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「拠点築城には成功していたようだな。それに、まだ落とされてもいない」
岬に築かれた陣地には味方の旗がはためいている。
安心して喜びの声を上げるキルクスとその子飼の連中に反して、ドクシアディス達はどちらかといえば無感動に白けた顔でその陣地を見据えていた。まあ、さっきの一戦で戦うことを選んだものの、まだ戦場というものの論理を自分の血肉には出来ずにいるんだろう。
だが、それももう少しだ。
最後の枷は、案外すぐに外れる。
同族だろうと山ほど殺してきた俺が言うんだから、間違いは無い。
南北に長い長方形の陣地は、大人の背丈の倍ほどの高さの木の壁で囲まれ、四隅と――おそらく、ここからははっきりと確認できないが、南側の門の所に櫓があるようだ。
規模も小さな村よりも大きく、二千人が長期間戦えるだけの規模だ。
援軍が無いことを知り、兵の損耗を避けて防戦に専念していたのか? だとしたら、相当頭の切れる指揮官だな。
まあ、その方が戦う上では助かるが……。こちらの目的は勝利だけではない。出来れば、上手く騙くらかせる手合いだといいが、な。
いつの間にか難しい顔をしていたらしく、俺の思考を読んだ顔のキルクスが、共犯者の笑みで訊ねてきた。
「夜を待ちますか?」
「……いや、敵襲と誤解される危険もある」
おそらく攻囲陣を布いているであろう敵の事を考え――、だが、すぐにこちらの行動自体を味方が知らないことに思い当たり……、行動方針を決めた。
今後、主導権争いをする上でも、こちらの実力を見せる必要はある。知略か戦力のどちらを見せるかは、敵の陣容を見ないとなんともいえないが、仮に多少血を流すことになったとしても、それは必要な投資だ。
「では、すぐにでも」
「広い浜は、主力のために開けておこう。裏手側の砂地に乗り上げ――、ん? なんだ? 砂地の奥は小さな森になってるのか? ちょうどいい森の中を進んで味方の陣地に入り込もう」
船に人員は残さなかった。中途半端な警備は、それでなくても少ない戦力を分散させることになるし、かえって敵の注意を引く。
それに、敵の出方次第ではあるが、いずれにしても空船を残しておいても趨勢に影響は無い。もっとも、そうなる確率は低いものの、敵が船の奪取に注力するようなら、一時退避する必要もあるが……。
上陸後、すぐに森に侵入し、部隊を整える。木の高さはそれほどでもないが、密に生えているので大軍には難所だが、小勢には好都合だ。
其々の配置と装備を再確認するに、船戦での死傷者は殆んど出ていないようだった。まあ、俺以外は敵と斬り結ばなかったんだから、それもそうか。
しかし、今回はそうも行かないだろうな――。
森の中から探るに、味方の陣地の門の前には、堀と地面に備え付ける垣盾、櫓が所狭しと立ち並び、攻囲陣でしっかりと封鎖されてしまっていた。蟻の這い出る隙間――は、あるかもしれんが、それなりの規模の部隊がひっそりと出入するのは難しそうだ。
海側の背後は高くは無いが崖になっているし、これは、完全に退路を断たれているな。
手持ちの兵隊は、キルクスの護衛の軽装歩兵が十四、ドクシアディスが率いる投石兵三十、漕ぎ手が転じた重装歩兵百六十……あとは、俺それにエレオノーレか。
重装歩兵は、確かに装備はきちんとしているが、技量はダメだろうな。あくまで漕ぎ手だ。せいぜい壁役として、後ろに投石兵を配して守らせるぐらいだろう。
「横列に展開するが、正面の敵とは戦うな」
味方がざわついた。
バカか、貴様等? そもそも門の前まで進出するために突っ切らないといけない左翼の端の陣でさえ、つかみで二千は超えてるんだぞ? そんな状況下でバカ正直に正面きって戦ってどうする。
