道化師は愛を紡ぐ act4
【4】
「ほぉ~~。結構でかい天幕だな」
人だかりで埋め尽くされた広場のなか、ジンは目を細めながら前方にある大きな赤いテントを見てそんなことを呟いたわ。でも、わたしはその人ごみを避けながらフラフラ歩くのが精一杯で、前を見ている余裕なんて無かった。街の大通りも結構人通りが多いから慣れたつもりでいたけれど、この人の多さはさすがに体験したことがなかったもの。今はまだ夕方で、サーカスの開演までは1時間くらいあるのに、そんなにサーカスって人気があるのかしら。
「そん、なに大きなテント……うんしょ、なの?」
ジンの姿を見失わないように必死についていきながら、わたしはそう彼に問いかけた。
「前からでけーとは思ってたが、間近で見たのは初めてだったからな。結構本格的じゃねーか」
「ホント、ホント! 近くで見上げたら首が痛くなりそうだね」
わたしと違って慣れた動作で人ごみを縫って歩くミューラは、ジンの隣でウンウンと頷いてみせた。うぅ、さすが宿屋の娘さん。わたしなんかとは度胸が違う。ようやく彼らに追いついたころには、わたし息切れしちゃったもの。
「でもさ、ホントのいいのかいジン。あたいまで一緒にサ」
「あー、いいってことよ」
にかっと笑ったジンはミューラの頭をぐりぐりと撫でてみせる。そして、その後ひとの悪そうなあくどい笑みを浮かべてこんなことを言った。
「お前のとーちゃんに恩売っとけば、宿代ケチれるかもしれねーしな」
「ちょ、ちょっとジンっ。オヤジをこれ以上締め上げないどくれよ」
「冗談だよ、冗談! あれ以上シメたら毛も無くなりそうだしな」
ヒッヒッヒと、絵本に出てきそうな魔女みたいな笑いを浮かべるジン。そうは言ってるけど、目は本気っぽかった。思わず冷めた目でジンを見上げてしまうけれど、彼にはぜんぜん効かなかった。
約束の日。わたしとジン、そしてミューラはサーカスのテントまでやってきた。ミューラも一緒なのは、ジンが来るとき誘ったからよ。なんでも「コネ」っていうのがあるらしくて、タダで見れるんだって言って。ジンってサーカスの人に知り合いでもいるのかしら。でも、ネクロの姿はどこにもいなかったの。ジンに聞いたら「絶対いるから安心しろ」って言ってたけど…………ネクロ、サーカスとか興味無さそうだから来ないかもしれない。ちょっと残念かも。
無意識にネクロの姿を捜してキョロキョロしてしまうと、ジンの手がわたしの頭に乗ってきた。
「心配すんなって。お前はサーカスの事だけ考えてりゃいいんだって」
「でも……」
「ほら、あそこで演目のパンフレット配ってるぞ」
ジンが指差した方向に目を向ければ、そこには数人の女の人が大きな声を上げながら紙を配っていた。あの人たちも劇団員なのかしら。うさぎのような耳が生えたカチューシャをはめて、真っ黒でツヤツヤしたレオタードを着ていたわ。お尻からまるい尻尾も生えてるし。人ごみを掻き分けて、わたし達は彼女たちのもとへ向かった。
「パンフレット、ください!」
「はぁ~い、こちらでーす…………って、ジン!?」
「あぁ!?」
ひときわ目立つ金髪の女の人に話しかけた時……知った顔がそこにあったわ。このおねーさんって確かあの列車で出会ったような気がするけれど。でも彼女とジンは知り合いらしく、お互い顔を見合わせてビックリしていたわ。
「なんでてめぇがここにいるんだよ、ルー!」
「ただのバイトよ、そんな大きな声出さないでっ」
なぜか怒りながら彼女を指差すジンに、ルーさん……でいいのかしら? 彼女は耳を塞ぎながら嫌そうにそう答える。知り合いみたいだけど、仲が悪いのかしら。一気に急降下したジンの機嫌にわたしはちょっと怖くなってしまって、ミューラのうしろに隠れてしまった。
