ありのまま
気にしなければいい、だなんて。
そんなことができるなら最初からやっている。
「む、無理だよ、そんなの。簡単に言わないで」
「無理じゃないさ。人のことばかり見て笑っているような連中なんて放っておけばいい。気にするだけ無駄だよ。そんなクラスメイトの相手なんかしてないで、自分の好きなことをして過ごす方がよっぽど有意義だ」
「それは、そうかもしれないけど……」
そんな単純な話じゃない。
あの教室の空気を思い出すだけで、霧島の胃はキリキリと痛む。
「キミを笑っている子たちはきっと、キミに嫉妬しているんだよ。転校生なんてただでさえ目立つ存在なのに、都会から引っ越してきて、しかも可愛い女の子だったから。キミが人気者になるのを恐れて、わざと仲間はずれにしているんだ。そんなくだらない感情に、キミが合わせる必要はないよ」
まるで息をするように『可愛い』と言われて、霧島はどきりとした。
思わず、伏し目がちだった視線を隣の彼へ向けると、彼も同じように、ゆっくりとこちらへ顔を傾ける。
夕焼け色に染まったその顔は相変わらずの無表情だったけれど、ほんの少しだけ、目元が和らいでいるように見えた。
「キミはキミの、ありのままでいればいいと思う」
その言葉に、霧島はこの地で初めて、心の安らぎを得られたような気がした。
ありのままでいい。
それは霧島がここに転校してきてから初めて、この街の人間に認められた瞬間だった。
「さあ、そろそろ暗くなるし、早く帰ろう。家まで送っていくよ」
促されて、霧島は彼と二人、肩を並べて帰路に就く。
道すがら、隣の彼が霧島を笑うようなことは一度もなかった。
というよりも、常に無表情なその顔は、微笑み一つ浮かべることがなかった。
けれど時折、彼の目元がわずかに和らぐことがある。
それが彼なりの、控えめな笑顔であることに霧島が気づくまで、そう時間はかからなかった。
◯
翌朝。
久方ぶりに教室へ足を踏み入れた霧島は、遠くの席から漏れてくる含み笑いの声を耳にした。
例の女子グループだった。まだ全員は揃っていないらしく、今は三人で笑っている。
彼女たちの視線は明らかにこちらへ向けられていたが、霧島は極力気にしないよう努めた。
——そんなクラスメイトの相手なんかしてないで、自分の好きなことをして過ごす方がよっぽど有意義だ。
脳裏で、狭野の声が蘇る。
自分を認めてくれた、初めての人。
——キミはキミの、ありのままでいればいいと思う。
その声に導かれるまま、霧島は昨夜のうちにカバンに忍ばせておいた裁縫セットを取り出した。授業用に購入したものではなく、普段から家で使っている自分専用のものだ。
幼い頃から手芸に興味を持っていたのは、母親の影響が大きい。親子そろって縫い物をする静かな時間が、霧島は好きだった。
「霧島さん。それ、自分で作ったの?」
手作りのぬいぐるみに仕上げの綿を詰め終えた瞬間、ふと近くから声を掛けられた。
見ると、隣の席の女子が首を伸ばしてこちらの手元を覗き込んでいる。
霧島は少しだけ驚きながら、うん、と小さく頷くと、
「すごい! 霧島さん、お裁縫が上手なんだね。よかったら私にも教えて!」
そう言って、ぱっと目を輝かせた彼女の反応に、霧島はさらに驚かされた。
と同時に、声を聞きつけた周りのクラスメイトたちも何人かそこへ集まってくる。
「なになに、お裁縫してるの?」
「可愛い! これ霧島さんが作ったの?」
「本当に上手だねー。私にも教えて!」
みるみる内に、霧島の周りにはクラスメイトたちの輪が出来上がっていた。
まるで夢のような光景に、胸が高鳴る。
(……狭野先生の言った通りだ)
ありのままでいい。
彼の言葉を噛みしめながら、霧島はその日、この学校に来て初めて楽しい一日を過ごしたのだった。




