表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/49

幽霊

 

「ん、どうかしたの?」


 きょとん、と首を傾げる高原の前で、狭野は口を半開きにしたまま固まっていた。


 今、どう考えても物理的に不可能なことが起こった。

 見間違いでなければ一瞬だけ、二人の少女の身体が重なって、そのまますり抜けたのだ。


「どうなってるんだ……? 僕の目がおかしいのかな。それとも、これは夢?」


「なに一人でぶつぶつ言ってんのよ。それより、ちゃんとベビーカステラは買っておいてくれた? ……って、その袋、一番小さいやつでしょ。中くらいのサイズにしてって言ったのに!」


 高原は狭野の手元を見るなり、悲しそうな声を上げた。


「あれ、そうだっけ? でも、あんまりいっぱい食べると太るよ。カステラって結構カロリー高いし、むしろこれくらいの量にしておいて良かったんじゃない?」


 悪びれもせずに狭野が言うと、高原は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「大きなお世話よ! あんたって本当にデリカシーがないんだから!」


 そんな二人のやり取りを隣で眺めていた少女は、ふふっと可笑しそうに肩を震わせて笑った。


「二人とも、仲が良いのね」


 そう言って慎ましやかに笑う彼女の姿に、狭野の視線は再び熱を帯びる。


「あ、いや。べつに仲良くなんてないよ。ただの幼馴染だし、いつもこれが普通っていうか」


「……笙悟、誰と話してるの?」


 不思議そうに見つめてくる高原。

 狭野は隣に立つ少女を指差して、


「この子のこと、見えてないの?」


 あまり期待せずに聞いた。


「この子……? って、何それ。もしかして冗談のつもり? 誰もいないけど、幽霊が見えてるとかそういう設定?」


 ぷっと笑いを堪えるように高原が言って、狭野は改めて隣の少女を見上げた。


(やっぱり、僕以外には見えないんだ)


 容姿が優れていること以外、一見何の変哲もない中学生くらいの少女。その姿は狭野以外の人間には見えておらず、おそらくは触れることもできない。


 実体がない。

 ということは、やはり高原の言う通り、彼女は幽霊なのだろうか。

 今まで自分に霊感があるなんて、自覚したことはなかったけれど。


「あなた、『しょうご』っていう名前なのね」

「えっ? あ、うん」


 急に尋ねられて、思わず声がひっくり返りそうになった。


「そう……。良い名前ね」


 彼女はそう呟きながら、優しげに目を細める。その眼差しは、まるで赤ん坊を見つめるときのような穏やかさに満ちていた。


「あっ! お囃子(はやし)の音が聞こえるわ。神楽(かぐら)が始まったみたい」


 と、高原の放ったその声で、狭野は再び我に返った。


 耳を澄ませてみると、人々の喧騒に紛れて神楽囃子(かぐらばやし)が聞こえてくる。和楽器を用いた日本古来のメロディが、その場一帯を神聖な雰囲気へと誘っていた。


 毎年、こうして夏祭りの夜には、花火会場のすぐそばにある神社で神楽が披露される。

 演者は主に神職の人間だが、場合によってはそれ以外の地元民が参加することもあった。


「早く見に行かなきゃ、龍臣(たつおみ)の出番が終わっちゃうわ。ほら笙悟、急ぐわよ!」


「あっ、ちょっと。そんなに引っ張らないでよ!」


 高原に無理やり手を引かれ、狭野は転びそうになりながらも音の聞こえる方へと向かっていく。


 幽霊と思しき少女もついてくるだろうか、と後ろを振り返ってみれば、彼女はその場に留まって、小さく手を振っていた。


「それじゃあ、私はここで」


「えっ、来ないの? 一緒に見ようよ。神楽、そこそこ見応えはあるよ?」


 正直に言えば、神楽自体にはそれほど興味はなく、ただ一緒に来て欲しいだけだったのだけれど。

 しかしそんな思いは伝わらず、少女はゆっくりと首を横に振る。


「神楽は、ちょっと苦手なの。辛いことを思い出しちゃうから……。私の分まで、二人で楽しんできてね」


 そう言った彼女の顔はどこか寂しげで、憂いのある微笑を浮かべていた。


 どんどん遠くなるその姿から狭野は目を離せないでいたが、やがて視界を遮るように人が横切ると、その一瞬の内に、彼女は煙のように消えてしまったのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