「あの女、前に一回ウチに来たことあるよ」
「え?」
「アンタのことを聞かれたのサ。そん時はジンの女だっていうからあたい、色々喋っちまったんだけど……どうやら違ったみたいだね」
「そうなんだ……」
こそこそと耳打ちしてくるミューラに、わたしはびくびくしながら答える。いっつも目つき悪いジンだけど、今は輪をかけて悪い気がするわ。今にも銃を抜いて乱射しそうな雰囲気だし……周りの人たちも怖がって私たちを避けていってるわ。
「てめぇよくもまた俺の前に姿晒せたもんだな……」
「いやね、いつまでも過去のコト引きずっちゃって。そんなおっかない顔させたら、そこのお嬢さんが怖がるじゃない」
「…………クソ」
ジンの殺気立った顔を見ても表情ひとつ変えないルーさんがそんなことを言うと、ジンはすごく悔しそうな顔に表情を変えて一歩後ずさる。そんなジンの様子を満足そうに見たおねえさんは、ウフフと妖艶に笑ってわたしに近づき、パンフレットをくれた。
「はいどうぞ、お嬢さん」
「あ、ありがとう……」
わたしがお礼を言うと、おねえさんは「じゃあね」と一言残してその場を立ち去っていった。残されたジンはぐぬぬと唸りながら彼女の後姿を睨みつけていたけれど……あぁ、もしかしたらジン達が前に殺されそうになった女のひと、っていうのは彼女のことなのかもしれないわ。だってあの人、ジンの好みっぽいし、色仕掛けでだまし討ちにあったって言ってたし。
「畜生、また会ったら今度こそギャフンと言わせてやる!」
「ジン……」
「あぁ!?」
凶悪な顔をさせて前を睨みつけるジンにそっと話しかけると、彼はその形相のままこちらに振り返った。わたしに対して怒ってるわけじゃないのに思わずビックリして小さな悲鳴をあげてしまうと、ジンは気まずそうな顔をさせてわたしの前にしゃがみこんだ。
「ワリィワリィ。折角サーカス来たのにな。雰囲気ぶち壊しちまった」
「へぇ、あのジンが謝るなんて意外だねぇ! 明日は雨が降るかも」
「どういう意味だ小娘! ……まぁいい。ほら、とっとと行くぞ!」
わたしの手を掴んだジンは、周りに出来ていた人だかりを掻き分けてずんずんサーカスのテントに進んでいった。うわぁ、外から見ても大きいとは思っていたけれど、中もすっごく広いわ! 使い込まれた木の板で作られた大きな舞台を取り囲むように客席が広がっていて、その客席のイス自体はとっても簡単なつくりなんだけど、背もたれに可愛らしい動物の絵や模様が描かれていて見ていて飽きない。思わずきょろきょろ見回してしまうと、派手な格好をしたサーカスの団員さん達が、お客さんを席に誘導しているのを見つけた。彼らはわたしたちの姿を見つけると、こちらに近寄ってきたわ。うーん、真っ白く顔を塗りたくって目元と鼻だけ赤いペイントがされているその姿はちょっぴりブキミだったり。
「コンバンワ! ようこそ、ひと時の夢の世界に!! さてさて、チケットをお預かりシマッス!」
「これでいいのか?」
「は~い、三名様ご案内ぃ! どうぞどうぞこちらデッス!」
ぱふぱふと音の鳴る小さなラッパを吹き鳴らしながら、団員さんは手招きをしてくれた。くるくる回ったりへんてこな歌を歌ったりするもんだから、おかしくてわたしとミューラは顔を見合わせて笑っちゃったわ。
「なんつうか、うぜぇな」
「そう? わたしは面白いと思うけど……」
「あたいも!」
団員さんのテンションについていけないらしく、ジンが呆れた顔をさせて頭をぼりぼり掻く。一方のわたしは、初めて見るものばかりが溢れているこの場所にドキドキが押さえられずにいたわ。それはミューラも同じらしく、いつも大人びた顔じゃなくて、わたしみたいに興奮した表情をさせていたわ。
「お待たせいたしマシタ! こちらへドウゾ!」