大軍というものは、移動や陣形の展開にかなりの時間が掛かるものだ。もし足止めに軽装歩兵の逐次投入をしてくるようなら、前面に展開させた重装歩兵で当たらせつつ投石兵を先行させるし、敵が隊列をきちんと整える――敵は優勢なんだから、この判断をすると俺は踏んでいる――なら、その隙に各自速歩で抜ければいい。
敵が城門側からこちら側へと向きを変えファランクスを組む時間、ファランクスの前進の一般的速度、俺達の混成軍の移動速度、城門までの距離。
大雑把な計算だが、速度の差でこちらが抜けられる確率の方が高い。
「押し負けるだろ? 俺が先頭に立って進むから、剣を掲げた瞬間、一斉に左側に向き直って縦隊で味方の門まで突っ込め」
何人か――おそらく、戦争経験者だろう――の兵隊が、眉間に皺を寄せた。敗走ではないにしても、敵に背後や側面を見せて移動するのは相当に危険だ。城門に至る前にも少数ながら兵は配置されているし、速度如何では挟撃されるおそれもある。
しかも、俺達は充分な訓練を行っていない。味方同士の連携に不安もある。というか、不安しかない。戦列の綻びは、即、敗北へと繋がる。
「心配しないでも、先駆けと殿は俺が勤める」
味方の不安に配慮しどっしりと言い放てば、さっきの船での一戦があるからか、味方は随分と安心したようだった。
もっとも、広い場所で囲まれたらああはいかないんだが、な。
まあ、嘘でも士気は上げておく必要がある。
それに、敢えて俺が派手に動いて雑魚を散らせば、恐怖で敵の出足は鈍くなるはずだ。更に時間の利が増す。
「重装歩兵の後ろに、投石隊を並べて、移動開始と同時に援護したらどうだ?」
俺の心の内を読んだようなタイミングで、ドクシアディスが良い提案してきたので――俺は即座に同意した。
「それはいいな。採用だ」
「アーベル、私も」
ドクシアディスに続くようにして一歩前に出たエレオノーレ。その鼻っ面に叩きつけるように俺は命じる。
「エレオノーレお前は、ドクシアディスのとこだ」
ぐ、と、言葉を遮られたエレオノーレはきつく唇を噛み締めた。
そんな顔をされたところで、俺は折れる気はない。いや、いつもか。エレオノーレのぬるい判断を尊重しないのは。
「俺を無視して前進する敵兵がいたら、それに対処するための担保だ。犠牲を出したくないんだろ? お前は」
どちらかといえば、『犠牲を出したくない』の部分に嘲る調子を混ぜ、試すような目でエレオノーレの瞳を覗き込む。
エレオノーレは、反抗的な目で俺を見つめ返したが、最後は無言で頷き、隊列の後方へドクシアディスそれにキルクスと共に向かっていった。
人の動きが落ち着いた頃合を見計らって俺は先頭に立ち、振り返る。
俺を見る顔、顔、顔。
部隊を指揮することに胸が高鳴ったが、ほんの少しだ。
つまるところ、まだ、いつもの殺しの延長線上でしかない。ここは、単なる過程であって目的地じゃない。
だから、鼻歌交じりに切り抜けられるような、そんな一戦にしなくてはならない。
『戦場の必勝の型など無い。勝利とは、一瞬毎の変化する状況で、味方を守りつついかに多くの敵を殺すかに掛かっている。重要なのは、戦場を観る目である』
不意に、幼い頃に聞いたレオの子守唄代わりの戦訓が耳に蘇り――ついつい口が緩んでしまった。
……フン。
年端も行かない甘ったれなガキだった頃に、つまらないことを仕込みあがって。
「さて、……森を出たらすぐ横列展開だ、いいな! 行くぞ!」
叫ぶと同時に俺が先陣を切り、ファランクス一群単位程度の間を空け、重装歩兵がゆっくりと隊列を整えながら続いた。重装歩兵の影で見えないが、更に後方には投石兵の散兵線も続いているはずだ。




