第十八話 親友(レイカ視点)
学園の空気はオレにとって、いつもどこか居心地が悪かった。
理由は分かっている。
オレが――元カンストプレイヤーだったからだ。
しかも、ただのプレイヤーではない。
この国の宰相を務めていた人物。
その事実は、気付けば学園中に広まっていた。
きっかけはレイカが、前回のアバターに似すぎてしまっていたこと。
この学園の中ではカンストを目標にせず、青春をやり直したいだけのプレイヤーもいるので、前回のアバターが学生だったときの知り合いが、まだ数人残っていたようだ。
廊下を歩けば、視線が集まる。
「あれが元宰相」
「カンストしたらすぐに辞めちゃったんでしょ?」
ひそひそ声は、聞こえないふりをしても耳に入る。
向上心の高いプレイヤーたちは、影から敵意を向けることもある。
特に、1人教師になっているプレイヤー、アディスとクラスのリーダー格のプレイヤー、シモンからの当たりが強かった。
授業が始まると
前回のテストが返却された。
本来の回答よりも詳しく書いたつもりだったが、✕になっている。
間違いがあるのであれば、正さなくてはならない。
「先生、こちらの回答はどこが間違っているのですか?」
「お前は余計なことを書きすぎている。」
と指摘された。
つまり、間違いはないということだ。
しかし、教師の言うことにも一理ある。
「そうでしたか…申し訳ございません。以後、気をつけ…」
とオレは謝罪をしようとすると
「しかし…そうだな、元宰相様の言うことだ。お前が正しいかもしれん。正解にしてやろう。」
あきらかな嫌がらせだった。
これではまるで、オレがクレームをつけたかのようだ。
「さっすが、元宰相様〜」
シモンがすかさず、皮肉を言う。
クラスから、くすくすと笑う声。
オレは何も言わなかった。
反論すれば、余計に面白がられるだけだと知っているから。
「そのくらいにして、席につけ」
アディスが声をかける。
あからさまなイジメはないのだが、こういった度重なる嫌がらせを毎日受けていると結構、精神的にくるものがある。
授業が終われば、
そのまま中庭へ向かった。
――NPCたちのいる場所へ。
彼らと話している時間だけが、
この世界で落ち着ける瞬間だった。
彼らは役割(学生)に誇りを持っている。
王国の兵士なら兵士として、
教師なら教師として。
……昔のオレのように。
少し胸の奥が、痛んだ。
思い出したくなくても、思い出してしまう。
宰相だった頃は、仮想世界であってもこの国の人達のために、仕事に取り組んでいた。
しかし大学受験が近づき、
私はログインする時間が減っていった。
現実を優先するのは当然だ
ゲームはゲームなのだから…。
けれどある日、政務室で――
NPCの一人が、静かに言った。
「あなたは本当に優秀ですね。
しかし……結局はプレイヤーだ」
責める口調ではなかった。
しかし、皮肉たっぷりであった。
「国の未来を、任せることはできません」
その瞬間、胸の奥で何かが崩れた。
正論だったから。
反論できなかったから。
所詮はゲームだと、思ってしまっていたから。
オレはカンストを達成したことをきっかけに宰相を辞めた。
そして、新しいアバターを作った。
もう二度と、
国の中枢には関わらないと決めた。
オレにその資格はないのだから…。
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ある日。
2人1組で行う課題があった。
しかしアディスの嫌がらせで入学以来テストにしか顔を出さない貴族の息子と組まされることになる。
アディスに抗議をすると
「自分で代わりの者をみつけたら、許可してやろう。」
という。
クラス全体をみまわすが
NPCもプレイヤーも、シモンやアディスを恐れている。
全員オレから視線を逸らした。
―――空気が重い。
オレは仕方ないと、ため息をついて
「パートナーを探してきます…。」
と教室を出た。