「わぁっ、すごい最前列じゃないか! フンパツしたねぇジン」
「フフッ、まぁな」
「すごい……! ありがとうジン!」
自慢げに胸を張るジンに頭を下げてお礼を言うと、照れくさいのか「さっさと座れ、もうすぐ始まるぞ」とわたし達を促してくれたから、わたしは大きく「うん!」と頷いてイスに腰を下ろしたの。ドキドキと興奮が止まらなくてもう心臓が口から飛び出しそう! まだ始まってもいないっていうのにね。
「ホラ、ガキ二人。コレでも食っとけ」
「ん……? なぁにコレ??」
準備が進んでいく舞台をじいっと見つめていたら、ジンにちょんちょんと肩をつつかれた。視線を彼に向ければ、手に何か筒……? のようなものを持っていたわ。何だか分からなくて首を傾げると、ジンはわたしの目の前にソレを差し出した。鼻先を掠めるふわんとした甘い匂いに、それがお菓子だっていうのにようやく気がついたわ。
「さっき歩いていたヤツが売ってた。プラケンタ、っていう菓子らしい」
「わぁすごい! もらっていいの?」
「気前いいじゃないか、ジン。ありがとう!」
ジンからそのプラケンタっていうお菓子を受け取ったわたし達は、さっそく包み紙をそっと千切って中身を一口食べたわ。うわぁ……! まぁるい筒のような形の生地の中に、フルーツやクリームがどっさり入っているわ! 生地もパイのようにサクサクしていてとってもおいしい。
「ジン! これとっても美味しい!」
「うんっ、これはすごくおいしいよ。オヤジに相談して、新メニューに加えたいくらいさ!」
「そりゃ良かったな。閉幕まで時間結構あるからな、それでも食ってろ」
ニカッと笑って、ジンは手に持っていたお酒を飲みはじめた。うーん、ジンも甘い物好きだからきっとコレ食べたいんだろうけど、こんな大勢の前で半分こしたらきっと迷惑がる……よね。ミューラが本当にあの宿屋さんのメニューに加えたら、絶対にジンに食べさせてあげたいな。
そんなことを考えながらお菓子を食べていると、急に周りが暗くなっていったわ。あれ、停電かしら? と首をかしげてしまうわたしだけど、あたりにいたお客さんがワァァ! と叫びだした。い、一体どうしたのかしら。変化についていけず思わずたじろぐけれど、その疑問は次の瞬間解決したの。
「皆々様、ひとときの夢の世界にようこそ!」
突然舞台の一部がパッと明るくなって、そこから男の人の声が聞こえてきたわ。あやしい音楽もどこからか流れてきて、ちょっぴり怖い。思わず手をぎゅっと握り締めると、舞台の明かりが灯っているところにへんてこな衣装を着たカボチャ頭……? が現れた。わたしが思い切り首を上に上げないとそのカボチャが見えないくらいに大きな人だ。彼は手にしていた黒いツヤツヤの杖をくるりと一回転させると、両手を高くあげてみせた。
「富める者も貧しい者も、共に今夜の夢を楽しんでください! さぁ、我らがサーカスショウの始まりです!」
「わぁっ!」
突然、後ろからぼんっという大きな音が響き渡りその音に驚いて思わず耳を覆ってしまうんだけど、直後には思わず踊りだしたくなるくらいの楽しい音楽が聞こえてきたわ。それからパッと舞台全体が明るくなって、いつの間にそこにいたのか奇抜な格好をさせた団員さん達が、舞台を歩きながら空高くたくさんの玉を投げていた。それも、その投げた玉が反対側にいる団員さんの手に渡っていくのよ!? 思わず見とれてしまうわたし。
「す、すっごい!」
玉の数はどんどん増えていき、最後には数え切れないくらいの玉を団員さん達が投げ合っていたわ。しかも、増えていくのは玉だけじゃなくてリンゴやオレンジ、挙句の果てはキッチンで使うお玉などなど。思わずクスリと笑ってしまうけれど、舞台裏で玉を投げている団員さんが悪ノリでパスしているようにも見えたわ。あっ、頭にお玉がぶつかっちゃったわ! 観客席からドッと笑いがあふれていくけれど、これも演技なのかしら。
