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居場所

 

「一体何があったんだ? 君がそんな風になるなんて、只事だとは思えないが」


「だ、大丈夫! もう、平気だから。さっき泣いていたのは、本当にたまたまで……。心配してくれてありがとう。今日、あなたに連絡したのとは関係がないことだから」


 どうやら涙の理由については話す気がないらしい。


 彼女が落ち込んでいるのに、力になってやれないのが祓川は歯痒かった。

 そしてそれ以上に、彼女に頼ってもらえない自分自身の存在が不甲斐なかった。


「それより、本当に久しぶりね。子どもの頃以来だから、もう何年ぶりになるのかしら」


 場の空気を入れ替えるように、高原は明るい声を出す。


「お互いに、いつのまにか大人になっちゃったけど……龍臣は相変わらずイケメンなのね」


 ふふっと戯けたように言って、彼女はその柔和な笑みをこちらへ投げかけてくる。子どもの頃の面影を残す、あどけない笑顔。

 こんな暗闇の中でさえ、彼女の姿は祓川の目には眩しかった。


 以前にも増して魅力的になった彼女は、世間一般でいう『美人』の枠に当て嵌まるだろう。

 祓川も思わず見惚れていたが、それを言葉にして伝えるのは何だか気恥ずかしくて、できなかった。


「……と、とりあえず場所を移動しよう。こんな所じゃ何だし、うちの社務所にでも」


「あっ、ううん。今日は長居はするつもりじゃないから、ここでいいわ。今日はいきなりだったし、龍臣は明日も仕事なんでしょう? また時間があるときにゆっくり話がしたいの」


 祓川は迷ったが、また後日会えるのならそれでもいいか、と思い直す。


「それで、俺に話というのは?」


「うん。……実はね」


 高原はどこかためらいがちに、先日の神楽のことを口にした。


 年に一度、夏祭りの夜に奉納される鬼退治の舞。その歴史について詳しく教えて欲しい、というのが彼女の要望だった。

 

「このあいだの神楽は、私も見に行ったわ。あの鬼の面を被ってたのって、龍臣だったのよね?」


 祓川が頷くと、


「私の声、聞こえた?」


 と、高原は聞くまでもないことを尋ねてくる。


 聞き逃すはずがない。

 たとえ周りがどんなに騒がしくても、彼女の声だけは人々の間を掻き分けて、祓川の耳へと届いた。

 子どもの頃よりもずっと大人びた声になっていても、彼女のものだと瞬時にわかった。


 高原が神楽を見ている——そう気づいた途端に、世界が色づいた。


 けれど、


「君は……狭野と一緒だったな」


 彼女の隣には、狭野がいた。

 子どもの頃と同じだった。

 どれだけ年齢を重ねても、彼女の隣は狭野の居場所だったのだ。


「君は、狭野と恋仲なのか?」


 平静を装いながら祓川が尋ねると、


「えっ? ……ち、違うわよ!」


 と、高原は明らかに動揺しながらも否定する。

 その反応から、どうやら二人が付き合っていないことは確かだったが、同時に、彼女が今でも狭野に好意を抱いていることが窺えた。


「そっ、そんなことより! ……昔、三人で幽霊の話をしたのは覚えてる? ほら、小学校の頃、あなたの神社で調べ物をさせてもらったことがあったでしょう?」


 高原が声のトーンをわずかに落とし、本題に入ったのがわかった。


「……そんなことも、あったかな」


 幽霊の話、と聞いて最初はピンと来なかったが、三人で調べ物をしたという部分で、祓川は思い出す。


 まだ彼らが小学生で、高原があの神社へよく遊びに来てくれていた頃。狭野が何か調べ物をしたいということで、祓川は二人を宝物殿へと招き入れた。


 あの後は父にこっぴどく叱られた上に、二人との関係も崩れてしまった。


 どうせいつかは疎遠になると覚悟はしていたものの、あれから高原が顔を見せに来てくれなくなったことは、予想していた以上に心のダメージが大きかった。

 

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