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道化師は愛を紡ぐ act3

【3】 ※ネクロ視点


生暖かい風が、細い路地を吹き抜けていく。

月明かりが無ければ足元すら覚束ないような暗い道を、オレは一人で歩いていた。木霊するのはオレの足音ばかりで他には何の音もしない。いつもならば頭の悪そうな連中が2,3人たむろっているのだが、今日は誰の気配もしない。というのも……


「(賞金首殺し、か)」


さきほど聞いた話によれば、最近賞金首が立て続けに狩られているらしい。それも全員手足が千切られた状態で発見されているという。賞金首はもともと犯罪をおかしたものばかりなので、たとえ犯人が見つかったとしてもそれほど深い罪に問われるわけではないが、寝覚めの悪い話であるには違いない。それに今ばかりは賞金首だけが被害にあっているが、それがいつ一般人に向けられるかも分からない。倒錯趣味を持った前領主といい、この街は呪われてでもいるのだろうか。


「(よりによってこの話を聞いた直後にエスカリーテの姿が見えんとはな。賢い彼女のことだから、こんな場所まで来るとは思えんが)」


ジンと手分けしてオレは彼女を捜しているのだが、まったく見当がつかないでいる。これが賞金首だったらその人物の行動パターンやら性格から分析して、大体の活動場所を特定できるのだが、あいにくとそこまでエスカリーテのことを観察しているわけではないので予測が出来ないのだ。


「(これからは彼女の行動パターンも把握しておく必要があるな)」


そう納得させた自分に、妙な違和感を覚えたのはつい最近だ。少し前までは彼女の存在自体を煩わしく思っていたのにな。そのことでジンにからかわれるのは気に食わないが、エスカリーテは手のかからぬ子供で扱いやすい。一般的に言うところの「良い子」なのだろう。

ただ、時折見せる陰のある表情が、捨てられた猫のようで見ていて複雑な気分になる。それにはジンのやつも気がついているらしく、そういう時は今朝のようにバカなことをして彼女を笑わせているのだ。オレにはそれが出来ない。それが、少しだけ―――


「…………?」


夜気をはらんだ風が鼻先を掠めた瞬間、嗅覚が違和感を訴えてきた。むっと濃く立ち込める匂い。これは、血の匂いだ。

この界隈で殺しが起きることなど珍しくもなんともないが、今は誰の気配もしない。ならば世を儚んで自殺でもしたのだろうか。そう思った俺は、何となくその場所に足を向ける。すると―――


「な…………」


自分でも驚くくらいのマヌケな声を上げてしまう。

細い路地が少しだけ開けた行き止まり。そこには、壁に縫い付けられるように惨殺された首の無い男の死体と、人形のような少女が立っていた。


「…………」


気配も、生気も感じない。

本当に生きているのかさえ疑うほどの女だった。

年のころは17,8くらいだろうか。青みがかった銀色の長い髪に、血の色をした赤い瞳を持っていた。貴族の女が着るような装飾のほどこされた上等な衣装を身にまとう少女は、立ち尽くすオレにようやく気がついたらしくこちらに顔を向ける。人形然としたその顔はやはり人形のように可憐だったが、その動きさえ見えない糸に操られているように見えた。

 

「お前がやったのか?」


我ながら間の抜けた質問だと、言葉を発した直後に思う。なぜなら少女の着ている服にはべっとりと赤い血が染み渡っていたからだ。この少女よりもはるかに大きな男をどうやったらこのように殺せるのかは謎だが。

しかし少女はオレの問いに答える気は無いらしく、興味が失せたようにオレから視線をはずす。そして、数歩進んだ先にあった男の首らしき物体を抱えて大きなトランクにそれを詰め込んだ。


「おい―――」


そのままオレを無視して踵を返す彼女に再び声をかけるも、少女はちらりとこちらを一瞥しただけでそのまま立ち去ってしまった。後に残されたのは、首をなくした惨殺死体と立ち尽くすオレだけ。ゴォォ、という低い音の風が周囲に生えていた木々を揺らすも、オレはしばらく動くことさえ出来なかった。