「さぁお次は愉快な仲間たちの登場です!」
「わぁ……! あれ、クマ!?」
「おーすげぇな。ライオンもいるじゃねーか」
あんまりスゴイと思っていなさそうなジンの声を無視し、わたしは大きな車輪に乗って登場した大きなクマに釘付けになってしまう。ふとい足を一生懸命動かしてバランスを取る姿は可愛いと言えなくも無いけど……村にいたときたまに出てきたから、ちょっと怖い。
それから、真っ黒いレオタードに身を包んだきれいなお姉さんと共にライオンっていう動物が登場した。クマも大きかったけれど、このライオンっていうのもすごく大きいわ! 口から生えた大きな牙でガブリとやられたらとっても痛そう。でもお姉さんはニコニコ顔のままライオンの立派なたてがみを撫でつけ、手にしていた鞭をビシリと床にたたきつけた。するとライオンはネコのようにその場に寝転がり、お腹を見せてくる。
「ライオン、っていうのかいアレ。まるで猫みたいじゃないか」
「いつもあれくらい大人しけりゃいいんだがな」
「えっ、ジン見たことあるの?」
「大分前に知り合いに頼まれてあいつらを狩ったことがあんだよ」
「それって密猟……フグ」
「さー、ガキ共は余計なコト考えずに見てろよー」
ミューラの口を思いっきり塞いで不気味なまでの笑みを浮かべるジン。この人が常識から離れているっていうのは知っているけれど、まさかあんな猛獣と戦ったことがあるなんて! いつの間にか始まっていた燃え盛る火の輪を潜る芸を見ながら、わたしはつくづくジンのスゴさを思い知ったわ。
それからサーカスは息つくヒマもなく次々と物凄いショウを見せてくれたわ。可愛らしい犬や猫たちが一斉に縄跳びしたり、真っ白い衣装を着たお兄さんが帽子からウサギや鳥を出したり。何もかも始めてみるものばかりで、わたしは口をぽかんと開けながらひとつひとつじっくりと眺めていた。
「さぁショウも盛り上がって参りました! お次は大人気の双子の姉妹ミラとミトの空中曲芸です!」
「うわぁ……! かわいい衣装!!」
フリルをたくさん使った可愛らしい衣装を身にまとって登場したのは、わたしとそう年が変わらないくらいに小さな女の子たちだった。双子っていうだけあって二人ともそっくり! しかもふわふわの栗色の髪に大きな黒い瞳が印象的な美少女よ。ミューラと同じ褐色の肌に、真っ白のドレスがよく似合っている。
「こんなにちっちゃな二人だけど、大人顔負けの演技を披露してくれますよ! さぁ二人とも、お客様に素晴らしい演技を見せておくれ!」
「はぁーい!」
二人そろってぺこりとお辞儀をした双子たちは、舞台裏から運ばれてきた細長い塔のようなものによじ登りはじめる。塔の高さは、サーカスの天幕にくっつくんじゃないかってくらいに高いのよ!? ハラハラしながら見守るわたしに対し、双子たちは危なげなく塔のてっぺんへ。反対側には同じような塔が立っていて、ふたつの塔は一本の綱で結ばれていた。ま、まさかコレを渡るつもり!? ぎょっとして小さな悲鳴を上げちゃうけれど、双子の姉妹の一人がながーい棒を手に持ちそのままゆっくりと綱を渡り始める。
「うひゃあ! あたいもう見てらんないよ!」
「で、でもすごいわよミューラ!」
ハラハラしながら見守っている時間は本当に長く感じたわ。首が痛くなるくらい凝視していると、その子はようやく反対側の塔へたどり着いたわ。その瞬間割れんばかりの拍手が辺りから沸き起こり、わたしも感動して大きな拍手を送った。でも、この双子はわたしを安心させてくれないらしく、今度は空中でブラブラと揺れているブランコに飛び移っていったの!