オレは、学園内のどこにいるかも分からないやつを必死に探した。
だが、なかなか見つからない。
もう、このままサボってしまおうか。
そう考えて西日が当たって心地良い気温になっている校舎裏へと向かった。
そこには1人、芝生の上で寝ている生徒がいた。
オレは息を呑む。
整った金髪と美しい顔。
ヴァルディス・レオナルト・フォン・アイゼンヴァルト。
学園で、恐れられている貴族。
そして、オレの課題のパートナーだ。
オレがドンドンと歩いて
近づいても、起きる様子もない。
教室でのことも思い出されて
この能天気に寝ている貴族に、オレは激しく苛立った。
「……起きろ………起きろおおおおぉぉぉ!!」
すると、その貴族はゆっくりと目を開けるて、こちらを向く。
「なんだ?貴様は?」
「今回の課題のパートナーだ。授業にでろよ」
「何故このオレが?この学園はテストさえ出来ていれば何も問題ないだろ?」
「この課題の提出は必須だぞ。」
「そんなもの、どうとでもなる。」
もう一度寝ようとする彼に、さらにイライラする。
「お前が、良くてもオレは良くない!!それにテストだけでは学べないことも、たくさんあるんだぞ!!」
「…それに、お前のような貴族はちゃんと授業に参加してコミュニケーションを取ったほうがいい。」
オレは普段絶対に人格否定などしないのだが、今日に限って本当にストレスが溜まっていた。
怒りに任せて叫んでいたが
よくよく考えれば相手は伯爵家の嫡男だ。
オレは小さく息を呑んだ。
――さすがにやばいか…?
ヴァルディスはため息をついて起き上がった。
怒るだろうと思った。
冷たく睨まれると覚悟した。
けれど彼は――
口元をわずかに歪め、
「なかなか…面白い。」
と笑いながら、呟いた。
「名前は?」
ヴァルディスは先ほどよりもハッキリとした声を発する。
「……レイカ」
「そうか」
それだけ言って、彼は踵を返した。
怒られもしなかった。
叱責もなかった。
その様子に、オレは何も言えずに、立ちつくしていた。
ただ――
課題!!
すぐに、自分がここに居る理由を思い出し絶望した。
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それから数日後。
学園の廊下で、
オレはまたプレイヤーたちに絡まれていた。
授業をサボって談笑していた集団に、
つい口を出してしまったのだ。
「授業始まるよ」
軽く言ったつもりだった。
けれど彼らは顔をしかめた。
「は? 何、教師気取り?」
「頭かたすぎ」
「ゲームに本気とか、正直引く」
笑い声。
その様子は、
過去の記憶を引きずり出すには十分だった。
――結局プレイヤーだ。
あのときの声が、耳の奥で蘇る。
胸が、締め付けられた。
その瞬間。
「――そこまでにしておけ」
空気が凍った。
背後から響いた声は、
驚くほど静かだった。
けれど、重かった。
振り向くまでもなく分かる。
ヴァルディスだった。
彼はゆっくり歩み寄り、
プレイヤーたちを見下ろした。
「レイカは正しいことを言ったのだろう。
これ以上侮辱するなら、私が“正式に”学園に貴様らのことを伝えておいてやる。」
「…それなら、お前だって!授業に出てないじゃないか!!」
「オレは、これでも学年トップだぞ。同じ扱いだと思うなよ。愚民ども。」
威圧でも怒鳴りでもない。
それでも――
誰も逆らえなかった。
「NPCのくせに…」
「制作会社にクレーム入れてやろう。」
とプレイヤー達がブツブツと言っていたが
「忠告しておこう。オレはただのNPCではない。王室と繋がりがある。つまり、貴様らを問題のあるユーザーとしてアカウント停止にもできる。」
「これ以上、オレの気分を損ねるのであれば
アカウント停止を王室に直談判してやろう。」
ヴァルディスの強い威圧に、さすがにヤバいと思ったのか、プレイヤーたちは目を見合わせて青ざめている。
「それから、こいつはオレのものだ。もう手を出すなよ…手を出したら、その時は………」