「……、ネクロ!」

「っ!?」


不意に肩を叩かれて、オレは鋭く息を飲み込んで得物の槍を抜き、後ろを振り向く。そこには、「うぉ!」と妙な声と共に両手を上げる見知った赤い頭があった。


「ンだよ、そのバケモノにでも遭ったかのよーな反応! 傷つくわ~」

「ジンか……」


ふと息をついたオレはそのまま槍を腰のベルトに戻す。そこで自分が嫌な汗をかいていたことに気がついた。

オレですら気配を察知できなかったあの少女は一体何者なのか。あの小さな体でどうやって男を殺したのか。そして何より、空虚な瞳はどこを見つめていたのだろうか。

黙したまま思考を続けるオレに痺れを切らしたのか、ジンは若干苛立った表情をさせてオレを睨みつけた。


「おい、ネクロ。お前が無口なのは重々分かってるがよ、そこまで黙られると言葉通じてんのかすら疑うぞ。大体なんだよアレ……」


完全に機嫌を損ねたらしいジンが、例の首なし死体を一瞥して怒鳴り散らした。


「こんっな惨たらしい殺し方しなくてもいいじゃねーか。内臓バラバラだぞ。ったく、その血まみれ姿エスカ嬢ちゃんに見せたら気絶する―――って、アレ?」


どうやらオレがあの男を殺したと思っていたらしいジンだが、オレの服を見て首を傾げる。


「なんだ、お前がやったんじゃねーの」

「オレはこんな下品な殺し方はしない。殺ったのは―――見たことの無い女だった」

「女ァ?」

「あぁ。人形のような女だ。オレですら気配を読めない、妙な女だった」


今思い出しただけでも怖気がする。見ただけで肝が冷える女とは初めて出会ったが、オレの話を信じているのかいないのか、ジンは気の無い返事をするばかりだった。まぁ知り合いならともかく、縁もゆかりもない人間がどんな方法で殺されたのかは興味が無いのだろう。あの女を見なかったらオレも一瞥くれてその場を去るだけだ。

しかし、なんて一日だ。妙な頭の男に追い回されたと思えば、今度は幽霊のような女ときた。チッと舌打ちを漏らすも、ジンはまったく興味の無さそうな顔をさせてふああと大きな欠伸をひとつ。


「まぁ、どうだっていいや。それより、エスカ見つかったぞ。自力で戻ってたみたいだ」

「そうか」


昼間の態度が気にかかるが、無事ならそれに越したことはない。そういう配慮はオレよりもジンのほうがうまいしな。


「かなり反省してたから、あんま怒ってやるなよ」

「怒りはしない……が、釘は刺すだろうな」


この街、大通りは比較的安全な場所だが少しでも裏に回るととんでもなく治安が悪いため、やはり小言のひとつやふたつは飛び出すかもしれない。オレやジンほどの腕ならば心配はないが、彼女は非力な子供なのだから。


「あ、そうだ。お前明日の夜なんか予定ある?」

「は?」


この場を立ち去ろうと数歩進んだところでジンがそう問いかけてきた。この男にそういうことを聞かれるのは大抵仕事絡みだが、そういった予定は無かったはず。思い当たるふしはないが、何となく嫌な予感がしたので声にトゲが混ざってしまう。案の定、振り返った先にいた奴の顔は下品極まりない笑みを浮かべていた。


「時間空けとけよ。もし予定があるならつぶせ」

「何なんだ藪から棒に」

「へへへ、お前だってエスカの喜ぶ顔見たいだろ? そういうこった、じゃあな!」

「おいっ!」


言いたいことだけ言い残し、ジンは足早に去って行ってしまった。あの様子だとまた女のところか。まったく、ヒトに頼みごとをしておいて詳細を話さないとは。

はぁ、と深くため息をついたオレは止めていた足を再び動かす。


「(別に予定など無かったが……あの男の言いなりになるのは癪に障る。が……仕方あるまい)」


あの男が何をたくらんでいるのかは知らないが、エスカリーテの喜ぶことをするという言葉に偽りは無いだろう。それならばオレなど誘わず二人で行けばいいものを。己がいかにつまらない人間かは自分がよく知っている。実際、エスカリーテはオレといる時よりもジンと一緒にいたほうがよく笑う。傍目から見れば本当の兄弟のようだ。


「―――喜ぶ顔、か」


自分でも驚くほどに冷たい声でそう反芻したオレは、あの捨てられた子犬のような顔を思い浮かべつつ、夜の闇に消えていった。

5年ぶりの更新\(^o^)/

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