「あのこ空中で一回転してるわ! ジンやネクロ以外でも、あんなこと出来る人いるのね。ねぇジン―――って」
興奮しながら隣のジンに話しかけるも、彼は口を半開きにしながら寝ていた。昨日帰ってくるの遅かったみたいだし、疲れているのね。でもこんな歓声が沸きあがっているうるさい中眠れるなんてすごい人だわ。
呆れ半分、感心半分。わたしはジンをそのままにしてミューラと一緒にショウを楽しむことにした。双子たちの曲芸は本当に人気で、可愛い見た目とは裏腹の演技力に皆夢中よ。もちろんわたし達だって例外じゃなく、双子たちが他のサーカス団員さんにまぎれて演技していても、その子たちばかり目で追いかけてしまった。あんな小さな体のどこに力を隠しているのかしら!
興奮のしすぎでクラクラしそうになった頃、サーカスの演目は終わりに近づいていった。パンフレットに書かれている演目も、残すところあとひとつ。でも、この最後のところ「???」って書かれていて、具体的に何をするのかは書かれていないのよね。サーカス団員さんが額にワイングラスを乗せたまま移動する演技を見つつ、わたしは次はどんな演技を見せてくれるのだろうとウキウキしっぱなしだ。
「長いようで短い、それが夢。皆様、次の演目で「表」の演目は終了いたします!」
「表?」
体をくねらせながらワザとらしく演技するカボチャさんの台詞に何か違和感を感じたけれど、わたしは次の瞬間それを忘れてしまうほどの衝撃を受けた。
「今宵限りの特別演目でございます! 刺すか? 刺されるか? ナイフ投げの達人の登場です!!」
「え…………うぇええええええ!?」
キャーという女の人の黄色い声に混じって、素っ頓狂な悲鳴を上げてしまうわたし。だ、だって! カボチャさんの紹介とともに登場したのはネクロその人だったんだもの!!
真っ白なタキシードに豪華な赤いマント。所どころ金縁で彩られた衣装はとっても豪華で、絵本の中の王子様そのものだ。結わえた髪はいつもより高い位置になっているけれど、ポニーテールも似合うのねネクロ。少し……いえ、かなり機嫌悪いみたいで眉間にものすごいシワが寄っていた。
「ど、どういうことだい!? ネクロはサーカス団員だったのかい?」
「わたしにも分からないわ……なんでかしら?」
「くっくっく…………ようやくメインイベントが始まったな」
オロオロするわたしとミューラの声を遮って、隣でグースカ眠っていたハズのジンが意地の悪そうな笑みを浮かべた。それからゆっくりと上体を起こしたジンは、イタズラっ子みたいな顔をさせてわたしを見やる。
「な? ネクロも必ず来るから安心しろって言ったろ」
「う、うん……でも、どうしてネクロがあそこにいるの??」
「昨日な、ネクロと一緒にお前を探し回ってとき偶然あそこのカボチャ頭に出くわしたんだ。そいつがなんかえらくネクロの事を気に入ってなぁ」
舞台でテンション高くネクロを紹介するカボチャさんを指差したジン。
「そん時はネクロの野郎断ってたんだが、お前がサーカス行きたいっつーからタダ券と引き換えにしたんだよ」
「そ、それってネクロのコト売ったってことかい!?」
「人聞きの悪い事を言うなっ。俺はちゃーんと本人に了解を取ったぜ?」
「そうなの……?」
わたしはてっきりネクロに断りもなくこうなるように仕向けたんだと思ったけれど……ネクロが本気でイヤがっていたら、舞台なんかあがらずにとっくにどこかへ姿を隠したはずだわ。舞台上でサーカス団員さんからナイフを受け取る姿を見て、本当にネクロが承諾したんだと納得する。一体どんな言葉を使って彼をやり込めたんだろう。
「いやー、すごいじゃないかエスカ! あのネクロをここまで動かしちゃうなんてさぁ!」
「え?」
黒い瞳をキラキラさせながら興奮気味に話しかけてきたミューラ。意味が分からなくて首を傾げると、彼女はウンウン頷いてみせる。
「要するに、エスカのためにネクロはあそこに立ってるって事だろ? タダ券手に入れるためとはいえさ」
「そうなの?」
「さぁ、どうだかな。あとで本人に聞いてみろ」
くくっと喉の奥を鳴らしたジンは、舞台の上でぎこちなく動くネクロを面白そうに見た。それって、本当なの? 本当にネクロはわたしのためにあんなことまでしてくれたの?? あぁ、今すぐに舞台に駆け上がってネクロに問いかけたいけれど、今はネクロが披露している素晴らしい芸をちゃんと目に焼き付けておかないと!