ヴァルディスの顔が相当恐ろしかったのか
プレイヤー達は
「なんだよ…マジになりやがって……」
と言いながら、逃げるように去っていった。
廊下に沈黙が広がる。
オレはしばらく、言葉を失っていたが、
「いつから、オレはお前のものになったんだ?」
「オレが、そう決めた日だ。」
人をもの扱いするなんて…オレは怒らなければいけない立場なのに………
―――胸の奥が少し軽くなる。
ヴァルディスはそれ以上何も言わず、歩き出した。
オレは、それ以上声が出ず
彼を呆然と見送ることしか出来なかった。
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それから、教師のアディスは退職させられた。
NPC教師に対するパワハラが原因だと噂されている。
アディスが退職してから、シモンはほとんど絡んでこなくなった。
NPCの友達とも以前よりも気軽に話せるようになった。
――やっと平穏に過ごすことができる。
そう思ったのも、つかの間
今度はヴァルディスが、付きまとってくるようになった。
中庭で本を読んでいれば隣に座り、
図書館に行けばいつの間にか目の前に座っている。
この間は勝手にポルコまで付いてきて
サラやリリアにまで迷惑をかけてしまった。
しかし 当然だが彼と一緒にいるとNPCもプレイヤーも近づいてこない。
それが――
なんだか、とても心地よかった。
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時が経ち、
教会襲撃事件が起きたあと。
再び、NPCたちの視線が変わった。
「プレイヤーって怖いね」
「プレイヤーばかりに権力をもたせて大丈夫なのかな」
直接言われたわけではない。
それでも、態度で分かる。
胸が、ざわつく。
過去の記憶が、何度も蘇る。
私は学園の裏庭に逃げ込んだ。
人目につかない場所。
石のベンチに座り、
ただ俯いた。
どれくらいそうしていたのか分からない。
隣に気配を感じて顔を上げると、
ヴァルディスが座っていた。
何も言わない。
沈黙が続く。
それでも、不思議と居心地は悪くなかった。
やがてオレは、小さく口を開いた。
「……オレ、さ」
声が震える。
「もう一度、この国に関わりたい。
プレイヤーだけど、今度は……外交官になりたい」
宰相ではなく。
国を動かす立場ではなく。
それでも、人と人を繋ぐ役目なら――
もう一度、本気になれる気がした。
ヴァルディスは、即答した。
「そうか」
オレは驚いて顔を上げた。
彼は否定しなかった。
「貴様が本当やりたいこと
ならば、このオレが支援してやろう。」
と断言する。
胸の奥が、熱くなった。
宰相だったこと。
失敗したこと。
逃げたこと。
幼馴染の二人にすら話したことはない。
それでも――
ヴァルディスには話せた。
気付けば、オレは笑っていた。
「……ありがとう」
ヴァルディスは、ほんのわずかに目を細めた。
その表情を見て、思う。
性格にはいろいろ問題があるけれど
ヴァルディスとは――
親友になれるかもしれない。
そう………
――このときは、まだ
彼の想いの重さも
オレの知らないところで動き出す運命も。
まだ、何も知らなかった。
第18話を読んでくださりありがとうございます。
レイカは元宰相という過去を誇りに思う一方で、
カンスト後すぐに宰相を辞めてしまった、という後悔を抱えています。
今回の教会襲撃事件も、宰相を辞めた自分の責任だったのではないかと感じており(自分だったらアイテム規制緩和出来たかも)、リリアがゲームオーバーになったことに小さな罪悪感を持っています。
それでも彼が外交官を目指すのは、過去から逃げるためではなく、もう一度ゲームの中の人達と向き合いたいと願っているからです。
そして、その想いをヴァルディスがどこまで理解しているのか――
今後も見守っていただけると嬉しいです。




