夢の中で
「どうなってるんだ……? 僕の目がおかしいのかな。それともこれは、夢?」
「なに一人でぶつぶつ言ってるのよ。それより、ちゃんとベビーカステラは買っておいてくれた?」
やはり、この女の子も他の人々と同じで、あの少女のことには気がついていない。
そして当の少女はというと、
「あなた、『しょうご』っていう名前なのね」
と、やはり霧島と同じでそこに食いついていた。
「あっ! お囃子の音が聞こえるわ。神楽が始まったみたい」
耳を澄ませてみると、土手の上の方からは神楽囃子が聞こえてくる。
「早く見に行かなきゃ、龍臣の出番が終わっちゃうわ。ほら笙悟、急ぐわよ!」
「あっ、ちょっと。そんなに引っ張らないでよ!」
「それじゃあ、私はここで」
「えっ、来ないの? 一緒に見ようよ。神楽、そこそこ見応えはあるよ?」
神楽を恐れてその場に留まった少女は、手を振って男の子たちを見送る。どうやら彼女も霧島と同じで、神楽が苦手なようだった。
あの鳥居の奥から聞こえてくる、和風の音色。それを耳にする度に、あの恐ろしい光景が脳裏を過ぎる。
今まで何度も繰り返し見た夢。
あの神社にまつわる夢。
狭野が死んでしまう夢。
それはまるで、霧島に何かを訴えているようで。
(……まさか)
今こうして見ているこの風景もまた、あの夢と同じなのだろうか。
虫の知らせか、あるいは予知夢か。
誰かが、何かを伝えようとしている——そんな予感が、霧島の胸を打つ。
そこで不意に人の視線を感じて、霧島は我に返った。
ちょうど正面に立っていた、自分にそっくりなあの少女が、まっすぐにこちらを見つめていた。
彼女はその赤い唇に人差し指を近づけたかと思うと、「しーっ」というジェスチャーを送ってくる。
それは、あたかもこちらの姿を認識しているかのようだった。
いや。
あきらかに、彼女には霧島の姿が見えている。
「うっ……」
と、急な目眩が霧島を襲った。
視界がぼやけ、平衡感覚が麻痺する。たまらずその場に崩れかけた身体を、霧島は寸でのところで持ち堪えた。
目眩はたった一瞬のことで、すぐに良くなった。
そうして再び顔を上げたときには、すでにあの少女の姿は消えていた。
神楽囃子の音もいつのまにか聞こえなくなっている。
周りで屋台を楽しむ人々だけが、変わらず賑やかに往来していた。
「今のは……?」
さっきのあれは、一体何だったのだろう。
あの少女が、こちらに何かをしたのだろうか。
彼女は一体何者なのだろう。
まさかとは思うが、彼女こそが、霧島にこの風景を見せている張本人だとでもいうのか。
彼女に聞けば、全てがわかるのだろうか?
——この地に伝わる古い神様はね、未来を予言し、人々を災いから守ってきたんだよ。
ふと、いつか図書館で館長の男性から聞いたことを思い出す。
——神様は様々な生き物に姿を変え、私たちの前に現れる。
姿を偽り、未来の災いを知らせるため、人々の前に現れる神様。
(まさか……)
ざわり、と全身の毛が逆立つ。
まさかとは思うが、あの少女が、その神様だとでもいうのか。
「……ねえ、待って!」
なんとかあの少女を呼び戻そうと、霧島は声を張り上げた。
「お願い。ちゃんと教えて。あなたは一体、私に何を伝えようとしているの?」
返事はなかった。
ガヤガヤとした喧騒だけが、霧島の耳を通り抜けていく。
だが直後、周囲の風景に、ある違和感を覚えた。
屋台の配置が、一瞬前までとは変わっている。
先程までは確かにベビーカステラの屋台があった場所には、今は焼きそばの屋台があった。
さらに辺りを見回してみると、近くを通りがかった人の手に、またしても祭りのパンフレットを見つけた。
その見出しには、『平成十八年度 納涼花火大会』の文字がある。
(さっきの一年後……?)
先程は確か、平成十七年と書いてあったはず。
ならば、今この場所は先程よりも一年が経過した後の景色なのか。
ここにも、あの不思議な少女は現れるのだろうか。
もしも現れるとしたら、それはベビーカステラの屋台の前ではないのか?
あの少女が——神様が、霧島の姿を借りて、何かを伝えようとしている。
そう確信した瞬間。
霧島はすぐさまその場所から駆け出して、ベビーカステラの看板を探した。




