がきれてきた。ぜぇぜぇと荒い息が口から零れて、今にも足がもつれて転んでしまいそう。


「(あっ!)」


どこをどう逃げたのか分からなくなった時、灰色の壁に小さな穴があいているのを見つけた。これならわたしでも潜り抜けることができるわ! わたしは咄嗟に木箱の影にかくれ、あいつの視界から消えた瞬間に壁の隙間に身を潜ませた。


「グヒャ…………、」


穴のなかは細い道……ダクトのようになっていて、かなり深そうだった。と、ナタが地面を引きずるような音が耳元まで聞こえてきて、わたしはなるべく音を立てないようにそのダクトのなかを進むことにした。ううっ、真っ暗で何も見えないし、四つんばいになってるから手足がグチャグチャに汚れちゃうし、最悪だわ。それになにこの嫌なニオイ。わたしは口で息をしながら奥へ奥へ進んでいく。すると、ようやく出口にたどり着いたみたいで、淡く漏れる光が見えてきたわ。わたしは喜び勇んでそこまで進み、出口にかかっていたアミを蹴り飛ばして(お行儀悪くてごめんなさい)そこから脱出した。


「うわっ……、なにここ」


今にも消えてしまいそうに燃えるガス灯に照らされた室内は、わたしが見たことがないくらいに荒れたところだった。錆びた鉄骨がむき出しになったお部屋で、ガラスの破片やら木片やらがゴロゴロ散乱しているわ。壁には下品な落書きがしてあるし……なんなのよ、ここ。


「と、ともかくアイツに見つからないようにそうっと出ないと」


一応逃げ切ったとはいえ、アイツはまだまだこの辺をウロついているに違いないわ。さっきまでの逃走劇を思い出してゾクリとしてしまったわたしは、壊れてボロボロになった大きな鉄の扉に手をかけた。うわっ、錆びてていくら押しても開かないわ! でも、出口ってここしか見当たらないけど…………


「あれ、何かなあそこ」


よぅく見ないと分からないんだけど、出口のちょうど反対側、壁に大きな四角形の切れ込みが入っていた。近づいてよく見てみると、取っ手のようなものがついていたわ。あっ、これってもしかして隠し扉ってヤツかしら。リサが言っていたわ「お金持ちの家には、いくつもの隠し扉があってそこには監禁された奴隷がいるの!」って。べつにここはお金持ちの家でもなんでもないけど、へぇ~本当に隠し扉ってあるのね。でも、リサのいう「奴隷」はいなさそうよ。だって、人の気配すらしない―――


「…………、っ」

「ん…………? ひ、ひとのこえ!?」


一瞬オバケかと思ったけれど、人の声が確かにこの中からしたわ! それも、苦しそうな人の声!!

わたしは取っ手に手をかけて開けようとしたんだけど、扉はガシャガシャ言うだけでまったく動かない。カギがかかっているわけでもなさそうなんだけど、重すぎて開かないのかもしれない。


「だ、だれがいるんですか!?」

「ゲホッ…………、ん? 人の声したか? おい、誰でもいいからここを開けろ!」

「さすがに……キツくなってきたな」


やっぱり! 中に人が居たのね。それも、何だかすごく苦しそうな様子だわ。もしかしたらここに閉じ込められてしまった人なのかもしれない。わたしは辺りを見回して何か扉を壊せそうなものを探すんだけど、使えなさそうなガラクタばっかり。蹴ってみたり、体当たりしてみたりするんだけどやっぱりダメそうだった。


「あ、あのこの扉わたしじゃ重すぎて開かなくて……誰か呼んできますから、待っててください」

「ゲホゲホッ……! クソ、目に染みてきやがったぜ。つか、お前ガキか? 使えねぇー! お前が誰か呼びにいく間に、俺たちが先におっ死んじまうわ!」

「なっ……!」


舌打ちとともにそんなことを吐き捨てられて、わたしは多少ムッとして眉間にシワを寄せた。なんなのよ、この言い草! たしかに非力なわたしじゃ役に立てそうもないけど―――こっちは命がけでここまで来たのよ?

このまま帰ってやろうかしら、と思いかけた時。さっきの男の人とは違う人の声が響いてきた。


「……すまんな。この男は短慮で浅はかで知性のかけらもないんだ」

「おい、どさくさに紛れて何言ってんだ、コノヤロー!」

「黙っていろ。とにかくオレ達の状況は、全身鎖やら縄やらでまったく身動きがとれず、なおかつ毒ガス攻めに遭いあと十数分の命、といったところか」

「なんですって!?」


それを先に言ってよ! と言う代わりにわたしは鉄の扉をドンっと叩いた。もって十数分って……あのナタ男がウロつく中、宿屋に戻ってミューラに知らせて、それからここまで全速力で戻ってくるにしても間に合わないわ。ど、どうしたらいいのかしら!


「あぁもう! こんな時にジンさんかネクロさんがいたら…………」

「ん? 待て、お前俺たちを知ってるのか?」

「あなた達なんて知らない…………って、俺たち? え、まさかジンさんなの!?」

「あ、そうか。どっかで聞いたことがあるよーなと思ったら嬢ちゃんだったのか!」


なっはっは、なんてあまり深刻そうには聞こえない笑い声が鉄の扉の向こうから響いてきた。ちょ、どうしてジンさんが……ということは、もう一人の男の人はネクロさん? そうっと彼の名前を呼んでみると、はぁと深いため息が聞こえてきたわ。


「お前達鈍すぎやしないか……? オレは最初から気づいていたぞ」

「先に言え!!」

「先に言ってよ!!」


見事にわたしとジンさんの声がハモって響き渡った。


「とにかく、だ。とにかく早いとこ脱出しねーとマジで死ぬ。くそ、武器さえありゃあこんなことには……」

「え? 武器ないの?」

「そうだよ、チクショー! ちなみに言っとくが、止むにやまれぬ事情があってだな―――」

「女の尻を追いかけた挙句武器も取り上げられこのザマ、というわけだ」

「ごく簡潔に情けねぇこと言うなっ! 泣くぞ!!」


本当に毒にやられてるのかしら、と思うくらいに元気なジンさんの突っ込みが決まる。う~ん、まぁジンさんが女の人に騙されてっていうのは想像つくけれど、ネクロさんまでも引っかかってしまうなんて想像できないわ。ああ見えて、実はジンさんよりも女たらしなのかしら。


「と、とにかく二人の状況は分かったわ。助けてあげたいのは山々なんだけど、さっきも言ったとおりわたしじゃここ開けられないの。それに、さっきまでわたしヘンな人に追いかけられてて……」

「ヘンなヤツだぁ?」

「そうなの、こう、顔が真っ二つに裂けてて、両手からオノが生えてて―――」


ドォン!


わたしのセリフが終わらないうちに、わたしの背後から何か大きなものが飛んできて、それはいとも簡単に鉄の扉に食い込んだ! ガラスをフォークか何かで引っかくような嫌な音とともに、鉄の扉は真っ二つに裂ける。数秒遅れて、扉に刺さっていた大きなモノがドンと鈍い音を立てて転がり落ちてきたわ。それは、ガス灯の光を淡く照り返すナタ、だった。


「(……まさか)」


おそるおそる背後を振り向けば、悪魔のような笑みを浮かべたナタ男が佇んでいた。

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