さっきまでとは違うドキドキを感じつつ、わたしはネクロに視線を注いだわ。こんなにも観客の注目を浴びているにもかかわらず、彼はいつもとそんなに変わらない調子だった。司会者に言われるがまま、目隠しをした状態で離れた位置においてある小さなリンゴを見事にナイフで射抜いたり、回転する板にくくられたおねえさんの体スレスレにナイフを立て続けに刺していったり。
言葉にするとものすごく簡単そうだけど、わたしはハラハラドキドキしっぱなし! 十数分だけの短い演目だったけれど、終わった後はものすごい拍手と歓声が響き渡ったもの。わたしも負けじとネクロに拍手を送ったわ。
*** *** *** ***
「よォ、ネクロ! 機嫌はどーだ? ウシシシッ」
「ネクロ!」
すべての演目が終わり、関係者ということで特別に舞台裏に案内してもらったわたし達は、真っ先にネクロのもとへ向かった。ミューラも誘ったんだけど、彼女は宿屋さんのお手伝いに戻らないといけないみたいで、先に帰ったわ。だからわたしとジンだけで来たんだ。舞台裏といっても、天幕の裏に小さな移動式の小屋が立ち並んでいるだけだけど、華やかなショウに使われていた小道具なんかが無造作に置かれていて、それだけで何だか楽しい気分になれる。
会場内はむっとした熱気が立ち込めていせいか、ネクロは衣装を肌蹴させながら汗を拭っていたわ。それによっぽど疲れたらしく、ぐったりとしている。ネクロはジンの姿をちらりと見ると、機嫌悪そうに足をイスの上にドカッと置いた。
「機嫌か? 今ならお前を八つ裂きにしても足りんくらいに最悪だ」
「そりゃ~何よりだ。今夜は美味い酒が飲めそうだぜ」
「死にたいのか、貴様。だいたい……」
「ネクロ! すごく、すごーくかっこ良かった!」
何か言いかけたネクロを遮って、わたしは彼の元へ詰め寄った。ネクロは駆け寄ってくるわたしの姿を確認すると、「あぁ」と短く返事をしてくれた。
「ネクロ本当に王子様みたいに格好良かったわ! あの衣装もきらきらしていて素敵だし、あのナイフもまるで生き物みたいに動いてて…………!」
「分かった、分かった。落ち着け」
「あ、ごめんなさい……」
鼻息荒くまくし立てるわたしの頭をぽんっと叩くネクロ。周りには他の団員さんもいて、わたしのことを見てクスクス笑っていたわ。嫌だ、わたしったら興奮しすぎて周りが見えていなかった。それに、ネクロ疲れているみたいだし、まずは「おつかれさま」って言ってあげるべきだったよね。
反省してしょんぼりするわたしに、ネクロはふっとやわらかく微笑む。
「楽しかったか?」
「うん。すごく楽しかった!」
「それは良かったな」
首が痛くなるくらいにたくさん頷くわたしを見て、ネクロは頭をいっぱい撫でてくれたわ。
あぁ、ネクロがわたしの為に舞台に立ってくれたってこと、聞かなくたって分かる。だってこんなにも優しい顔を向けてくれているんだから。ネクロのカッコイイ姿を見て、そして大勢の人に見てもらって何だか誇らしい気持ちでいっぱいになる。胸を張ってこの人はわたしの仲間よって言いふらしたいくらいだ。
「きゃー! もうサイコウだったわよぉ、ネクロちゃん!!」
「へ?」
