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もしも

 

       ◯



 二〇二〇年——令和二年の夏。

 今年もまた、祭りの日がやってきた。


 しかし今回、花火大会は中止となった。屋台の出店も禁止され、夏に開催されるはずだった東京オリンピックも延期。

 人々の行動や娯楽が制限される中、例年神社で奉納されている神楽だけは、地元住民の理解を得てひっそりと執り行われることになっていた。




 当日の朝、祓川は人知れず、境内の隅にある宝物殿を訪れていた。長年一般公開されていないその場所には、刀剣類や絵巻物など、古い時代に使われていた品々が数多く納められている。


 祓川は部屋の中央に位置するガラスケースへ近づくと、そこに安置されていた一振りの刀を手に取った。

 すらりと刀身を鞘から引き抜くと、(さび)一つ無い刃が現れる。安全性を考慮した模造品ではない、本物の日本刀だ。


 これも古くは神楽の奉納で使われていたものらしいが、時代の移り変わりとともにその役目は終わった。ここ数十年ほどはこの宝物殿で眠っているため、人の目に触れることはほとんどない。


 とはいえ、今でも定期的に手入れをしているそれの切れ味は衰えていなかった。

 たった一人の人間の肉を断つことぐらいなら、造作もないだろう。


(すまない、狭野)


 刃の切先に目を落としながら、祓川は胸の内で頭を垂れた。


(君がいると、高原が幸せになれないんだ)


 脳裏で、高原が泣いていたあの日のことを思い出す。


 およそ一年前。夏祭りから数日が経った夜。あの河川敷で、彼女は泣いていた。

 川べりに一人で立ち、今にも目の前の川へ身を投げてしまいそうな雰囲気を、その背中から漂わせていた。


 ——私ね、さっき……最低なことを、考えちゃった。


 己の醜い嫉妬心に嫌悪し、懺悔の言葉を口にしながら、彼女は泣いていた。

 あんなにも悲しそうな彼女の顔を見たのは、祓川も初めてだった。


(高原。君には、笑顔の方が似合っていると思う)


 彼女の笑顔はいつだって、祓川には眩しかった。


 思えば子どもの頃、あの無邪気で明るい、一切の憂いのない笑みを最後に見たのは、この宝物殿でのことだったかもしれない。

 父に黙って、高原と狭野をここへ招き入れた日。あのときは確か、二人が何か調べ物をしたいと言ってきたのだ。


 ——祓川って、友達思いなんだね。


 ふと、狭野がそんなことを言っていたのを思い出す。

 あれは、一体どんな会話の流れで発せられたものだったのか。今となってはもう、ほとんど思い出せない。


 あの時、この場所で、三人でどんなことを話したのか。具体的には何も思い出せないのに、けれど、楽しかったな、という思いだけが微かに胸に残っている。


 もしもあのまま、三人でずっと一緒にいられたら。

 もっと早く、父の呪縛から逃げ出すことができていたら。


 そのときはもしかしたら、別の人生もあったんじゃないか——と、今さら考えても仕方のないことに、祓川は思いを馳せた。

 

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