護りたいもの
「神様はずっと前から、今日この場所で何が起こるのかを知っていたんだ。そして、それを僕に教えてくれた。この神社に祀られている神様は、未来の災いを予言する……そんな話を、キミも聞いたことがあるでしょ?」
「迷信だな。確かにそんな言い伝えはある。だがさっきも言った通り、俺は神に会ったことなんて一度もない。だから神の存在なんて信じない。それに、もしも本当に神がこの世に存在するとして、君にそんな予言をしていたのなら、君はなぜ鬼の役を引き受けたんだ? ここで俺に殺されるのがわかっていたのなら、最初から今日のことを断れば良かったじゃないか」
「以前の僕なら、きっとそうしていたと思う。実際に去年までの十数年間はキミとの交流もほとんどなかったし、この舞台へ立つことさえなければ、僕が死ぬ可能性もなくなるんじゃないかと思ってた。けれど、去年の春……こんな僕にも大事な人ができて、僕の考えも変わったんだ」
「大事な人? 恋人でも出来たのか」
「そういうのじゃない。でも、とても大切な人なんだ。だから……」
会話を続けながらの神楽の演舞は、想像以上に体力を要した。
次第に二人とも息が上がり、ただでさえ蒸し暑い夏の熱気が肌にまとわりつく。
乱れる息を何とか整えながら、狭野は続けた。
「その人のことを、護りたいって思った。それでやっと気づいたんだ。何かを護るためには、他の何かを犠牲にしなきゃいけないときがあるって。そしてそれは、キミも同じなんだって」
「……何なんだ、それは」
一体何の話を聞かされているのか、祓川にはわからなかった。
「キミが僕を殺そうとするのは、キミが大切な何かを護ろうとしているからなんだ」
ざわり、と周囲の木々が風に揺れた。
松明の火が二つほど消え、夜の色がさらに深まる。
「キミの大切なものが何なのかを知りたくて、僕は去年の夏、キミの神楽を見に行った。そのときわかったんだ。キミが護ろうとしているのは、舞鼓のことだったんだって」
その指摘に、祓川は今度こそ言葉を失った。
「この神社に祀られているのは、縁結びの神様なんでしょ。神様はきっと、キミの幸せを願ってるんだよ。小さい頃からずっと神様に仕えてきたキミに、良縁のご利益を授けようとしてくれてる。そのために、僕を利用したんだ。神様は目的のためなら手段を選ばない。そんな神様に導かれて、僕はここまで来た。だから、キミが本当にそれで幸せになれるのなら……今すぐその刀で、僕を殺せばいい」
未だ鞘に収められたままのそれを見ながら、狭野は言った。
「その刀は、本物なんでしょ」
冷やりとしたものが背筋を走った。
すべて、見抜かれている。