和やかな雰囲気になりかけたその時、後ろから野太い男の人の声が響いてきた。その声色と口調のギャップにビックリして素早くそちらへ振り返ると、そこには舞台の上で司会をやっていたカボチャ頭さんが立っていた。カボチャさんはあの舞台衣装のまま興奮気味にネクロに近づくけれど……うわぁ、この人近くで見るとすごい体格いいわ。腕なんか大工さんみたいにモリモリの筋肉だし。思わず見とれてしまうと、カボチャさんはこちらに気がついたらしく、「あら」と声を声を上げた。
「可愛らしいお嬢さんねぇ~。ネクロちゃん達の知り合い?」
「まぁそんなとこだ」
わたしをまじまじと覗き込んでくるカボチャさんに、ジンが素っ気無く答えた。あ、そうかこの人がネクロをすごく気に入ってタダ券をくれたのよね。わたしはあわててカボチャさんに頭を下げた。
「はじめまして! わたしはエスカリーテです。あの、チケットありがとうございました。サーカスは初めて見ましたけど、すごく、すごく楽しかったです!!」
「あらぁ何て可愛らしいお礼かしら! うふふ、二人ともこんなに可愛い子隠してたんなら最初からワタシに紹介しなさいよねぇ~」
ネクロの肩を小突きながら体をクネらせるカボチャさん。ネクロは鬱陶しそうに彼を払いのけるけれど、悪い人ではなさそう。口調はなぜかお姉さんみたいだけど。
「それはそうと! アナタのショウものすごく盛況だったわよぉ~! アナタの芸も素晴らしいけれど、やっぱ顔かしら? ウチの団員も色気づいちゃって大変なんだからっ! どぉ? この際終演日まで続けない?? お小遣い弾むわよぉ~」
「…………」
「んもぉ黙りこくっちゃって! 折角ワタシがその衣装プレゼントしてあげたんだから、もっと王子様っぽく振る舞いなさいってぇ~」
「え、この衣装カボチャさんが作ったんですか?」
驚いたわたしが思わず問い返すと、カボチャさんは大きく頷いて「ウチの団員の衣装は全部ワタシがデザインして作ったのよ」と答えてくれた。わぁ、すごい! こんなに繊細できれいな衣装を全部一人で……! 人は見た目によらないって言うのは本当なのね。といっても、カボチャさんは被り物しているから中の顔は分からないけれど。
「ジンちゃんもココで働いてみたら?」
「俺は人に見せるような特技なんかねぇぞ」
「でも力には自信があるでしょ? 裏方の仕事もいっぱいあるわよぉ~」
ほら、と言ってカボチャさんが指差した方向には舞台で使った道具を運ぶ団員さんたちの姿が。カボチャさんのように筋肉がついた大きな男のひともいるし、わたしとそう年は離れていなさそうな子供たちの姿も見えたわ。でもジンはケッとつまらなさそうに舌打ちをして肩をすくめて見せる。
「地味で疲れる仕事なんて割にあわねーよ。つか、ネクロが花形で俺が裏方っつーのがそもそも気にくわねー」
「ん? ジンも表の仕事がやりたいの? そうねー、整形でもしてみる?」
「んがー! そういうことが言いたいんじゃねぇよ!!」
額に青筋浮かべて大声を張り上げるジンを面白そうに見つめるカボチャさん。ジンがいいように遊ばれているのを見るのってちょっと新鮮かもしれない。思わずクスクス笑ってしまうと、いつの間に着替えたのかネクロが隣に立っていた。
「バカ共にこれ以上付き合ってられん。帰るぞ」
「あ、うん」
「ちょ、ちょっとネクロちゃ~~ん!」
「てめぇら置いてくなー!」
やっぱり騒がしいジンとネクロに熱烈なラブコールを送り続けるカボチャさんを尻目に、わたしとネクロはその場を後にすることにしたのだった。
執筆が終わってた部分のみとりあえず公開しておきます。




